大京の物語 想像の詩人
先に投稿した 大京の物語 想像の詩人 バラバラでしたので 一続きの短編として再投稿してみました どちらが読みやすいですかね ワタシはまだ なろう小説の 様式システムをよく理解できてないので 手探りでの作業になります
①大京の物語 想像の詩人
山下あやか いつもあざやかあざやかあやか あやかはまだいい 自分ときたら最初のうちは爆笑苦笑で迎えられていたけど最近はあからさまな冷笑嘲笑を浴びせられるようになりいくら伝統とはいえ、苦しい。差配人に一生懸命に訴えかけたら、やっと見直しを検討してくれる事になった。昔、女子歌劇団として出発した当劇団も人気低迷ほか様々な事情により一旦解散となり、劇団員を姉妹劇団に分散させた後、あらたに男子歌劇団として再募集をかけ再建を図っていく事となったのだが、その際に女子名跡のキャッチフレーズを継承していく事となり、様々な悲喜劇が誕生したのだ。おまけに芸名さえも引き継ぎ、あるいは連想させやすい名を戴く形を採ったので尚更だった。ゆきちゃん!♡いきなり細こい生き物が飛びついてきた。きーちゃん!?井上雲母きららだった。もちろん♂だが人懐っこいのが良くもあり悪くもあり、嫌いではないが、ちょっと苦手なタイプだった。何かというとちょっかいを出してくるのだ。自分は暇さえあれば一人でダンスでも踊っているのが好きなのだが。あやかはと見ると入念に柔軟体操ストレッチをしている。トレーナーと一緒の時もあれば、差配人と何やら深刻な顔で相談しながらの時もあり、今は山田先輩と話をしていた。先輩と呼ぶのは同期でも飛び抜けて年上で最年長だったからだ。あやかの秘密を他言無用だぞ。と言いつつ打ち明けてくれたのも先輩だった。なんでも、あやかはクラシックバレエ界の若手のホープだったのだがアキレス腱断裂の重傷を負い泣く泣くバレエを断念。荒れた生活をしていたところを差配人に拾われたのだという。今でも無理は禁物で差配人とひそひそ声で話をした後たまに体調不良を理由にあやかの休演が発表されたりするのは、昔負った傷のせいだという。他にも劇団員は皆何かと秘密を抱えており色々と気を遣うのだという。最年長というだけでキャプテンに選ばれたわけではなさそうだ。そういえば普段はコテコテの難波弁なのに大江戸からどこぞのお偉いさんが見えはった時に流暢な坂東弁を披露したのには皆が驚いていた。昔、家庭の事情で坂東に住んでた時があったそうだ。なーる。自分はと言えば母一人子一人の母子家庭で歌が好きで風呂場で良く鼻歌を歌っていたら差配人がどこからとなく話を聞きつけて来たらしくスカウトされたのだった。本名は別にあるのだが劇団員は皆オーディション前デビュー前から芸名を付けられており、本人が言わないかぎり知る術は無かった。幸い自分は本名をよしのりと呼ぶので最近は劇団員によしくんと呼ばせており、お客様にもそれとなく知れ渡るようになってきた。おい、きらら。花嫁役の補習は完璧に済ませたか?あやかの声が飛んできた。うん。きーちゃんが返事をする。細こいきーちゃんに充てられた役だった。いやいやながらもそつなくこなしていた。最初のころなんて角隠しの事を金隠しと呼んでしまい、ちょうど舶来品の黒い炭酸飲料を飲んでいたあやかを盛大に噴き上げさせてしまったことだった。すぐ近くでダンスのレッスンをしていた自分は横目で汚ねえなぁと思いながらさりげなさを装ったものだった。きーちゃんあのね。自分はどう説明したらいいもんだか悩んだものだ。無理もないか。今は昔と違いN.A.E.スタイルが普及しているので、やまとスタイルはよほど田舎か貧乏暮らしの人間でないと見る事もなくなっている。たどたどしくも説明してあげるときーちゃんはみるみるうちに真っ赤っかに染まってしまった。おう、愛してるぜヨシくん。あやかがサラッと言いながら近づいてきた。自分は慌ててきーちゃんを振り切って、さりげなーくダンスの振り付けの練習に入ったかのように見せかける。冗談だか本気だか時々あやかのどんぐり眼に妖しげな光がさすことがあり、最近はなるたけあやかとは距離を置くように努めていた。うん。