24:もういいかな。
サウルくんとトゥロさんの仕事部屋の掃除をしているときだった。
壁に並べられたベルが鳴った。いつもと違う音。
ベルには『陛下の執務室』と書かれていた。
「私が行ってきますので、リタさんはここの掃除の続きを」
「はい」
サウルくんが、少しだけ厳しい目つきをして私の顔を見た気がした。
行きたそうに見えた?
物欲しそうに見えた?
何か期待しているように見えたの?
もしそうなら、もうここでは働けない。
「すっぱり辞めてれば良かった……」
口から零れ落ちた言葉が妙に部屋に響いた。
「それは困ります」
「っ! トゥロさん……」
書類を抱えたトゥロさんが入口で苦笑いをしていた。
「どうにか扉を開けられましたが、両手が塞がっていましてね。閉めてくれませんか?」
「っ、はい」
慌てて駆け寄って、扉を閉めると、独り言ですけどと前置きされた。
「ちょっと前まで陛下が前倒ししてお仕事されていたのと、物凄くやる気がなくて追加の仕事もなかったのですがね」
トゥロさんが苦笑いしながら執務机に書類を置いて、話を続けた。
「なんでか半月前からガンガンと働きだしちゃったんですよ。緩急をつけすぎなんですよね。巻き込まれるこちらの身にもなってほしいものですね……と、愚痴はおしまい! リタくん、書類の仕分けを手伝ってください。サウルくんをまた取られてしまいましたので」
「っ……はい」
トゥロさんの優しさが嬉しい。ちゃんと仕事を与えてくれるのも嬉しい。
もういいかもしれない。
全て忘れて割り切って、せっかく登用してくれたトゥロさんのためにも、真面目に働こう。
折角のステップアップの機会だもの。
「その書類は三つ折りのあと横に半分にして、この封筒に入れてください」
「はい」
せっせと折りたたんで、封筒に入れ、封蝋を垂らし、封蝋印を押す。
そうして次の書類を折りたたんでいる間に蝋が乾くので、また同じことの繰り返し。
「蝋が固まるのに少し時間を取られるのが本当に不便ですよね」
「あはは。たしかにそうですね」
城下町では、最近は事前に作っておいた封蝋印の裏側を炙って貼り付ける、というのが主流になっている。
飾りをつけたり、凝った印章が流行っているのだけれど、そういうものは失敗も多いので、事前に作って成功したものを大切な人用に。ちょっと失敗したものは家族になど世知辛い使い分け方もされている。
「なるほど! それは頭が良い」
「ですが、仕事用はやはりその場で押しているようです」
「張り付き方が違うからですか?」
「はい」
結構簡単に剥がれるらしく、後付けだなーって、わかるのだとか。
前に洗濯場の子たちが話していた。
「ふむ。それでも構わない書類は、それでいいのでは?」
「たしかに」
トゥロさんがこれはいいことを聞いた、と楽しそうに何やら書類を書き始めた。
どうやら企画書というか申請書を作っているらしい。封蝋印についての。
「リタくんのおかげで、仕事の効率が格段に上がりそうですよ」
笑顔でお礼を言われて、働くことへの意欲が少しだけ上がった気がした。





