「火酒と噂と、赤髪の魔法使い」
宿場町トゥレイア――。
門をくぐった時、夕日がちょうど街の石壁を赤く染めていた。
商隊の一団は門番と簡単なやり取りを済ませ、すぐにいつもの定宿へと向かっていった。同行していた冒険者たちもそれぞれの馴染みの宿を目指して散っていく。
レオナルディアはと言えば、彼らに礼を一言だけ告げると、ひとり街の中央通りへ足を向けた。
これが彼にとって初めての“都市の空気”だった。
露店で売られる香辛料と揚げ菓子の匂い、どこか懐かしい楽器の音色、石畳を踏みしめる足音と笑い声。森とも、戦場とも、異なる――\*\*“生きる者の雑多な営み”\*\*がそこにあった。
「……さて」
ピクシーが肩で欠伸をした。疲れているのは、彼女も同じらしい。
「悪いが、もう少し付き合ってもらうぞ」
ぽすん、とレオナルディアの頬にピクシーが額をぶつけてくる。承諾の意、と受け取ることにした。
◆
広場を抜けた先、小さな角の居酒屋が目に留まる。
看板には、手描きのような文字で《火酒亭》とあった。控えめな灯りが差し、木製のドアの隙間から笑い声が漏れてくる。
(――雑談と噂は、情報の源)
レオナルディアは扉を押し開け、店内に足を踏み入れた。
中は素朴な内装で、常連客らしき者たちが三々五々、酒や料理を楽しんでいる。カウンターに腰を下ろし、火酒を一杯だけ頼む。
辛口のそれは、戦場の疲れと街のざわめきを静かに中和していくようだった。
「……でさ、赤いのよ。髪が。まるで燃えてるみたいに」
ふと、隣の席から聞こえた声に耳がとまる。
「また“紅焔のフィーネ”か?」
「そうそう。今日も東の丘陵で派手にやったってさ。ドラヴォグの群れをまとめて一掃したとかで。もう、焼け野原だってさ」
(……赤い髪。爆裂魔法……)
レオナルディアの脳裏に、先日の戦場で見たあの鮮烈な一撃が蘇った。凄まじい制御と爆発力。魔力を刃のように操るその姿。
「フィーネって……歳は?」
つい、問いが口から漏れる。
男たちはちらとこちらを見たが、酔いのせいか警戒心は薄い。
「十代後半らしいぜ。ギルド登録はしてるけど、まともに顔出すのは稀みたいなもんでな。勝手に依頼こなしては、ふらっと消える。変わり者の天才ってやつよ」
(特級魔法職で、赤髪、そして実力……)
これだけ条件が揃えば、戦場で見た人物と同一と考えて間違いないだろう。
火酒を静かに飲み干しながら、レオナルディアは考える。
(直接、弟子にしてくれとは言えない。だが……戦場で見たあの魔法を、使いこなせれば――)
再生したこの身体には、確かに“魔法の適性”を感じる。だが発現のきっかけがつかめないままだ。だからこそ、実際に“使いこなす者”の姿を見、近づく意味がある。
「……紅焔のフィーネ、ね」
もう一度名前を口の中で転がす。
ただの興味ではない。これは“力の獲得”に関わる情報だ。
席を立つと、肩のピクシーがすっと身を起こした。彼女もまた、察しているのだろう。
翌朝、レオナルディアは《東の丘陵地帯》を目指す。
紅き魔法使いと出会うために。
偶然を装って、あるいは運命に導かれるように。
──次の戦いは、知識と魔力の領域だ。




