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アブノーマル  作者: 秋田こまち
第一章
3/17

第三節 一番の被害者

前回のあらすじ

天音が新月庵に居候 。結月にSANチェック。

結「!?」

[序]

 腰が砕けたように痛む。

 多数の本が降りかかってくる。

「わわっ」

 目を丸くしている青髪の人物と白髪の女の子。

 あわあわと慌てる黒髪の女の子。

 卒倒する紫色の髪をした魔女っぽい人。


・・・何で、

 何でこんなことに・・・・


[一]

 十一月二日 七時三〇分

 天音を起こし朝食を済ませた結月は、開店の準備と生活必需品の買い出しをするべく外に出た。

「さむっ」

 薄着だった結月はここで初めて寒さに気付き、一度戻って黒い角袖コートを羽織る。

 近頃気温の変化が著しい。

 十月なのに夏の様な残暑からやっと解放されたかと思えば、十一月になると秋の涼しさは超音速で過ぎて行き、冬の寒さが訪れる。

 いつもはあっさり起きる天音も今朝はなかなか起きず、布団に篭って出てこなかった。

 扉にかかっている札をひっくり返し、『CLOSE』から『OPEN』に変えると、誰かがこちらに向かってくる音がした。

「あら、優作さんじゃないの」

 見えてきたのは青い長髪の少年。優作だった。何やらレジ袋を握っている。

「これ、おすそわけ」

「ああありがと」

 中に入っているのはキュウリの漬物だった。

「ぬか漬け?」

「浅漬けだね」

「季節外れ・・・」

「うるさい」

 もう一度店に入って、浅漬けを置きに行こうとキッチンに向かう。

 先ほどまでカウンターにいたはずの天音がいなかった。

「結月くぅん。ポストにおてがみはいっへまひふぁ~・・・ねむい」

 突然扉から現れる天音。いつ移動したの君?

 封筒を受け取る。中を見てみると、短冊サイズのものが一つ。

 中の物を出すと、三つ折りにされたA4サイズの用紙だった。

『新しい術ができたから実験に付き合ってほしい。工房に来て。

          ハイル・ノールレッド』

「要するに実験台になれってことか」

 そういうことは極力避けたい結月。

 そう易々と実験台になるはずも無く。だがノールレッドにも策はある。

 その瞬間、結月達の視界が暗転する。今思えばやっと魔法っぽいの出てきたな。

「な、何?」

「転移術式か?」

「なにこれ怖・・・」

 気づけば、そこには見覚えのない本たちが並んだ高い本棚。隣を見てみると、やはり本棚。反対を見ても、やはり・・・

「あら結月。随分と早い到着ね」

 本棚。の前に一人の人間が立っていた。

「どういうことですかノールレッド卿」

 近づいてくるのはいかにもThe・魔女という風貌をした紫髪の女性。

 彼女こそこんな状況を作った張本人。ハイル・ノールレッドである。

「なんのことかしら?」

「あの手紙に転送式書いたの師匠だろ」

 ・・・えっと・・・誰?

 天音は困惑した。

 さも当然のように二人は話しているが、天音は全くの初対面だし、あの手紙も読んでいない。

「あ、言い忘れてたね。この人がさっきの手紙の送り主にして優作さんの師匠。第二位魔術師で水銀魔法の執筆者で優作さんの師匠、ハイル・ノールレッド卿」

 魔術師には階位がある。これは魔術協会から任命されるもので、協会に所属していない魔術師、魔法使いにはこの単位はつけられない。

 第一位は魔術師がたどり着ける最高到達点であり「人間の魔術師が立ち入ってはいけない領域」に入っている者がそう呼ばれる。各派閥の現当主がそれに当たる。

「第二位って協会の魔術師の最高位じゃないですか!?」

 一般の範疇の魔術師は当然第一位なんて辿り着けるわけないので、協会の魔術師の大半は第一位ではなく第二位を目指す。なので、実質的に最高位は第二位と言われている。二位なのに一番上なの?そんなこと言ってはならない。