ボクもゆきちゃんのことを愛しているョ。きーちゃんがニコニコ笑いながらタイミング悪くとんでもないことを言い出した。えい、やめい、気色悪いのはあやかだけでたくさんだぁい。こころの中で叫んでいた。そういえばきーちゃんは皆にはナイショだよ。人差し指でナイショ内緒のポーズをとって、本名は恵むと書いてケイというんだ。一歩間違うとゲイになっちゃうね。ニコニコと笑いながら打ち明けてくれたものだった。ご覧のとおり自分はあやかが苦手だった。初めのころは立ち位置を間違えることがよくありあやかをイラ立たせていたが、ついにあやかを舞台の上でキレさせてしまい、この固太りがっと耳打ちされたのだった。あまりのことに自分は舞台で棒立ちになってしまった。ああぁ、あんちゃん言わんでもいいことを。おいヨシくんの動きが完全に止まっちまったぞ。どうすんだ、これ。劇団員からも嘆きの声が聞こえる。自分はただあやかのセリフがこだまのように響き、立っているのがやっとだった。舞台がはけたあと、あやかと二人山田先輩からこんこんとお説教を垂れられた。セリフを間違えようが立ち位置を間違えようが最後までやり抜くということが大事だ。間違えたったら舞台がはけたあとで、よくよく反省会でもすればいいことやなんたらかんたら。その後は緊張を孕みながらも何とかかんとか舞台をつとめてきたわけだが先月ついに2チーム制が発表され、あやかは新チームのキャプテンとして移動になり、自分は元のチームのまま止め置かれる事となった。正直ほっとしていた。新チーム発足のあとで舞台裏で真剣にダンスに打ち込むあやかの姿を見ていた自分はいつの間にか涙を流していた。美しい。あまりにも美しいダンスだった。とても敵わない。座り込んだまま涙を流している自分にいつの間にかきーちゃんが肩を抱いてそばにペタンと座って付き添ってくれていた。自分はいつまでたっても涙が途切れる事が無かった。つい先日までそんな塩梅だったのだ。このまんまではいけない。自分は二三日、いや三日四日時間をもらって旅に出ることにした。三宮の産で難波の劇団に所属するまで生まれてこのかたどこにも遠出をした事がなかった。差配人に話をすると何を言うのだコイツは?みたいな顔をしていたが幸いに山田先輩が加勢をしてくれた。可愛い子には旅をさせろですわ。ソロデビューも迫っている。ホントに新チームの初舞台までには戻って来いよ。あとあやかも地方営業で難波を留守にする。我が劇団の二大看板スターが不在になるんだ。なるたけ早めに帰るんだぞ。二大看板スターってあやかはともかく自分はそんなわけないやん。そう言いかけたが山田先輩が神妙な顔をしていたから黙っていた。
②大京の物語 想像の詩人
そういえば、山田先輩の神妙?深刻そうな顔を見たのは、その時が2回目だった。アレはそうそう、きーちゃんが舞台公演中に倒れた時だった。朝から調子が悪そうで、いつもより口数が少なかったので皆んなが心配そうに声をかけていた。その度に大丈夫。大丈夫。と昼公演の時は笑顔を見せていたのだが、夜公演の時にセリフが止まったと思ったらゆらりとスローモーションのように倒れたのだった。観客席にいた差配人と舞台裏で待機していた山田先輩が電光石火の早業できーちゃんを舞台裏に運び出した。あまりの早業に自分やあやか等はぽかんとしていたが、観客席から駆け上がった差配人が早口でそのまま芝居を続けろと指示を出したので、きーちゃんの容体が気になりながらも皆んなで懸命に芝居につとめていた。公演終わりに差配人が舞台に再登場し、きーちゃんの容体を報告。寝不足と過労により軽い脱水症状であったとしてお客様に陳謝し、なお用心のため数日休演すると発表。代役の紹介も手際よく済ませていた。その時は皆んなして良かった良かったと言い合ったが、山田先輩だけが何となく様子が変だった。舞台裏の楽屋の寝室できーちゃんを見舞った。顔は青白かったもののすやすやと寝息をたてて寝入っていたので、ホントにホッとした。退室してドアを閉めかけたところ、差配人と山田先輩の話し声が漏れ聞こえた。アレルギーの発作かと思ったので単なる寝不足で済んでよかったです。