第一節 八年前の後悔上
初投稿(修正版)
[序]
ある少女は言った。
「だれかがわたしをよんでる」
ある少女は言った
「やめておいたほうがいい」
だが、少女はその制止を振り払って森の中へ行ってしまった。
少女は止めることもできず、ただ見ていることしかできなかった。
彼女はこの先ずっと後悔することとなる。
それっきり、彼女を見たものは・・・
[一]
時は二〇一三年十月三一日。
隠世と呼ばれる、いかにも現代的な日本とはまた別の世界の日本。
東京都足立区のもう少しで草加と言えるほど辺境の森に、ある古本屋がある。瓦屋根に煉瓦造りの壁。黒樫でできた外見だけ重厚感のある扉の横には、「本、安値で売ってます」、その横に「依頼承ります」という小さい張り紙。
瓦の下の看板には大きくもこぢんまりとした字で、店の名前が書かれていた。
重いようで軽い扉を開けると店の奥にある勘定台の奥にモノクロの人影が座って文庫本を読んでいた。
手には文庫本をもち、丸眼鏡をつけ、黒いエプロンに白いワイシャツというハロウィンムードに包まれた街と比べハロウィンのハの字もムードのかけらもない格好をした腰まで伸びる白銀色の髪に同色の瞳を持つ白子症の男性とも、女性とも取れる少女。
彼女は枸城結月。ここ、新月庵の店主であり、半人前の退治屋である。
ちなみに新月庵と書いてにいげつあんと読む。
「よ、やってる?」
「いらっしゃい。本か?依頼か?それとも・・・」
「いや、ただ遊びに来ただけ」
「知ってるよ」
勘定台に近寄る金髪の少女。
「なんか飲む?端白」
黒いコートにシャツ、膝丈のスカートに、トレードマークの三角帽子。
設楽端白。結月と年が近い魔法使いである。
「あったかいお茶で。あ、緑茶ね」
端白は椅子に腰掛けると、勘定台の上に山積みになっている黒飴に手を伸ばす。
「・・・なんか甘くね?」
「そりゃ黒飴だからな。甘くない黒飴なんかあってたまるか」
「そうか、こんな味なのか・・・」
まじまじと飴の山を凝視する端白。どうやら黒飴を初めて食べたらしい。
「逆にどんな味を想像してたの?」
「いや、黒いからすごい苦いのかと」
「・・・鼈甲飴じゃないか?それ」
「そうかも。失敗したらすっごい苦いよなあれ」
何か思い出したのか、とても渋い顔をする端白。
「・・・作ったの?」
「ああ。ちょっと魔術道具の実験にね」
鐘の音がなる。部屋の隅にある固定電話の着信音だった。
黒電話の受話器を取る。
「もしもし?」
『あもしもしー?』
相手は結月が最も苦手とする人物だった。
桐生礼華。日本の妖怪を統べる賢者と呼ばれる存在である。一世紀以上前、日露戦争の終戦とともに、科学発展が進み非科学的な存在が否定されないように元の世界と隔離されたのがこの世界であるのだが、彼女こそこの隠世の日本における代表であり、隠世の創設者である。
ちなみに隠世は日本の名称であり、共通言語では無い。逆に共通言語だったらちょっと怖い。
閑話休題。
「・・・何の・・・ようでございましょう」
思いっきり顰めっ面をしながら何とか声を絞り出す結月。
『いやねぇーちょっと携帯新しくしたのよ』
「ああだから知らない番号・・・私が聞いてるのはそこでは」
『あ、今度一緒にご飯食べない?ちょうどいいカニが入ってきたのよ』
「おう嫌味か?」
『なに?あなたってそんな貧乏だったの?』
「それはきっと誰かさんのおかげですね・・・で?要件はなんでしょう」
礼華は少し間を置くと、口を開いた。
『貴方達に、いや、具体的には結月に依頼があるの。車を出すから私のところに来てちょうだい』
東京都千代田区。黒塗りの車に乗って連れて行かれたのは皇居近くにある喫茶店。
「随分と高そうな店だなぁ」
「大丈夫大丈夫。いざとなったら説得すればいいから」
「その説得人一人死なない?本当に大丈夫?」
結月は腰のホルスターから1911系統の自動式拳銃を取り出し、スライドを手で引いて初弾を装填すると、
「別に死ぬような威力じゃないから大丈夫大丈夫」
と言って暴発しないよう安全装置をかけ、扉を開けて店に入っていった。
「たぶんそれ絶対大丈夫じゃないよね!?」
端白も続いて入っていく。
外観だけでなく、店内までお高い雰囲気に包まれていた。
「こちらです」
運転手に案内されるまま歩いていく。
「すごいな。個室がある喫茶店なんて始めて見た」
止まったのは端にある窓際の部屋。
中に入ると、亜麻色の髪を持った背の低い少女がいた。
「え〜・・・なぜ私たちはこんな高そうな店に呼ばれたんでしょう。もしかして奢———」
「るわけ無いでしょ」
「(舌打ちする音)」
「え、今舌打ちした?したよね?」
「サー、キノセイジャナイッスカネー」
言い逃れをする結月。
「正直に行ったほうがいいと思う」
正直な子、端白。
「黙れ小僧!」
「小娘だ!」
その返しもどうかと思う。
「で、奢ってくれるんですよね?」
