19:一夜限りの。
夕食を作り、二人向かい合ってゆっくりと食べた。
お風呂を済ませて、いつもならソファでゆっくりと本を読んだり、ほつれた服の修繕をしたり。
だけど、今日は違った。
なんとなく集中できなくてソファに座ってボーッとしていたら、レオがお風呂から上がってきた。
横に立たれたので見上げると、頬を染めたレオが私の手首を掴んで寝室へ行こうと言った。
「っ…………」
これはそういうことなんだろうか?
この関係って何なんだろうか?
騎士様と一夜限りの逢瀬をお願いする人もいる、とか聞いたことがある。
貴族で妻以外の女性を囲ってる人がいるのは、まぁわりと有名だ。
レオにベッドに誘われて、自ら歩いて行って、トサリと押し倒されて、その結果がどうなるのかなんてわかっているくせに、ちゃんと考えられなくて。
でもなんだか怖くて、自然と身体が震えた。
「リタ。深呼吸しろ」
「っ……ハァ…………ハァ」
「怖がらせるつもりはなかった。すまない」
柔らかく抱きしめられて、またキスをして。
それから二人向かい合わせで横になって、よしよしと背中を撫でられた。
「リタ、地位とか、立場とか、何も気にしなくていい。急かしてすまない。リタの思いが知りたい。嫌なら嫌と言ってくれたらいい。今すぐ出ていく。リタの何をも脅かさないから」
「…………わからないです」
自分の気持ちも、どう応えていいのかも。分からなすぎて、考える時間が欲しいのに、時間はもらえなくて。
焦りながらも考えようとするけれど、頭の中は混乱しかない。
そうして何も言えない時間を過ごしていたら、レオが柔らかく微笑んで私のおでこにキスをしてきた。
「ん」
何かを諦めたような顔で、レオがベッドからゆっくりと起き上がるのを見て、心臓が止まりそうだった。
きっともう二度と逢えない。
本能がそう焦る。
気づいたら、レオのシャツの袖口を握って引き止めていた。
「リタ?」
「やだ」
「っ――――!?」
いつも飄々としているレオの顔が、ありえないほど真っ赤になっている。
そして早口で何かを呟いたあと、今度は唇に深いキスをされた。熱で溶けて混ざり合うような、熱い熱いキス。
「すっごいチャンスだが、今じゃないっ!」
「んっ……れお?」
「このタイミングで、舌っ足らずは駄目だろ!」
なんでかレオが怒っているけど、今まで体験したことのない熱と痺れにぼぉっとなっていた。
レオにぎゅむむと抱きしめられて、耳元でなぜか怨嗟の言葉を聞かされた。
「ガードが甘い。付け込まれすぎだ。そんな溶けた顔で誘うな馬鹿。脳が焼き切れる。不安そうにしがみつくな。暴発するかと思ったぞ。この状況で我慢するこっちの身にもなれ。襲わないことを褒めろ」
――――そんな無茶な。
「おそってまふよね?」
「舌っ足らずっ! 駄目絶対! 返事!」
「ふえっ?」
なぜか、物凄く怒られた。
そしてレオに抱き締められながら眠ることになった。
結局、襲わないらしい。
そして、朝起きたら、レオはいなくなっていた。
朝日に包まれながら、ベッドの中でわんわんと泣いて泣いて泣いて、やっと私はレオを好きになってたんだと知った。
相手は遥か高みにいる国王陛下。
この国の最上位の人。
私はただの平民。
もう二度と逢えない相手への恋は、こんなに苦しいものだと知った。
「だから、一夜限りの逢瀬とかがあるのかな?」
あの瞬間は愛されていた、と思えるから。思い出にできるから。