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第10話

放課後の廊下に響く足音が四つ

意気揚々に進む学校という枠からこぼれ落ちてしまった省られ者のグループがひとつ


その途中、周りの傍観者からの上から見下された目線と、冷めきった目で笑いかけるひそひそ声が胸に突き刺さる…


(笑いたい奴は笑っていればいい… )

だって、そうやってなにもしないのは、この社会と街に賛成している事と一緒だ


お前たちみたいな汚い言葉に操られて魂を侵された人間になんてきっとわからない


私たちみたいな…、こんなにくしゃくしゃな涙を流す痛みをまだ胸に大事に大事に持っている人間の声なんて


嫌なんだ…っ

そうやって、流されて妥協して、そしていつか忘れて…なにもしないでへらへら笑うなんて


一週間前の私は今の周りにいる傍観者たちのようだった

でももうあの冷めきった人間にだけは戻りたくない…

だから変えるんだ

自分たちの身なんだ、自分たちで勝ち取るんだ


この9月の夏のような彩りを

この仲間と

この場所で


遠くない、一緒に笑えるようになる未来のために



***

木漏れ日が頭に注ぐ桜並木道の街道を進む


春の桜とはまた違い、夏の陽を浴びる桜の木々は、青々とした濃い緑色の葉をその枝に一身に付け

右に、左に、そんな桜の木がつななり生い茂りトンネルのような形を街道に作っている


せわしなく街を歩く人たちは白黒に見え、私達が踏んだ道だけがはっきりとした色をつけてゆく


夏の夕焼けに潜む街、強い日差しを追い越してアスファルトに鳴り響く靴底の音


赤色灯を点灯をさせたパトカーが不意に耳をつんざき、右を通り過ぎる…

続けて走る白バイの視線が私達を捉える


(今更、なにを怖がる? )


反抗するように大きく腕をかき、ビルの間に吹く風をきり、威風堂々と前を突っ切り、この街を駆け歩む


小刻みに震える脚なんて気にしない…っ


途中、あの川沿いのベンチに続く小道を見つけて実感する…

いつかくじけたあの日の先に私達がいる事を

あの日から私は、私達は、ただ無意識にいつの間にか熱くなっていて


眠れない夜を通り抜け…

一秒一秒をつむいだ今に

その小道を今、胸を張って通過する!


(不思議… )

確かに私達は絶望のど真ん中に近づいているのに…、前の三人とも目がキラキラ光ってる

それは多分、私もきっと


ウィッチもN.M.C.も変わらず強敵だ…


でもさ


‘四人一緒なら絶対に負けないんだ 最強なんだ’

不思議と頭の中でそのフレーズがループしている自分がいた


ゆらゆらと葉の揺れる街道の桜並木のトンネルを抜けると


(……ゴクッ )

広く高く平然と待ち受ける駅前の姿が、私達の前に堂々と迎え撃った…


それは、小学生の頃からいつも見てきた風景で

そして、今日初めて見たいつもとは違う風景だった


駅の真ん中に高く設置されている時計台はちょうど5時20分を指し


夕暮れ空、まばらに散る羊雲の隙間からしみるほど茜色に染まる街

気だるそうにぶらんと垂れた電線にカラスの群れが羽を休め


ガタンカタンとどこか懐かしい音の響きと振動に、今日も京王線の電車には帰宅帰りの働き者達の疲れた眠気で溢れているはず


私達が立ち止まるスクランブル交差点の視界の前には、買い物袋をぶら下げた親子が見える


俯き黙りこくる足早な大人たちにまじって、半ズボンで走り抜ける小学生達の姿もちらっ映り

寄り添い帰り、内緒のように手を繋ぐ恋人のほころびは、やけに目をひいた


私たちと同じ学校の制服を着た女子がすぐ横のコンビニに入り、近くの男子高の男子たちが紙パックの飲み物片手に、やけに汚れた大きなカバンを背負い駅の改札のほうへとゆっくり歩いてゆく