「いや、だから、」
「奢ってくれるんですよね?」
拳銃を抜き、構える結月。人差し指を伸ばし、いつでも発砲できるように安全装置に親指をかける。
「わかった、奢る、奢るから、銃をしまって座りなさい」
「やったぜ」
そろそろ本題に入ってください。
[二]
「護衛?」
「そう。明後日の朝に御子が降りて来るんだけど、その護衛を頼みたいの」
「そらまたずいぶんとまあ急なご依頼で」
「実は警備部に断られてね」
「えぇ・・・まあわからんでもないけど」
「あのー・・御子って?」
「ありゃ、端白知らないの?」
「逆に結月はなんで知ってるの?」
「それは・・・まあ気にすんな」
あからさまに目をそらす結月。
御子とは、神の子がなんたら云々かんぬん。
簡単に言うと神様の使いであり、幽世、神様の世界に入った人間のことである。愛し子といったほうがいいかもしれない。
一度幽世に入った人間は、神通力、つまり神が使っている権能の一部が超能力として使えるようになったり、その神様の加護がつか得るようになる。愛し子といったほうがいいかもしれない。仏教の六神通もその一種である。ちなみに、神事に必要になるので御子に逮捕状は発行できない。その代わりよほどのことをすると死刑になる危険性がある。
「不安は残るけどうちの区の神事はだいたい御子が担当してるからね」
御子の中には、1/3の確率でハズレと呼ばれる人間が出てくることがある。
権能を悪用し、御子ということを免罪符に犯罪を犯すものもいる。なので、御子に不安を抱く人間も少なくはない。礼華もその一人である。
「けど、御子なら神通力も使えますし、護身術程度なら習得しているはずでは?」
御子は身を自分の身を守るために護身術を習得しなければならない。のだが、
「そうなんだけどねぇ」
「どうしたの?」
「・・・その子、すごいドジみたいで・・・」
礼華から聞いた話によると、儀式に失敗し、ちょっとしたボヤ騒ぎになったり、日常生活でもなにもないところですぐコケてそこに落石が・・・という現代の有名カードゲームさながらの誘発事故によって病院送りになったり、出てくるわ出てくるわその御子の残念エピソード。
「・・・本当に大丈夫?その御子」
「敬語が抜けてるわよ敬語が。まあ、八年前の死刑になったやつよりはマシでしょ。まあ、あの処分はやりすぎだって言う人間もいるけど」
八年前に訪れた御子は何度も神事をサボったうえに、神社の巫女など多数の女性に性犯罪を働いたため、執行処分を受けている。ちなみに、被害にあった巫女は職を失って、今では大衆食堂でバイトをしているらしい。
「やりすぎ・・・ですかね?当然の処分だと思いますが」
「そう?私はちょっと・・・別に死刑じゃなくてよかったかなぁって思ってるけど」
「結構苦しいもんですよ。そういうのやられた側は」
「・・・ごめんなさい。思い出させてしまって」
「いやいや、賢者様が謝ることなんかありませんし。御子の件とは関係ないので・・・」
「話は変わるけど、そこまでドジだと日常生活に支障が出てそうだね・・・」
「実際出てるわ。神通力が暴走して調理中に自分に向かって包丁が飛んできたとか・・・」
わかりやすく言うと某赤い弓兵の宝具の単発版である。
「え、なにそれこわ」
「もしかしてこっちの負担って考慮されてない?」
「ええ、そうね」
「あー、日本語でおk?」
きっと上は包丁なんて気合で避けれるやろとか考えてるんだそうに違いない。
二人は頭を抱えた。
「グダグダうるさいわねえ。それじゃあ本音で一言づつ、さんっはい」
「くっそめんどくせぇ」
「正直受けたくない」
「受けなさい。特に結月」
「え、なんでさ」
「わたしが信頼をおける人物の中であなたが唯一人を防御に特化してるから」
結月の得意分野は障壁を使った防御であるため、この仕事に最適というわけである。
「 ■■■■」
まあ、頑張れ。
「では、私達はこれで」
「結月」
震えた声で呼びかけられる。
「・・・まだ、あの件を追っているの?」
「それがどうかしました?」
向けられるのは哀れむような、悲しむような、なんとも言えない瞳だった。
「もう、いいの。あなたもつかれたでしょ?いい加減休んで」
「何故です?」
一拍置いて、口を開く。
「あの子はおそらく、もう帰ってこない」
「何を根拠に」
「だってそうじゃない。
いつまで立っても、いくら待ってもあの子は帰ってこない。どこで何をしてるかもわからない。生きているかだって・・・きっとどこかで野垂れ死んでるんじゃ」
「———ふざけるな」
ふと、手が出た。気づいたときには、結月は礼華の胸ぐらを掴んでいた。
「あんたは母親だろ。我が子の生存くらい信じないでどうする」
「じゃあいつ帰って来るの!?」
両者、言葉が詰まる。
服の襟から手を離す。
「・・・きっと本当に神隠しなのよ。いつまで立っても帰ってこない。おまけに・・・あなたも気づいたでしょ?
