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第9話

-‘selling day’-



私たちは本当に偶然だった


一度の死を経験し、人とは思えない冷めきった体温と異物を与えられてしまった者


そんなどうしようもない冷めた人間を同性とも関わらず好きになってしまった、いわゆる…レズビアンとして生きる者


過去に酷い失恋を経験し、傷は癒えず、最後には接触障害という重度の病気だけを引き継がされてしまった者


学校を編入してままならないというのに、髪の色に瞳の色…見た目の偏見に、理不尽に…いじめ行為を受けている者


愛されて、裏切られて傷ついて悲しんで苦しんで…だから、笑いたくて


声に出さずとも、誰もが小さいながらに今を変えたいと願っていた

勝手にそっぽ向かれたこの‘聖蹟桜ヶ丘’という街で…

わけもわからない苦い敗北感の中で…

友達もいない学校で長い長いずっと孤独を抱きながら


けれど今

― もしかしたら 変えられるかもしれない ―


そう思えるスタートラインまでようやくたどり着いたんだ


なんとなく透かした街と、くすんだ景色と、食い違えた衝動が交差するとき


そんな私たちの遅い9月の夏物語ははじまったのだ


どんな過酷な状況が目の前に立ち塞がっていても、どんな忘却の中の涙でも、私たちは選択することができる


その最初の一歩を、一番簡単なことをするか、一番難しいことをするか

それが正しいか正しくないか …しかし決して間違いと言うわけではない


―― そして、その中には 必ず答えが私たちを待っている ――


悲しみや傷は限りなくなくなることはないけれど…

それなら、私たちが生き続ける理由だってきっとあるはずだ


ただ本人が気がついていないだけで ――



***

-放課後-


ソラの教室


私たちの軽音部部室には、右奥の隅にひとつの古びた小さな扉が備わっている

長い間使われていなかったであろう古びたその扉は灰色にこけ、ギィィと軋み擦れる音を鳴らしながら、開いたその先には


いわゆる‘非常階段’に繋がっていた

どんな学校にも付いているごつごつとしたコンクリート製のぼろい非常階段


屋外に設置された不安定な無限回路のような螺旋階段に、4階から剥き出しの外に通じるそこは私たちには展望台に近かった

下を見れば落ちるのではないかと思う高さにちょっとだけ怖い気持ちになる

けれどそれよりもこんな場所があったことに感動して、校舎の隅の隅、なぜかその狭い場所にちょっと落ち着く気持ちになる


放課後とはいえ、まだまだ暑い夏の青空が広がり、障害物ひとつないその広い広い空が前も横も上にも広がって

高い位置独特の吹くそよ風が私のポニーテールに結わいた後髪をなびかせた


「風がとても気持ちいいですね こんな場所があったなんて巡り逢えて幸せです 」

いつも空を見ているひよりが幸せそうに空を見上げながら語った

「そうだねっ、屋上は行く人は多いけどきっとこんな場所を知ってる生徒は私たちだけだよね 」


私たち四人は、そんな新しい秘密のお気に入り特等席で、ひんやり冷たい不安定なコンクリート階段に一段一段座り込む涼みながら、辺りにお菓子を置いて話していた


お昼休みに結成した-selling day-として相変わらずのくだらない話し交じりで


………

「selling dayと名乗るなら、このチームの三人には4つのルールを守ってもらう 」

灯が四本指を突き出して真っ直ぐな瞳で言った


「ルール…? 」

「そうっ、ルール 」


「どんなルールでしょうか? 」

「めっちゃ簡単なことだよ、あたしらがまた一人で孤独に潰れないための防御でありながら強力で大切な事


>・痛みを共有する事

 自分の抱え込んでる今の痛みをほかの三人にも分け与えること、そして痛みを同じ分貰うこと


>・能力を共有する事

 あたしなら適当にポジティブ話し上手とか運動神経、ひよりはこの中で一番頭いいし、有珠はそのロリっ子属性に見た目に、ゆりには冷静さに強力なリリス


>・危険を共有する事

今からの事もだけど…、もし一人が危ないときは全員もその危険に飛び込んで傷ついても必ず守って助けること


>・幸せを共有する事

これは一番大丈夫さね、どんな小さな事でもみんなで今みたいに幸せを共有すること


これがあたしら、selling dayの必ずのルール オーケー?? 」


その後は三人とも小さくうなずき、けれでも真剣に了解した


ただの四つの約束ごとなのに

けれどこれが、おまじないのような、私たちをきっと守ってくれるような


なんだか、そんな気がした



…………

………


***


教室の中に四人とも戻り

部室の中心には四つの机を囲み


灯は汗を流し、ひよりは真面目に語り、有珠ちゃんは黙々とふたりの会話を聞いていた

必死に話すその内容は、紛れも無い、私とウィッチの問題についての 作戦会議


(三人とも… )

