第二節 八年前の後悔下
11/19(火)改稿作業終了。
11/25(月)一部修正。
[破]
どうやっても、追いつけなかった。
何回努力しても、たどり着けなかった。
私はただ、君の隣にいたいだけだったのに、いつしか守る方から守られる方になっていた。
どうしたら、私は今度こそ貴方のことを守れますか。
[三]
早朝。
ラバー製の訓練用ナイフを構える結月の前に立つのは、形状が違うナイフを持つ青い髪をした少年だった。
前に向かって突く。が、その突きは当たらず、寸でのところでいなされる。
気付いたときには懐に潜り込まれていたが、ナイフを滑らせてぎりぎりのところでいなした。だがタックルを繰り出してきたことにより、結月は一瞬体制を崩した。
すぐに持ち直し、防御に徹する。少年の低位置からの攻撃は防ぎづらく、再び体制を崩す。少年は結月の首元にナイフを滑りこませる。
だが、その体勢は一瞬で覆る。
少年が勝利を確信した瞬間、手首に握っていたはずの物が、いつの間にか消えていた。
何が起きたのか目では確認できなかったが、手首の痛みと首筋に向けられたナイフで理解できた。
「ずいぶん上手くなったな」
「多分慣れじゃないかな」
「そうかな。もしかしたらまた十轍とかしたんじゃないか?」
結月は人一倍努力をする。寝る間も惜しんでひたすら鍛錬に費やす。そんな生活を送っていると当然徹夜も増えるわけで、
「何徹した?」
「徹夜なんかしてないって」
「しなきゃ隈なんて出来ねぇよ」
結月の目元には、薄っすらと黒い隈ができていた。
「何徹した」
「な、七・・・」
「正直に言え」
「じゅ、十三・・・」
「十三!?」
ちなみに徹夜の世界記録は十一日である。こう見たら、結月の異常性がよくわかる。本当に人間かお前。
「ナイフは優作さんのほうが得意だし」
「そうだけど、わざわざ十三徹もしてナイフの練習した馬鹿には根気で負けるよ」
「別にナイフのためだけに十三徹したわけじゃないよ」
結月は困ったような笑みで返す。
十三徹しても身体に異常をきたさない女。枸城結月。
「海兵隊のブラックベルトレベルのナイフ格闘術をいきなり覚えれる人間なんてめったにいないよ」
「ここにいるぞ」
雨傘優作。魔力操作に異常に長けている特異技能魔術師。
特異技能魔術師というのはいわゆる凡才と呼ばれる通常の魔術師にはできない技能、能力を持つ魔術師のことである。優作の場合、自身の魔力にありえないくらいに繊細な動きをさせることができる。
ちなみに優作は、アメリカ海兵隊のブラウンからブラックベルトレベルの格闘技能(海兵隊式の最上位)を一晩にして習得した超人である。こいつのほうが人間じゃないかもしれん。
「でもなんでいきなりナイフなんて覚えたがるんだ?というか、ナイフならお前も使えるだろ」
「使えるけどさぁ、動きとか全部独学だから本場の海兵隊の動きを知りたかったの」
「・・・今さっきの全部海兵隊式の動きじゃなかったんだが」
「教わってから気付いたけど、海兵隊式のマーシャルアーツは私にゃ合わないね。やっぱり私はナイフ握ったら突っ込んじゃう気質だから」
「どんな気質だ」
「うーん・・・すごく、忙しい?」
「人それをせっかちという」
「そうかな・・・・・・そうかも」
結月の口から曖昧な答えが出る。
「なんでそうまでして強くなりたがるんだ?」
「・・・私はみんなみたいに強くないからさ」
結月の周りには、いわゆる天才と呼ばれる人物しかいない。端白も、優作もそうだ。
だが、結月はいわゆる凡才。独自の魔術は持っているが、練習すればできる人はできるものである。特殊技能など無い。作り出せるのはただ純粋な高剛性の障壁。
結月は生まれてからずっと劣等感に苛まれて生きてきた。
結月の姉もまた、天才であった。
七歳にして五大派閥のうちの一つ、明星院の党首に上り詰め、そこから数多の魔術を開発している。その数約三百。
そんなものを作り出す程の天才、自分を遥かに凌駕する才能が身内にいる。そんな環境は結月の自信を折るには十分だった。
努力しなければ認めてもらえない。
無茶をしなければ追いつけない。
無理をしなければたどり着けない。
そうやって生きてきた。
そんな生き方しか、知らなかった。
「いや、十分じゃないか?だって、下手な妖怪相手なら圧勝だろ?」
「いや、まだそれでもだめだ」
結月が目指すのは、周囲の人間と対等。いや、それ以上の強さである。
もう、手の届く範囲でいいから誰も傷つけたくない。
その一心が、彼女の原動力であり、存在意義である。