 ハイルがやってのけたのは、上位の悪魔の召喚。今現在本棚に本を並べているのがその人形である。

「まあね。そんなすごいものでもないけど」

「いや、十分すごいですよ。私には到底真似できません」

「いや、貴女の結界の方がすごいわよ。協会に所属したら、すごい成果を出せるんじゃないの?」

「いや、あれは母から盗んだものですし、ノールレッド卿の方が」

「いや貴女のほうが」

「いやいや」

「またまた」

 なんでこの町の人は皆謙虚なんだろう。天音はその疑問を思わず口に出していた。

「それは周りに才能が溢れてるのが原因なんじゃないか?」

「どういうことですか?」

「こいつらは、周りが天才だらけで、自分がどんなにすごい才能を持ってるかわからないんだよ。きっとさ」

 結月には、天才の姉がいるし、それ以外にも、端白等の天才が余るほどいる。ハイルもまた、同じような劣等感を抱いていた。同期は皆第一位となり、自分とは遥かに遠い場所に行ってしまった。自分だけ取り残されたような感覚に陥り、こんな田舎に隠居しているのだ。

 そこまで聞いて、あることに気づく。

「優作さんも結月の悩みの種なのでは?」

「ハッハッハ、古代精霊魔術の使い手の御子には言われたくないなぁ」

「グッ」

 優作はケラケラとわざとらしく笑う。

「だけど、やっぱり師匠のほうがすごい。俺なんか魔力操ってるだけだし」

「すごいじゃないですか」

 全然。と否定して優作は向き直る。

「それでも、結月の努力には負けるよ」

 結月はここにたどり着くまで何十年努力して、何百時間自身の睡眠時間を犠牲にしたのだろうか。

 考えると気が遠くなりそうで、天音はその思考を即刻捨てた。

「で、新しい術式ってなんですか?」

「転送術式・・・なのだけれど私の専門分野じゃない」

「じゃなんでまた」

「上に三百万も積まれたのよ。引き受けるしかないじゃない」

 これほどの魔術師なら月収五百万は普通に超えるので、たった三百万。と思うかもしれないが、一般人からしたらされど三百万。しかも、魔術師にとってはした金でも、協会から来たとなれば重圧がかかるものである。

「実験は?」

「そのためにあなた達を呼んだの」

 やはり実験台になれ。ということであろう。

「お断りします」

「俺もパス」

「じゃあ私も」

「実験台にするつもりはないし、もう実験は終わったわ」

 どうやら結月達は術式のテストの記録のためだけに呼ばれたようだった。

「まあ、あの手紙がそうだったわけね」

「「やっぱり実験台にしてるじゃん」」

 ハイルは何も言わずに茶を啜る。

「「無視すんな」」

 そのとき、起動式がひとりでに展開される。大半の魔術式は術者が魔力を送り込むことによって起動する。だから勝手に展開するなど、本来ありえない。

 術の故障か?いや、専門外とはいえハイルが、第二位魔術師が作った術だ。そう簡単に壊れるとは思わない。だが、そうとしか思えない。

 暴走した魔術式は、空中に浮上し、書かれた命令を歪んだ形で実行する。

「え、なにこれ?今私どうなって」

 式から出現したのは、高身長の女性。

 突然現れた女性に一同は目を丸くした。と思えば、女性はそのまま自由落下を始める。

「いやぁぁぁああああっ!?」

「「「「!?!?!?!?!?!?!?!?」」」」

 三人だけでなく、ハイルすらも目を丸くして驚いていた。

 優作は素早く魔力でクッションを作る。

 が、衝撃を殺しきれず、女性は尻餅を突く。

 クッションの効果が薄かったのか、尻餅をついた瞬間振動で本棚が少し揺れ、本棚の上に積まれていた本が崩れ、女性に降り掛かってくる。

「わわっ」

 それを目を丸くして硬直している二人と、崩れた本と女性を気にして困惑する天音、ハイルは頑張って作った術の暴走によるショックと見知らぬ人間が現れたことに対するパニックで失神してしまった。

 



[二]

