30:いじけるおっさん。
お湯を沸かしていたら、後ろでレオがものすごくいじけていた。なんでこのタイミングでお湯を沸かしに行くんだ、とかなんとか。
だって紅茶冷えてたし、喉乾いてたし。
「クッキー食べる?」
「食べる! レモン味は?」
「ないわよ」
「チッ」
マーマレードを混ぜたクッキーはあるので、これでいいでしょ? と言うと、レモンとマーマレードは違うとか更にいじけだしてしまった。
「で、返事は?」
そわそわそわそわ、モジモジモジモジ。
おっさんが身体をクネクネと動かす姿は、端的に言って気持ち悪かった。
「まー、いいですよ?」
「やった!」
雑な返事に喜んでるけど、レオはそれでいいのかな? 見てる限りは、ガッツポーズして本気で喜んでるけど。
「で、今後はどうしたら?」
「ん? 一カ月分の仕事を終わらせて家出してきたからなぁ。ちょっと休暇を取りたいかなぁ」
「……どこで?」
一抹の不安。
ニコニコ笑うレオほど、信用ならないものはないと思う。
「ん? ここでに決まっているだろう?」
――――やっぱり。
レオが「ちょっと待ってろ」と言って寝室に何かを取りに行った。そして、掌に乗る程度の革袋を持って戻ってきた。
ズシャリと机の上に置かれたそれにパンパンに入っていたのは、普段見ることのない金貨。
「心配するな、資金はあるぞ!」
「でしょうね」
そりゃあ、資金はあるんでしょうけど、ねぇ?
「まぁなんだ、いますぐ拐ってもいいんだが、そうすると今後はあまり自由がなくなる。この暮らしが嫌いなのなら、構わないだろうが。リタは気に入っているだろう?」
「っ、うん」
長年ここで過ごした。近所付き合いもたくさんしたし、顔見知りも増えた。
いないのは親友と呼べそうな友だちくらい。
知り合い以上、友だち未満な人は何人かはいる。
「いますぐは……ちょっと、やだ」
「ん。ゆっくりでいい。少しずつ準備を進めよう」
「うん」
「そして、リタの両親に挨拶に行かせてくれ」
「っ、はいっ」
両親のこともちゃんと考えてくれて――――って、あれっ?
両親がいるとか、そもそも話したっけ?
いや、普通いると考えて話してるものかもしれないけれど。なんでか違和感を覚えたけど…………なんでだろ?