ほとんど関係ない事なのに、こんなに、今だって汗をかくほどまでがんばってくれている


こんなに幸せなことはない

みんなが同じ場所でみんなが笑っていて、折り目だらけの複雑なスタートラインについて


同情でも情けでも、私個人の痛みとのウィッチとの問題を…

捕まえてあげると笑顔で私に手を差し延べてくれて


こんなステキな場所まで用意してくれて

こんな気持ちになっちゃうくらい…ソラからの風が胸にいっぱい染みて


「本当に…ありがとう…」


「ふぇ!?  ど、どうして涙目なんさ ゆり!? 」


「ぁ、 ぅぅん…っ なんか…私の問題なのに こんなにみんなにがんばってもらえてて その…本当に今までこんなことなかったから…っ ちょっと 」


「ゆりちゃんの問題でしたら、助けないわけにいかないですからね  それに…恩もありますから 」

「恩…?? 」

「あの日の夕方、あのベンチで私の痛みを泣いちゃうほど聞いていただいたじゃないですか、ゆりちゃんと出会わなければ、私はずっと…あのままでした から」

「あれは…  ぅん 」


そんな紳士的なつもりはなかった、あのときはただ…必死だった


「ゆり? 勘違いしないでね? こうしてあたしらがここで笑ってれるのはね、ゆりが一週間、一生懸命 自分の痛みより先にあたしらを助けようとしてくれたおかげなんさよ? 」


(……… )


「そうなのですっ、だから今度は有珠たちがゆりさんに恩返しをする番なのですっ 」


「…ごめんね、じゃなぃや …ありがとう 」


「当たり前だから♪、だってあたしら‘友達じゃん’それで十分すぎるくらい十分だよ、仲間を助ける理由なんてさ 」


「ぅん…っ 」


「まぁ、それにあたしはウィッチ捕まえれたらゆりと付き合えるし、キスできるしっ 」


「ぅん…っ 本当にありがとう 灯」

「なっ、なに まじめに返してんのさ…ばか// 」


「ぃやっ、ごめんごめんっ 」

灯のまるわかりの言い訳につい笑みがこぼれてしまう


「ひより、有珠ちゃんも… 本当にありがとう 」


………


この仲間たちと…すべてを巻き込み

なりふり構わず信じた自分たちが今すべきことをしよう


あの非常階段から見えた聖蹟桜ヶ丘の街並みの景色と照らし合わせながら、私たちは警察との戦争を企んだ


「さぁ、始めよう あたしらselling dayの出航の朝を! 」

「今こそ、反撃のときですね 」

「がんばりましょうですっ! ゆりさん 」


「そうだね 私たちで戦おう、この街と …戦争をしよう…! 」


ちっぽけな本当に小さな四人の存在は決意を誓った


一歩でも間違えれば、…捕まるかもしれない、退学させられてしまうかもしれない、家族が悲しむかもしれない

もう四人で集まれなくなってしまうかもしれない


そんな希望と絶望と隣り合わせの中で…


ぃや、だからこそ…っ


かざした夢を切り開くためには、この街をぶった切る勇気もリスクをかざし進んでやる


干からびたこの街にこびりつく謎を…引きずり出して

しかと見る現実を目に焼き付けて


笑う今を生きるのだ


だからこそ…っ こんな臆病な今には…さよならなんだ!



………


灯によって黒板にチョークで勢いよく次々と書かれてゆく私たちの反撃の作戦

その上にでかでかと大きく書かれたselling dayの文字と四つのルール


そして…

一文ひとつ、書かれた文字


―― この世には 勝利よりも勝ち誇るに値する敗北がある ―


「灯? それは?? 」

「ぁー、これ? これはただあたしが一番好きな言葉なだけっ とくに意味はなんだけどさ」


「なんかさ… 決してこの世には勝利だけが勝ち誇る権利があるわけじゃなくって、…その勝利よりもずっとずっと勝ち誇れる敗北もあるんだ って」


「いい言葉ですね 」

「なんだか 深いのです 」


「ぅん… 四人に合ってる言葉さよねって そう思ったから…、そう思っただけだから」


(……… ) 