「ま、魔法?」

「そう。貴方は転移魔術でここまで飛ばされてきた」

 女性はあり得なさそうな顔をする。

「・・・そんな顔をするってことは、貴方は外から来たのね」

「外?」

「そう。この世界、この国では一般的に隠世という俗称が使われているのだけど、この隠世の外からやってきたってことよ」

 女性は呆気にとられた顔をした後、大声を出して言った。

「じゃあ私、異世界に転移したってことですか!?」

「端的に言えばそうなるわね」

「あれ、けど日本語で喋ってる・・・」

「日本なんだから当たり前でしょう」

「日本なんだ」

「あそこから外見てみなさい。まんま昭和初期の片田舎よ」

 指を刺された方向を見ると、西洋の城などで見る大きな窓。そこから見える景色は屋敷の下に広がる森林と、その先にある如何にもレトロという雰囲気を醸し出す街があった。

「ほ、ホントだ・・・」

「言ったでしょう?」

 眼の前にあるティーカップに注がれた紅茶を啜る。

「アールグレイですか?」

「あら、よく分かるのね」

「元の家で結構飲んでたんですよ。コーヒーとか苦手で」

 女性、愛音はカップを置く。

 ため息を一つ付くと、頭の中に転がる複数の情報を整理しようとした。

「えっと・・・魔法って言ってましたけど、本当にあるんですか?」

「あるに決まってるでしょう。じゃあなんで貴方ここにこれたのよ」

「えー・・・夢、とか?」

「そうならずいぶんと味覚と触覚が働く夢ね」

「ですよねー」

 ふと、窓を見る。

 窓の外には、先程見た三人の人影があった。

 二人は近距離で動き回り、一人はその前に立っていた。

「あれは何を?」

 ハイルは少し間を置いて口を開く。

「見ていればわかるわ」


 


 ナイフを逆手に握った優作が結月に接近する。

「ッ!?」

 下からの斬撃を紙一重でかわす。

 追撃。

 即座に障壁を展開して防ぐが、左手であっさりと破壊される。

 再び防御。通常、結界の破壊には準備時間があるため、破壊した直後にもう一度破壊するのは難しい。

 優作は体制を崩し、その隙に結月がナイフを滑りこませる。

 再び咄嗟に防御、結月は手に魔力を集中させ、刺繍針サイズに変形。そのまま力ずくで押し込み、広げる。

 押し込んだ魔力は抵抗なく広がっていき、膨張に耐えきれなくなった障壁に亀裂が入る。

「チッ」

 広げるほど結界は膨張し、亀裂が大きくなっていく。障壁はついに限界を迎え、粉々に砕け散った。

 障壁の構造には文字通り穴が空いている。その隙間に細く加工した魔力を差し込み、内側に気体のように広げることで、障壁は膨張し、簡単に破裂する。結界術士がよく使う技で、これを使うことで相手は魔術的な防御を失う。

 反撃。見様見真似だができるはずだ。

 左手に勁を発生させ、優作の胸に掌部を置き、作用させる。

 すると優作の体は少しだけ弾かれる。

 優作は体制を整えようとするが、結月は追撃を食らわせる。

 細い太ももにまかれたレッグホルスター、その頂点、胡桃の木と鋼鉄で作られた拳銃、キンバーの銃握(グリップ)に手を伸ばす。

 急接近。

 構えて、

 撃発。

 遊底(スライド)が後退し、薬室から真鍮の筒が飛び出す。

「ゴフッ」

 優作の腹に衝撃が走る。

 結月が放ったゴム弾は低威力ながらも、確かな痛みを与えた。これが実弾だったらもう死んでいたかもしれない。と思ったが、銃の致死性は意外と低く、心臓や脳に直接銃弾を受けなければだいたい生き残るらしい。