昼間の炎天下の日差しを吸収したあの変な模様のマンホールからはむぅとした熱を発し


バスを待つ薄手のシャツを着た男の人の両手には、なぜか大量の花火セットがぶら下げられていた

どこか遠くを嬉しそうに見る視線の理由は私にはわからない


地面に置き去りにされた足跡入りのチラシが風に吹かれ空に一回転して舞い上がりどこかの宙へと消えてゆく


9月の夏の夕方はどこか切なくて

どこか、懐かしい…


そして、ココが私達の戦いの舞台


‘聖蹟桜ヶ丘駅’


肝心の警察官の制服を着た人間は…もはや数え切れない人数が街に溢れかえっていた


駅ビルの入口辺りに三人、バス停にも数人が見える

あっちにも、こっちにも

どこに視線を向けてもひとりは警察が映りこむ…

上に付けられた監視カメラの位置までは特定できないけれど


その敵の本拠地の前に立ち、スクランブル交差点で長い信号待ちの間

駅とのこの向こう側との道路を挟んだ最後の境界線に青の合図を待つ…


(ドクン…っ )

やけに弱気に早まる鼓動を掻き消すように両足にしっかりと軸を置き、このスタートラインの表示が青に変われば

私達はきっとこの人込みを走り抜ける


そんな10秒先のことを考えて

この炎天下のせいか、ただのビビりな性格のせいか、首筋にうっすら冷や汗をかいていた


目の前の信号がたちまち青色へと


今、変わった



それと同時にせかせかと前から後ろから人が進んでゆく


そのときだった

私の右にいた灯がささやくほどの声で口を開いた


「 …いくよ 」

たった一言

敵本拠地の攻めの侵入の合図を刻む…


大好きな人からのそのたった一言で、弱気な思いは自然と優しい想いへ変化していった


………

灯に言われた作戦通りに

四人は不審なく縦並びで駅前を進行する


ちょうど夕方なだけあってか、駅前には主婦に学生に帰りのサラリーマンに溢れていた

人込みが嫌いな私でも今日だけは特別うれしい


広い駅前すべてに張り巡らされた警察官の数や場所を知る必要はない、監視カメラも同等に


必要なのは…問題なのは

街道を抜け、スクランブル交差点を渡り

目的地のウィッチが毎回現れている現場の大通り付近の、この最短ルートの道だけ



………

(この一瞬で終わるかもしれない )

刻む足音の分だけ底無しの不安をその胸に宿し…

四人はその絶望の中心で、呆れるほどにグダグダな胸いっぱいにかき集めたネタと笑顔で、他愛のない話しをしていた


その間にも、灯の目線はしっかりとあちらこちらの道の警察官の数や、新しく設置された監視カメラの位置を調べているのがわかった


一歩一歩進む先には徐々にあのニュースの大通りが見えてくる

もう先程から何人の警察官が真横を通り過ぎたかもわからない

生き急ぐ人の群れにまじりながら

立ちはだかるような警察官にギリギリのゼロ距離でかわしてゆく


私達は…

ちゃんとただの学校帰りの女子高生として見られているのだろうか?


その思いを浮かべる間にまた一人、今度は背の高い警察官が横を通り過ぎていく

(はぁ…はぁ…っ )

危機感に押し潰されそうな胸を必死にぎゅっと堪えながら


また足を前へ前へと進ませる


大人達は私たちを追い越して人ごみの中へとすり抜けては消えてゆく

そのただの通行人のふりを私たちもしながら歩いてゆく


………

(ここじゃ、まだ終われないんだ…っ )


こんなところで、まだ捕まるわかにはいかない


傷ひとつない傷だらけの両手に、ぎゅっと力を入れては、ただそのがむしゃらな強気な思いを手のひらに叩きつける…


………っ

……っ


荒い荒い息の中

そんな意思の中で

やっと、…やっとのことで私たちは目的地のすぐそばまでたどり着いたのだった


………


(はぁ…っ )