「とりあえず、今日は休め。普通の人間は十三徹なんてしたら体壊すわ」
「私は大丈夫だから」
「けど明日、もしかしたら桐生のお嬢と会えるかもしれないんだろ?」
「いや、まだそうとは、」「いいから休め」「・・・はい」
結月は無事新月庵に連行されましたとさ。
翌朝。八王子の森にある神社。
結月は御子を迎える現場に駆り出されていた。某◯リBB・・・じゃなかった。某賢者に呼び出されたためである。正装で来いと言われたため、ガン無視して着物で来てやった。
「あの野郎。今度あったらほんとに.45口径ぶち込んでやる・・・」
まあ物騒な人ですこと。
階段を登る。
竹林の中、鳥居の真ん前に、其奴はいた。
「あら、遅かったじゃない」
「私考えておくって言ったんですけど」
「保留ってことは受け付けるってことよね」
「ちょっと何言ってるかわからないですね」
「じゃあわかりやすく説明するわね」
「あ、いらねっす」
「なに?この私の言葉が聞けないって?」
「なんでめんどくさい上司みたいになってるんですか」
今日ここに御子が来るという。周りの神官たちは浮足立っているが、先程まで寝る気満々だった結月としては、今すぐにでも布団に入りたい気持ちだった。
———全く、やっと寝れると思ったのにあいつの式神にいきなり起こされて身ぐるみを剥がれて着替えさせられていつの間にここにつれてこられたってのに謝罪も報酬もないなんてほんっとここの賢者の頭はどうかしてるよ。
「あれ、結月じゃん。どしたの」
若い男の声。
顔を上げると、そこには見慣れた神社の神主がいた。
青年の名は大崎綾戸。結月の従兄である。
「久しぶり、綾兄。ちょっと護衛の依頼でね」
「護衛?」
「この子には御子の護衛を依頼したの」
綾戸は少し考えたような素振りを見せる。
「ああ、御子の用心棒か。彼女ならもうちょっとで来ると思うよ。ってあれ」
小さく鼻息が聞こえる。
結月は立ったまま眠りについていた。
「器用だねー」
「感心している場合?」
その時だった。
鳥居が歪み、そこから少女が現れる。
「遅れて申し訳ありません!」
体を揺すられる。眠気眼を無理やりかっ開き、顔を上げる。
そこには、遠い昔に失ったはずのものがあった。
「あま・・・ね?」
皆言葉を失った。
息を呑む。
礼華に至っては目に涙を浮かべていた。
透き通った黒橡色の髪。そして、少しだけ赤が入った瞳。
見間違いか?。いや、間違いない。見間違えるはずがない。
眼の前にいるのは、八年前失踪した桐生家長女。
桐生天音その人だった。
[四]
「よ゛か゛っ゛た゛あ゛あ゛あ゛。い゛き゛て゛た゛あ゛あ゛あ゛」
礼華の目に涙の滝が出来ている。
これが母性というものなのだろうか。
「お、お母さん、痛い、痛いです」
礼華は天音に抱きついていた。
「というか、本当に御子になってたなんてな」
「あれがこないだ言ってた桐生家の長女でしょ?。美人だね。って結月?」
端白は結月の方を見た。
結月は目を丸くしたまま硬直しており、一言も言葉を発していなかった。
「よし、今夜は早速歓迎会よ!パーッと飲みましょ?」
泣き止むのが早いなこの賢者。
「さ、あなた達も準備手伝いなさいな」
「えっ、ちょ」
襟を掴まれ、引きずられていく端白。
「あー・・・俺パスで」
端白、南無。
「何言ってるの?あなたも参加するのよ」
「え、ちょ、はなし、力強ッ!?」
二人とも南無。
全員が帰った後。新月庵には天音と結月だけが残った。
「本当にゆづきなんですか?」
「ええ。多分おそらくきっと」
「曖昧すぎじゃないです?」
沈黙。
「変わりましたね。ゆづきも、この街も」
「そんなに変わってませんよ」
「見た目も、口調も変わりました」
「そうですかね?」
「昔は目、白くなかったです」
「そうですねえそこは変わりました。けどそういう天音様だって変わったじゃないですか」
「私ですか?特に変わってないと思いますけど」
「大きさが、ほら」
天音は少し唸りながら呟いた。
天音はガリガリの結月と比べ、とても女性らしい体つきをしていた。
「普通に食べてるだけなんですけどね。どうにも肉が・・・」
「食生活だけじゃありませんから。運動も大切ですよ?」
「してますぅー!結月は逆に細すぎなんですよ」
顔を赤らめ、不服そうな顔をしながら結月をぽかぽかと叩く。
「・・・別にタメ口でいいんですよ?」
「身分が違いすぎるので駄目です」
「むう。いけず」
「別に意地悪してるわけじゃないんですから」
「・・・敬語」
「いやだから」
「・・・・・・敬語」
「あのですね」