さっきの話の御子、あの子にそっくりなのよ。もしかしたらもうわたしたちのもとには帰ってこないかもしれない」
「ッ・・・」
御子になったということは、もう自分たちとは違う世界の住人である。自分たちのことを覚えているかもわからない。もしかしたら、もう自分の子ではなくなっているのかもしれない。そんな不安が、礼華の頭の中をよぎっていた。
「まだ、そう決まったわけでは・・・」
「けど、違うとも言い切れない」
「うぐっ」
再び言葉に詰まる。
「・・・もし、本当にあの子だったら、お願いね」
「・・・・・・考えておく」
個室を出る。
そうすると、先に出ていた端白が扉のところで待ち伏せしていた。
「聞いてたのか」
「まあちょっとね」
少し間を置いて、口を開く。
「ねえ結月。あの子って誰のこと?」
「神隠し?」
「ああ。約8年前の出来事になる」
———二〇〇八年八月四日。
桐生家の長女が失踪した。
当事、彼女と共にいた児童によると、消える前に彼女は誰かが自分を呼ぶ声を聞いたという。
ちょうど事件が起きたのは、今私が住んでいる森の端らしい。
児童曰く、この日の森は霧が濃く、迷いやすかったとのこと。
ただの迷子と思われていたが、長女は一向に帰って来ず、礼華は捜索届を提出した。警察は血眼になって探した。当事者である少女も捜索に協力したという。それでも、彼女に関連するものは何一つとして見つかることはなかった。
何一つ。本当に何も、"一切何も"なかったんだ。
おかしいと思わないか?遭難にしてもその時に彼女が身につけていたものや持っていたもの・・・最悪遺体とか、少なくとも何か見つかるはずだ。それが、何も見つからなかった。———
「普段森にはほとんど人が寄り付かないから、落ちてるものなんて落ち葉くらいしかなかった。それでも、髪の毛ひとつ落ちてなかった」
他人事のように言う結月。だが、その言葉は他人事と言うには妙に詳細でまるで自分の経験談かのように具体的だった。
端白は勇気を持って問う。
なんでそんなことを知っているのか。と
「簡単だよ。私は捜索隊の一員だったんだ」
捜索は難航した。
手がかりが一つも見つからず、捜索すべき範囲すらわからない。
他の県にも協力を要請し、結果的に、警視庁から三百名、埼玉県警から二百名、千葉県警からの二百名と有志四十名、合計七百四十名で結成された捜索隊により、草加市、毛長川沿いを中心に大規模な捜索が行われたが、二年経っても見つからなかった。
当時の結月たちは限界だった。
生存は絶望的。
捜索隊は解散され、礼華は悲しみに明け暮れた。
だが、それでも彼女は待ち続けた。
結果的に八年も待ち続け、何回も諦めかけた。だが、それでも帰ってくると信じ、だがそれでも帰ってこなかった。
「もしかしたら私達は、永遠に過去に囚われたままのかもしれないな」
そう言った結月の顔が、心中でもしようとしているように見えて、端白は気が気でなかった。
そうして、朝がやってくる。
皆様はじめまして。秋田こまちと申します。東京産のあきたこまちです。
未熟で物語の展開や演出、表現など怪しい部分もありますが、どうか温かい目で見守っていただければ幸いです。
あとがきがまともなのはおそらく今回だけです。
11/15追記:読み直したらめちゃくちゃ誤字ってて笑った