「森の恵みと静寂の川辺」
森に慣れ始めたとはいえ、警戒は怠らない。
だが、この日は違った。朝から微かな風が心地よく、空気にどこか温かみすらある。
俺の耳長――エルフ種族としての鋭敏な感覚が、森全体の機嫌の良さを感じ取っていた。
「この気配……今日は収穫日和ってわけか」
目を細めて、森の奥を歩く。
足元に広がるのは、多種多様な薬草たち。普通の冒険者ならスルーしてしまうような見た目でも、俺の《鑑定》スキルがその価値を見抜いてくれる。
――《青癒苔》:中級治癒効果。軟膏や塗布薬に向く。
――《紅心花》:精神回復作用。スピリット系の魔法素材にも利用可能。
――《鎮毒茎》:強力な毒素中和作用あり。希少価値高し。
次々と草を採取しながら、思わず口元が緩む。
「やっべ、これは本気でホクホクだわ……」
袋に入りきらない分は即ストレージへ。保存環境も良好。時間を気にせずに採集できるというのは、まさに異世界転生の恩恵だ。
ふと、風に乗って水音が耳に届いた。
その方向へ足を向けると、緑のカーテンをくぐるようにして視界が開ける。
そこには、透き通るような小川が静かに流れていた。
「……最高かよ」
荷を下ろし、上半身を脱いで水辺へと歩み寄る。
水に足を入れると、その冷たさが全身を駆け巡り、日々の緊張が一気に溶けていく。
森での生活は決して楽ではない。常に気を張り、目を光らせ、音に耳を澄ませる。
だからこそ、この一瞬の休息が格別だった。
全身を水に沈めながら、目を閉じる。川底を泳ぐ小魚たちの動きが、肌に微かな振動として伝わる。
一匹、大きめの魚が目前を通り過ぎた。
「……よし」
ピクッと目を開き、瞬時に手を伸ばす。
パチンッという水音と共に、魚の跳ねる感触が手の中に伝わった。
《スキル【隠密Lv1】を取得しました》
《スキル【水中行動Lv1】を取得しました》
「やっぱりな。体を動かして学んでいくのが、この世界の流儀か」
サバイバル技術と軍人としての感覚。どちらもまだ健在だ。
特にこの世界では、体験そのものが力になる。戦うことも、生き延びることも、すべて“成長”につながっているのだ。
川辺に戻ると、即席で石を組んで焚き火を作り、魚を串に刺す。
パチパチと薪がはぜる音と、魚が焼ける香ばしい匂いに包まれながら、俺は改めて周囲の森を見渡した。
――ここが“ルドゥス・デオルム”、と呼ばれる異世界。
今はただの森の一角。だが、この静けさの裏に、確実に巨大な戦火の予兆がある。
「……まだ間に合う。俺には準備する時間がある」
森の加護を感じつつ、強く思う。
今この瞬間は、敵もいない。矢も飛んでこない。
だが、密書に記されていた“あの名”たち――帝国の将たちと教皇の企みは、確実に迫っている。
その嵐に抗うためにも、今この森で得たすべての経験と力を糧に、俺は生き延びる。
そして、いずれ――この世界の歴史に“俺”という異物を刻むことになるだろう。