そして、そこには

テレビでしか見たことのない警察の黄色いテープが周辺にぐるっと巻かれ、何やら白い手袋をはめた警察官数人がいた

パトカーも数台止まっており

そしてそのすぐ近くにはカメラを持った記者や報道陣、はたまたやじ馬がこんな暑い中でも集まっていた


「ねぇ…灯 …すごぃ 」

「だね…  」

「ここなんですね 」

「すごぃ警察の人の数なのです…」


私たちはその常識以上に日常とかけ離れた光景に目を疑った


甘くない…これが現実なのだ

これが真実という事なのだ

それをまじまじと私たちは押しつけられてしまった…


…けれど

私たちの進む道は

私たちの航海は


きっと、此処にある…



「でも、おかげで大体わかったよ 」

灯が自信ありげな声でそうそっと呟いた


「…なにを? 」

「ほら 」


灯が目で合図したその先には監視カメラがあった

それだけじゃない、この大通りにはぱっと見ただけでそこら中にカメラ監視が設置されていた


私がぱっと確認しただけでも5つも…


きっと灯のことだ

今来た最短ルートにある監視カメラの位置や数くらいは覚えているはず


………

しかしこうして立ち止まると、街の影のカタチがじわりと湧いて出てくるようだった…


理不尽に…無作為に強いられた、この街と私達の関係が、此処にいると明確に浮き彫りになってくる


ここだ

(やっぱり此処が 私達のいるべき戦場なんだ… )


「やらなきゃ、…やられるんだ 」

灯が誰に言うわけでもなく、そっと唇を噛み…そう呟いた


きっと灯も、この現場を見て実感しているのだろうか


15歳の高一の女子高生

それもたった四人が…


こんなイカれてる通り魔を見つけ出し…

こんなおびただしい数の警察官に、正体を隠していられるだろうか?


「ですが、ルートや警察官、報道陣に監視カメラ、位置も数も、おおむねわかりましたね 」

警察官に聞かれないように、ひよりがいつも以上に優しい眼差しでこっそりと話しかけた


「有珠も、ここに来て…怖かったですが、なんだか がんばれそうな気がしてきましたです 」

有珠ちゃんも珍しく強気だった


「ひよりが言うようにさ、もう大体の今回の目的は達成したし もうこっから離れようか… さすがにずっといるのはヤバイし…」


「ぇっと 学校に戻るの? 」

「ぃやー 久しぶりに駅前に来たんだしさ♪ 多少は遊んでから帰ろうよっ 」

「灯ちゃん それは…危なくないでしょうか? 」

「大丈夫 カラオケとかゲーセンはたしかにヤバイけど たぶん駅ビルとかにはまだそんな入ってないから それに… 」

「それに?? 」

「さっきので確信した 」

「にゃぁ? にゃにをですか? 」

「警察方は、確かにそこら中 手当たり次第聞き込みしてるように見えるけど、基本 学生…とくに女子には 話しかけてない 」

「灯 そんなところまで見てたの!? 」

「当たり前さよー 実際 そこが一番大事なんさから 」

意外と…やっぱり灯は地味に凄い子なのかもしれなぃ


「確かにそうですね 銀髪をした有珠ちゃんですら、間違いなく声をかけられてもおかしくないはずなのですが つまりこれは…」

「そうっ、つまりこれは、今の警察の捜査状況に、女子はただの聞き込みなだけで、犯人としてはノーマークなんさよ …たぶん 」


「にゃにゃ… 灯さんもひよりさんも そこまで頭が回るなんて やっぱりすごいのです 」


「さて、じゃぁっ 早くこんな危ない場所離れてっ 久しぶりに駅ビルにでも行くらー♪ 」


一気に肩の力が抜けたように、四人はウィッチの現場を離れた

明日の作戦に続く十分な情報だけをもらって…


日の当たるエスカレーターを大人達を横目に駆け足で昇っていく

少しだけ涼しい駅構内に入って駅改札をそのまま素通りする


ちらっと目に入った改札口は…、やっぱりニュース通りにN.M.C.が軽い体温チェックをしていた


笑顔で前を駆ける灯と有珠ちゃんも、静かに暑そうなカーディガンを着こなすひよりにも

それはきっと見えているはずだった


私達があそこを通るには、やっぱりこの戦いに勝つ方法しかないらしい…


けれど今、誰もそれを口にはしなかったのは


今はただ


この夏の雰囲気に身をあずけていたかったから…




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