「境界の風、深緑の静寂」
森の気配が変わった――そう感じたのは、日が傾きはじめた頃だった。
鼻をかすめる風が違う。乾いた木と土の匂いに、花や薬草の清らかな香りが混ざる。
空気が妙に澄んで、耳がわずかに痛い。魔力濃度が高まってる。
「……境界線か」
感覚が告げる。この先は、あの**耳長族**の領域――シルヴァリオンだ。
整えられていないはずの森が、まるで意志をもって呼吸しているようだった。
人工の気配はない。けれど自然だけでは成り立たない調和がある。
精霊信仰の地という話にも、なるほどとうなずける空気だ。
ピクシーが不意に肩へ戻ってくる。翼の動きが乱れていない。
……警戒信号だ。直感でわかる。
「見られてるな、こっちの動きも」
辺りは静かすぎる。
葉擦れひとつすら、俺には**観測されている沈黙**に聞こえた。
罠は全解除。残りの干し肉もストレージに戻した。
カーバンクルが足元で静かに動きを止める。奴も何か感じてる。
ここからは、**俺が客人**だ。
敵ではないという立場を、言葉だけでなく所作でも伝えなければならない。
密書は封を開けず、しっかり保管してある。証拠物件として渡すには十分だ。
問題は――俺の姿。
鏡があるわけじゃないが、川辺の反射や水筒の光で確認済みだ。
**エルフと同じ耳を持つ若い男。**
森の中で突然現れれば、不審者どころの話じゃない。
「……まずは話す機会を得ることだ」
口より先に矢が飛んできてもおかしくない。
けど、今はそれも覚悟してる。
それが、この世界に来た意味だとは思わない。
ただ――**生き残るためには、選ぶ必要がある。**
誰を助けるか。
何を守るか。
ピクシーが先へ飛び、軽く旋回する。
その向こうに、薄く光る獣道が見えた。
「ああ、進もう。俺が選んだ道だ」
俺は一歩、森の奥へと踏み出した。
静かで、そして確かな覚悟を胸に。