「・・・・・・・・・・敬語」
「わかったわかったわかりましたよ。外せば良いんでしょ外せば」
「わかれば良いのです」
その夜、礼華の宣言通りに宴会が行われた。
会場は桐生家屋敷の大広間と別室の長屋、大広間の方は何故か 飾電燈や雪白の食卓布が被せられた机など、西洋風の飾りつけで彩られていた。
「貴女が今代の御子様ですか」
「まあ、とても可愛らしい方なのね」
「そうですな。ぜひ、うちの息子と結婚してほしいものだ」
「お褒めに預かり嬉しい限りでございます」
天音は、各所で挨拶回りという名の洗礼を受けていた。
数分後、流石に疲れたので、少し席を外して結月を探していると、いかにも貴族のボンボンという雰囲気を放つ青年が話しかけてきた。親の愛情を受けて育ってきたのだろう。多数の宝石類や金目の物を身に着けている。
青年は天音の前にかがむと、
「——貴女は——貴女の美しさに見惚れ——どうか僕と——隣りにいて((ry」
と求婚してきた。
だが、青年の突然の求婚に、無慈悲に天音は返す。
「ナンパなら間に合ってますので」
天音が会場内で挨拶回りをしている頃、結月は開幕早々長屋の隅で陰キャムーブをかましていた。
「なーにそんなところで縮こまってるのかな結月はー」
「そーよーもっとのみなさいよー」
「もー。優作さんも手伝ってよー!」
結月はは酔いどれ二人を相手取る介護要因と化した。
「結月」
「何さ」
「諦めなさい」
「なっ」
「のまないならたたかえー」
「何でそうなる!?」
「じゃあのみなさいよー」
「のめー」
「はいはい。飲む、飲むから。これでいいでしょ?」
「「ほぉんとにぃー?」」
「仲良しかよあんたら!?」
「「つ、疲れた」」
やっと結月に会えた天音は、二人でベンチに座って談笑しようとした。
が、脳内で無限に溢れる話題よりも披露が見事に勝利した。
「ゆ、結月もつかれたんですか」
「まあ、酔っぱらいを二人も相手してたらこうなるよ」
ぐったりと背もたれにもたれかかる二人。
時間帯や披露も相まって襲ってくる睡魔に抗い、なんとか口を開く。
「・・・聞きたいこと、色々ある」
「・・・私も、話したいこと色々あります」
「でも、もうそんな気力ない」
「そうですねぇ」
ふと、天音の顔を見る。
頬が紅潮していて、少し色気を感じてしまう。同時にアルコールの匂いもするが。
「・・・もしかして酔ってる?」
「んぅ?酔ってないれすよぉ?」
「酔ってるよね?」
「えへへぇ」
結月の頬に頬擦りをする。
結月は満更でもない顔で呆れていた。
「ああ、そういえば」
思い出したように天音が話し出す。
そうして口から出たのは、
「今日から結月の家でお世話になることになりました」
「———はぁ!?」
結月にとってとてつもない爆弾発言だった。
結月。強く生きて。
一方その頃。
天音に振られた青年は、草陰の中から二人の男女らしき人影を覗いていた。
黒髪の少女が、白い髪の人物に頬擦りをする。
ちょうど天音の暴走シーンを目撃してしまった青年は、無事に脳を破壊された。
[急]
新月庵の店内にて。
勘定台の椅子に腰掛けながら、カップに注がれたコーヒーを啜り、小型のコンピューターと睨めっこする。
静かに時間が過ぎていく。そこにある空気は重々しいもので、なのに不思議と心地よかった。
大切なものを引き留められなかった。
それだけが、枸城結月が抱いた、たった一つにして最大の後悔。
あるところに、魔法使いの家系の女の子がいました。
その女の子は、魔法の才能がなかった為、周りからは能無しと罵られてきましたが、家族からは確かに愛されて生きてきました。
ですが、彼女はある時から大切なものを全て誰かに奪われてしまいました。
友達も、実の家族も、自分の師も、全てどこかに消えてしまった。
ある日、彼女にはある噂が立った。
彼女に関わったものは皆消えてしまうと。
彼女は悪魔と呼ばれ、人々から恐れられてしまい、彼女の周りから、日に日に人が消えていってしまった。
何年経っても、奪われた人たちは帰ってこなかった。
だが、それでも彼女は待ち続けた。
「必ず帰る」
その言葉を信じて。
「って言うお話を考えたんだけどどうかな?」
「いつか自分でも書くの辛くなるからやめなさい」
天音に説得され、結月は渋々ファイルを消去した。
「せっかく嫌な思い出引っ張り出して書いたのに・・・」
ちなみにその物語は九割程実話を元にした話なのだが、ここだけの秘密である。
特殊技能魔術師のこと前回書いておけばよかったかもしれん
結月と優作さんは多分人間じゃないです。