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アブノーマル  作者: 秋田こまち
第一章
5/17

第五節 怪物 上

[序]

 妖怪というのはよほどのことがない限り温厚で友好的だと、様々な人から聞いたことがある。

 ならば今、目の前にいるのは妖怪ではなく、

「化け・・・物・・・・」

 血に塗れた怪物の姿が、そこにはあった。

[一]

「町中の妖怪達が次々と凶暴化ぁ?」

 今日の夕刊を掴みながら結月は珍しく素っ頓狂な声を上げる。

「えーっと。だぁめだなんか本文がぼやけて見える。目が疲れてるのかな」

「そりゃそんなレンズ割れてフレームひん曲がった眼鏡だとそうなるわ」

 リケトとの戦闘の際、結月はメガネが割れることを恐れて胸ポケットしまっていたのだが、どうやら木に激突して、地面に伏したときに壊れてしまったらしく、利き目である右目のレンズは割れ、左のレンズにはヒビが入り、フレームも見たことのないくらいに歪んでいる。

「そうだ。天狗によると現在の被害が二十六件」

「に、にじゅ?」

「二十六」

「馬鹿か!?急に馬鹿になったのかあいつらは!?」

「そのうち二件が殺人、傷害が二十三、食人未遂が一」

「「食 人 未 遂」」

「リケト」

「ああ」

 結月は思い出した。先日、あの馬鹿(リケト)に愛音が襲われた事件を。

「人里とか行くときは気を配れよ?もしかしたら襲われるかもしれないんだから(1敗)」

「・・・その一敗ってn「気にするな!」

「おい私の台詞遮るな」

 天音はボロボロに破けたコートを見ながら呟く。

「それよりもまず、結月くんは服を買い直さないとですねぇ。特にコート」

「なんてこと言うの!?」

 結月は取られまいとハンガーの前に素早く立ち、カバディの体勢をしていた。

「だってもうボロボロでしょ?そろそろ新しくしないと」

「駄目。それはおばあちゃんの形見で・・・」

「この寒さなんだから、こんな格好していたら風邪ひきますよ?」

「駄目ったらだめ」

「私結月くんが風邪引いても看病しないですよ?」

「いらん。自然と治る」

「とにかく、そのコートそろそろ捨てましょう。何年使ってるんですか?」

「五年」

「捨てますね」

「ちょ、待って。優作さんもなんか言ってよぉ!?」

 優作は結月から返された新聞から顔を上げると、

「あー・・・・捨てちゃっていいと思う」

「ウェッ!?」

 結月を突き放した。見捨てたのほうが正しいか。

「捨てますね」

「やぁめろぉおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおッ!!」




「はっ」

 身体を起こす。

「何だ夢か」

「現実ですよ」

「うわぁぁぁぁぁッ」

「叫んでもだめですからね」

 結月は顔を真っ青に染めて言う。

「あんたらはわからんだろう。あのコートを捨てたらどうなるか」

「どうなるんです?」

「知らんのか。うちのロ◯BBA(おばあちゃん)が包丁持って追っかけてくる」

「うわぁ」

「しかも金縛り付きのハッピーセットだ」

「ハッピーなんです?それ」

「とびきりのバッド・・・おまけにデッド」

「おまけなんだ」

「ついでのほうが良かった?」

「あ、別にいいです」

 天音は結月に迫る。

「とにかくこの先もっと冷えるんですから、そんな格好だと本当に風邪引いちゃいますよ?」

「そればっかだな。というかこの寒さで肩だしてる人には言われたくない」

「かわいいでしょ?」

「男が見たら勘違いしそう」

「どう勘違いするので?」

「いや、誘ってるのかと」

「私のことなんだと思ってるんですか」

「綺麗な一国のお姫様」

「や、やめてくださいよそんな・・・とにかく行きますよ」

 天音は思い切り顔を赤く染め、結月の首を掴み、入り口へと向かう。

「あ、あま、ねっ、くび、く・・び!」

「それがどうかしましたか?さ、行きましょうね」

「い゛や゛ぁ゛ぁ゛ぁ゛ぁ゛あ゛!!」

 その時だった。

「助けてっ!」

 大きな音を立てて扉が開くと同時に、女性がもう一人駆け込んでくる。

「ど、どうかしたんですか?」

「た、たすけて、たす・・・か、要が・・・」

「い、一旦落ち着きましょう。そこに座ってください」

 天音は近くにあったソファを指差し、女性に座るよう頼んだ。

「で、何があったかお話してもらえますか?」

「ば、バケモノが、私の友達を・・・」

「バケモノ?」

 先程の午後六時。この森の中できのこ狩りをしていたところ、謎の妖怪(仮)によって女性二人が襲われるといった事件が発生し、一人は重傷、もう一人は軽いけがを負って、助けを求めて探し回ったところ、近所の住人の案内によってここにたどり着いたという。