「そうだね…灯 」



…………

……

作戦を書き終わったあとに灯があらためて口を開いた

「今日、これからあたしらは駅前のウィッチが出た大通りの現場、敵の本拠地ど真ん中まで行く! 」


「…ぅんっ 」

もう、覚悟はできている


「警察の人数、配置、マスコミの数、監視カメラのおおよその数と場所、そして…あたしらの目的、ウィッチの行った場所を自分たちの目で見に行こう! 」


「…警察にもし声をかけられたりしたら…もちろん一瞬で終わりですね… 」

ひよりが俯きながら小さく呟いた


「それでも、ここでずっとこうして話しているわけにもいかないからな 」

「ねぇ灯? なにか…見つかったりしたときの、危なくなったときの対処法はないの? 」

「今はまだー、駅前の様子がわからない以上、たいしたことなんてできないし、今日の作戦はあくまでこれからのための対策+駅前の現状確認だからね 」


「そう思うと…やっぱり なんだか怖ぃのです 」


(……… )

「大丈夫さよ! ゆりっ、ひよりっ、有珠っ、ここは…あたしらの街だっ よそから来た警察になんかわかんないようなことをめっちゃ知ってんだから 」


「まず、一つ! 大通りまでは速やかに歩くこと、そして普段のようにくだらない話しを絶やさないこと、変に視線や無口になれば警察だって馬鹿じゃない 自分でおかしいと思うことはしない事 」

「次、二つ! 横並びの歩きじゃなくすぐに逃げられるように怪しくない程度に縦並びの歩きにする事、フォーメーションは一番前があたし、適当に言い訳できるし別に人見知りじゃないし、次に背の高いひより、その次が肝心のゆり、んでー 最後 有珠 」


「なんで一番危ない私が一番後ろじゃないの? 」

「警察が前からしか声をかけてこないとは限らないし …ただ… 」

「?? ただ?? 」

「最後尾に有珠だと、ぶっちゃけこの中で一番目立つのは有珠なんさよね… 有珠は人見知り激しいから、そこは問題かも 」

「…有珠は …大丈夫です 有珠は…有珠もみなさんの役に立ちたいです 」


「有珠 アリガトね 」

灯がまた有珠ちゃんの頭を優しく撫でてあげる


「んで最後に! もし…本当に、もし警察にゆりの体温が見つかったら、速攻でがむしゃらに逃げろ! 四人ばらばらになってもいいから捕まらないようにめっちゃ逃げろ! 」

「灯ちゃん? そんなことをしたらみんな離れ離れになってしまい逆効果なのではないでしょうか? 」

「大丈夫っ! ちゃんと後で落ち合う場所は決めてあるからっ 」


「「「…落ち合う場所?? 」」」

一斉に三人とも頭にはてなマークを浮かべた


「警察がいなくて駅前の逃げ切れる場所っ そこはっ! 」

「ぅん… 」


………

「聖蹟桜ヶ丘駅ビルの3階のランジェリーショップさー 」


(…… )


「……灯? 」

「んなー なんさ? 」

「それは…ぇっと、本当に大丈夫なのかな? 」

「大丈夫っ 警察が下着売り場にいたら逆にそっちのが問題だしっ それに3階は基本服もレディースフロアだから手薄だと思うし 」

「確かに、悪くない考えだとは思いますが 」

「有珠は逃げ切れるかが不安です… 徒競走もいつもビリですし 」

「有珠ちゃんっ、私も小さいし足も遅いけど えっと…がんばろう? 」

「はぃ…っ 」


こんな、どうしようもなくくだらないこんな事に、私たちは全力なんだ

静かに、なにかを変えようとしているから…


だからこれは

ためらい一つもない生意気な私たちと理不尽な街との、戦争


「街のルールは敗るが、仲間の笑顔には引き渡せないモノがどうしてもある …こんな弱虫の臆病者にもね 」

灯が放つ言葉は、どうしていつもこんな強く感じれるのだろう


「この街を勝者と呼び、あたしらを敗者と呼ぶのなら 本当の勝者になってやろう! 」



………

この街も、この学校も、私たちには優しくなんかない

でも…だから私たちはあがくのだ


カッコ悪いよ、ださすぎだ…


けどさ、もう躊躇している場合じゃないんだ、 恥ずかしいこともださいことも

もうそんな事にかっこつけてる場合じゃないんだ


「さぁ 行こう!! 」


最後に、灯は黒板に勢いよく何かを書き足した


-‘I pray for the safety of the voyage’-


「ふにゃぁ?? 灯さんっ、これはどういう意味ですか?? 」


「…航海の無事を祈る って意味ですよ 有珠ちゃん 」

先に言ったのはひよりだった


「無事にまたココに帰ってこれることを 信じて… 」


灯の静かな言葉が、これから私たちが行くことの重さをさらにじわりと感じさせた



「行くよ! はじめよう! あたしらの戦いをっ 」



そして意を決し 部室のドアは ――


    高らかに 勢いよく ――


開かれた ――



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