「それは反則だろ!」

「そんなん誰が言ったのさ!」

 距離を取りながら五連射。

 狙いの定まってない弾丸は、対象を取り囲んで着弾した。

「あっぶねぇなぁおい!」

 低空飛行して高速で接近、抜き取ったナイフを思いっきり振り下ろす。

 またもや距離をとられたが、対応出来ないわけではない。

 ベルトに付けられたホルスターからベレッタを抜く。

 照準、発砲。

 こちらもゴム弾。ほとんど直線に結月の頬めがけて進んでいく。

「そっちも人のこと言えないじゃん!」

 間一髪で避けたが、そちらは囮。別の方向からもう一発迫ってくる。

 結月の腹部に二発の銃弾が炸裂。

「ガッ」

 高速で放たれた二回射撃に、結月はよろめく。

 優作が使用するベレッタ92のような9mmパラベラム弾を使用する拳銃は、他の軍用の拳銃用弾薬に比べて威力が劣る。.四五口径に比べ反動が少なく撃ちやすいという利点はあるが、少しの威力不足は否めない。そこで兵士が九ミリ拳銃を扱うにあたって、必ずといっていいほど習得するのがこの高速の二連射。ダブルタップとも呼ばれ、一瞬の間に二回引き金を引くことで、同じ標的の大体同じ場所に二発撃ち込むことができる、威力の不足分を補い、確実に対象を仕留めるための技術。

 怯んだ内に接近、右手を振りかぶる。しかし、結月に触れようとしたが、そこにいたのはただの幻、結月を捉えるべく振りかぶったナイフは空を切った。

「囮!?」

 気付いたときにはもう遅い。

 死角に飛び込んだ結月は、握ったナイフを突き出す。

 が、気付いた優作のナイフでそらされ、渾身の一撃は失敗に終わった。

 結月は一旦飛行魔術で距離を取り、砲撃魔術で牽制、だがその弾幕の中を、優作は掻い潜って接近してくる。

 そのまま空中戦が繰り広げられる。

 直線の弾を避け、誘導弾をたたっ斬り、優作はついに結月の目と鼻の先まで飛来。

 首筋にナイフを近づけ、

「はい、これで終わり」

 そのまま踵落としを仕掛ける。

「では優作さんの勝ちでー」

 落下する結月をキャッチした天音によって、模擬戦は終わりを告げた。

「いや最後のはやりすぎだろ」

「まあまあ」

 

「なに、あれ」

 愛音は混乱した。

 なんせ人間が空を飛んで、なんかしらんけど某漫画の気弾のようなものを撃ち出したりしているのだ。外から来た人間に理解できるわけがない。

「まるで超能力みたいな」

「どちらかと言うと魔法ね」

 右から声が聞こえる。

「ね、あったでしょう?魔法」

「あれ、魔法なんです?」

「ええ、れっきとした魔術よ」

 愛音は少しだけハイルの魔法、魔術が実在するという言葉を信じられるようになった。

 


[急]

 急に転送された結月たちだが、故障の件で術を見直すため、転送は片道だけとなり、帰るにはわざわざ人里から遠く離れたところにある工房から人里を突っ切って移動せねばならない。

 

「誰がどこに運ぶ?」 

 そういったのは結月だった。

 皆考えてなかったのだ。愛音は外から来た人間で、魔術が使えないことを。

 そうなると、当然誰かがどこかに運ぶことになる

「とりあえず優作さんの家で良いんじゃないですか?」

「ウェ!?」

 優作の口から思わず普段でないような素っ頓狂な声が出る。

「そうかー、そうだなー、じゃ優作さんの家で」

「ちょっ」

 優作のことは完全に除外して話が進んでいく。

「え、と、当の本人置いてかれてるけど・・・」

「優作さんなら快く泊めてくれますよ」

「本当に!?」

「「ええもちろん」」

 完全に置いてけぼりな優作が少し可哀想に見えてきた愛音であった。 

「そ、その・・・よろしく?」

「アッハイ」


 その日の夜、優作が寝ていた布団に入ってきた愛音に布団を譲ろうとしたが、愛音に引き止められ、抱き枕にされた優作は、後日死体で発見されることとなる。(※生きてます)

前書きでいきなり始まるSAN値ロール。

12/20修正 (スライド→遊底、グリップ→銃握に変更、ハイルのセリフ、「明治初期」を「昭和初期」に変更。ベレッタの説明に「.45口径と比べ」という文を追加)


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