 女性によると、そのバケモノとやらは全身に赤い液体を被り、大きな鎌のようなものを握っていたという。

「うーん。まあ確かにこの時間はもう暗いですし、輝も多くて視線を妨げますからね。結月くんこころあ・・・あれ?」

 居ない。確かに天音は結月の首を掴んでいたはずだ。それに、ソファの反対にある椅子に一緒に腰掛けた。実際その瞬間を目撃している。

「すいません。なんか全身白い人見ませんでした?」

「あ、えっと・・・さっき貴方が腰掛けたときにすごい勢いで何処かに走っていきましたけど・・・」

 あたりを見渡してみても、やはり居ない。

「どの方角に消えましたか?」

「その、奥の方に・・・」

 女性は勘定台を指さした。

 覗いてみると、そこには勘定台の下で体育座りで縮こまっている結月がいた。

「何やってるんですか」

「・・・・・・・ヒト、コワイ」

「そんなこと言ってる場合ですか。私とか端白ちゃんは大丈夫なのに何で」

「ソレハ・・・ホラ・・・ツキアイナガイカラ」

 天音はその白いモップ(ゆづき)を引きずり出すと、髪を掴んで机まで持っていき、自分の隣に座らせた。

「で、そのバケモノってのに心当たりは?」

「ナイ・・・・トモイイキレナイケド・・・・・容姿がよくわかんないから・・・・」

「と、特徴とかってわかります?」

「その、なんかこう、頭に山みたいのが二つ生えてて」

「「頭に山」」

「その下にツインテールっぽいのが生えてて、パーカーみたいな外套を着てました」

「頭に山のツインテパーカー・・・」

「そ、それよりも、わ、私の友達が・・・」

「お、落ち着いてください。いま、この人がなんとか・・・・結月くん。なんとか出来ないでしょうか・・・」

 ひどく動揺した様子の女性は、肩を細かく震わせながら泣いていた。

「その友人は今、何処に?」

「それは・・・あの、ここを紹介してくれた方の家に・・・」

「会うことって・・・」

「たぶん難しいかと」

「ソッ、ソウデスヨネデシャバッテゴメンナサイ・・・」

 再び結月は縮こまる。

「と、とりあえず、現場に連れていってくださいますか?」

「は、はい」

[二]

「ここです」

 歩き始めて四十分程度。

 たどり着いたのは木々が生い茂った森。

「嫌な予感が・・・」

「あれ、結月じゃん何してんのー?」

 そこに現れたのは黒いパーカーを着た紫髪のツインテールの少女。

 笹木ナナ。昔なじみの死霊術師である。

「パーカー・・・ツインテ・・・山・・・猫耳?」

「あ、今すぐ逃げたほうが良いよ?これでもだいぶ抑えてる方だけど、もうボクも限界だから」

「抑えてる?限界?」

 疑問符が浮かぶ。

「もしかして・・・」

「うーむそうだなー。おそらく最近流行りの妖怪の暴走というやつじゃな」

「・・・やっぱり?」

 ナナは左足を振り上げ、結月に回し蹴りを仕掛ける。

「やばっ」

 咄嗟に防御体制に入る。

 両腕に確かな痛みが走る。

「それ死霊術師(ネクロマンサー)にも効くのかよッ」

 天狗が入手した情報では効果があるのは妖怪のみなはず。一応魔術師に類する死霊術師にもそれは影響するのか。そう驚愕した結月だったが、

「何言ってんの。ボクはもはや妖怪みたいなもんなんだからサァッ!」

 そういえばそうだ。笹木ナナという人間はだいぶ昔に死んだと本人は言っていた。今の自分は霊を使って改造して動かしていると。

「天音はその人連れて逃げて」

「で、でも・・・」

「いいからッ!」

 残念ながら現在の手持ちはナイフと低威力の小型拳銃(PPK/S)のみ。

 前回と違って魔力残量には余りがあるが、それでもTシャツに最低限の防寒対策と軽装なため、長期戦は期待できない。

 とにかく、一人ではどうすることも出来ない。誰か増援を。

 一旦離れ、近くの木の裏に隠れ、携帯電話を取り出し、電話をかける。

『こちら退治屋組合。どうかしましたか?』

「新月庵から本部へ」

『お待ち下さい・・・・どうぞ」

「現在妖怪と交戦中。場所は・・・」

 あたりを見渡す。眼の前に見えるのは石の階段。その奥にはモノレールの線路が立っていた。いつの間にここまで来ていたのだろうか。

「舎人公園駅前。一人では対処しきれないため第一種配備を要求」

『要請を確認・・・審議中。少々お待ちください』

 着々とナナは迫ってくる。だが、駅前まで誘導すればもはや勝ちも同然。そう考えた結月は、携帯片手に階段を駆け上る。追うナナ。階段を登ったあたりで気付いたんだろうか、速度を上げて走ってくる。

『回答。情報量が不足している為、第三種配備を敷くことに決定しました。そちらに従って行動をお願いします』

「ちょっと待った!私は第一種を要求したはずだ。第三種って言うと・・・」

 第一種は多数での鎮圧だが、第三種は単独での対応。他の人員は市民の避難誘導などに当てられる。

『御武運を』

「ちょっと待って・・・切りやがった!?嘘だろクソがッ!」

 支援は見込めないとなると、今できるのはやはり。

「・・・自爆特攻・・・かなぁ」

 どうせ人一人失ったところで組合には何も影響が出ない。何より、元から帰る目的も、出迎えてくれる人間も誰一人いないのだ。

 右の前蹴り。またもや腕で受け止めるが、靴に付けられたナイフが、確かに結月の腕を裂いた。

 結月の腕に熱が走る。

 見てみれば、左腕の裏に赤い線が縦一文字に刻まれていた。

「・・・・わかった・・・そこまで死にたいんならボクが殺してあげる!せいぜい心でタラレバこぼしながら惨たらしく逝くといいさッ!」

 血を浴びたナイフは大鎌に変化し、結月の首を刈り取ろうと迫る。

 即座に結界を滑りこませ、距離を取り、損傷を最小限に抑える。

 が、ナナはいとも容易く結界を切り裂き、接近した後、何を思ったのか鎌を反転させ、柄の方を向けて結月を殴る。

 鈍い打撃音。ともに小さな呻き声。

「・・・ね、結・・・」

 意識が遠ざかっていく。こんな一撃で倒れるなんて、もはや噛ませ犬だな。そんな事を考えながら、結月は眠りについた。

 そういえば、意識を失う直前、彼女は何と言っていたのだろう?




「枸城結月の魔力反応が消失!?」

「はい。交戦の痕跡はあるのですが・・・」

 退治屋組合足立支部。

 ここは件の暴走事件で殺気立っていた。

 その最中、現場の指揮を取っていた柿沼の耳に入ってきたのは、結月の反応が消えたという知らせだった。

 確かに戦果こそ悲惨なものの、支部内では結月は結構な信頼を置かれていた。本人は気付いていないが。

「でも、何でそんなに皆さん彼のことを信頼してるんです?」

 一人の若者が問う。彼は今年入ってきた新入りで、戦果が振るわない結月を何故そんなに信頼しているのか疑問に思った。

「かわいいし」

「妹みたいな・・・」

「暴れたら大変だけどな」

「「それはそう」」

「そんなに面倒なんですか?」

「良いか新人。あれはな、面倒とかそういう次元じゃないんだ。怒らせたら、俺達は確実に死ぬ」

「・・・ええ」

「あー。ちょっと飲み物買ってくる。お前らなんか飲むか?」

「お茶」

「こーーひーー。あ、あったかいやつねー」

「あいよ。お前は?」

「あ、僕は良いです」

「そ。じゃ行ってくるわ」

 柿沼は場を去っていく。

「あの子、本当の実力だけで言えば本部の人間に一番近いと思うんだよね」

「え?」

 彼は目を丸くする。彼は結月がボロボロになっている姿しか見たことがなかった。そんな結月が上位の退治屋に及ぶ人材だったなど、到底想像できない。

「けど、普通の妖怪に負けるような人間ですよ?それがどうして」

「俗に言うトラウマってやつだよ」

「あの子ねー。一回やらかしたんだよね」

「大変だったなーあの頃は」

「やらかしたって・・・何を?」

「言ってしまえば、今の妖怪たちと同じ状況だ。いわば暴走。理性が機能しなかった状態。

 六年前に起きた、大型火災。巷では入谷大火災なんて言われてるが、あれあいつの仕業なんだよ」

 足立入谷大火災。数々の死傷者を出し、一体の建物が全て燃え、焼け野原になりかけた大型火災。報道では自然発火と言われていたが、実際には、未熟な魔術師の暴走。

「行き過ぎた憎悪は自分をも傷つける。アイツは人間を殺しまくった。本人は殺したくなかったと言っているが、それでも殺したことには変わりないし、その事実と人を殺したという罪悪感が、彼女の中で大きくなっていき、それ以降、奴は人の死に恐怖し、人と関わることを極端に嫌うようになった。その事件が原因で、やがて魔術も使えなくなっていっtた。いわゆるPTSDってやつだな。そのおかげで・・・・・」

「―――何の話だ?」

 柿沼が歩いてくる。

「あー、いや。なんでもねぇ。とにかく新入り。結月を絶対に怒らせるんじゃあない。良いか?


 あと彼じゃないぞ。アイツ女だから」

「え、そうなんすか!?」

「「気づかなかったの?」」

「はい」

「「嘘でしょ?」」



 

つづく

実は笹木はまだ設定が定まっていない頃に友人N氏から提供してもらったものです。

今思えば結月って意外とあるあるな設定だよなあ

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