だな。しかし例の件もあるし、スキャンダルにならないように十分に注意しないとな。アレルギーの件も初耳だったが、きーちゃんがスキャンダル?何のコトだかわからずじまいだった。二三日で、元の姦しいきーちゃんに戻っていた。その数日後、きーちゃんと差配人、山田先輩の三人が立ち話をしていた。どうする?キーボー。このままで、どうかこのままでお願いします。十分に気をつけるんだぞ。ワシらも出来るだけフォローはするが、ヒトの口に戸は立てられないしな。ハイ、気をつけます。益々なんのことだかわからない。きーちゃん何者?疑問だけが膨らんだ。
③大京の物語 想像の詩人
旅に出ると聞きつけて有象無象がワラワラと集まってきた。免許取れたんだろ。クルマ貸してやっか。年長組からはそんなありがたい申し出もあった。止めとけ。事故るのがオチだ。あやかの意地の悪い声も聞こえる。だけどそんな免許取得前の自分をよくクルマに乗せて実習の面倒をみてくれたのがあやかだった。すこぶるつきのスパルタ式だったが。あまりにもボンボン叩くのでほんまもんのアホになっちゃうと言いつのったがアホなのは元からやとてんで相手にされない。もっともハリセンだったが。後から知ったのだがそのハリセンも山田先輩が用意してくれたもので、どうせあやかの事だから手が早いやろということでクッションがわりにあやかに持たせたらしい。山田先輩ほか何人かの年長さんにはホントにお世話になった。年少組はキャピキャピとうるさいだけだったけど。ピーチクパーチクスズメの子。差配人は我が劇団が誇る二大スターが事故るのが心配だと言ってあやかのコーチには反対していた。助手席のあやかが言い放った。なにをそんなンお世辞に決まっておろうが。そんなンに舞い上がっとんのがナントカのブタつぅんだ。リンネのブタ?突然声が飛んできた。クルマのドアの窓枠にしがみつくようにきーちゃんがいた。ニコニコしているきーちゃんに照れ隠しであやかも笑い返す。いんや、コイツの場合はおだてブタつぅんだ。そうカンタンに道連れにされてたまるものか。安心しろお前が引退したらオレ様がドライバーとしてお前さんを雇ってやる。誰かさんに運転してもらってオレ様は助手席でぐぅぐぅいびきをかきながら寝るつぅンがオレ様の将来の楽しみなんだ。じょーだんこころの声だ。あやかのやつ年少の自分があやかより先に引退すると決めてかかってやがる。ううん。最初に助手席に座るのはボクだよ。きーちゃんがにわかに主張しだした。いやコイツの運転マジでこぇーで。命がいくつあっても足んないって。死んでもまたすぐに生まれてくるからノープロブレムだよ。きーちゃんコワい。あやかに負けず劣らず怖いことをいう。うんや、きーちゃんにケガさせたらあかん。差配人にコロされるって。だからあやかが先の方がいい終いまで言い終わらないうちにあやかのケリが入った。ホンマに足がわるいのん?斜め下から睨めつけるようにあやかの顔を窺う。ハリセンはというといつの間にか後ろの席に放り投げてあった。乗っていい?ああ。あやかの返事を聞くとホントに楽しそうにきーちゃんが後ろの席に乗り込んできた。ハリセンを手にポンポンと片方の手のひらに打ちつけていた。だが結局クルマでの出発は差配人に止められた。母親と温泉旅行でもと思ったが、今回は趣旨が違う。難波から東へとりあえず電車とバスで一人旅に出ることにした。おう行ってこい。おみやげは〜がいい……あやかの声を振り切って出発した。
④大京の物語 想像の詩人
西の方角を選ばなかったのにはワケがあった。遠出の経験がないと言ったが、厳密に言うと営業も兼ねた出張公演があり一度だけ参加した事があった。公演がはねた後、博多の総差配人に呼ばれた。アイドル市場の激戦地である蓬莱島にしばらく前に大江戸からテコ入れがされた五人天女降臨事件があり、総差配人はそのひとりだった。別室のソファーにはすでに聞こし召していた総差配人がいた。挨拶もそこそこに手招きをされ同じロングソファーに座らされた。しばらく居心地の悪い間が続いていたが、歌、得意なの?はい?ドギマギしながら間の抜けた返事をした。今歌ってたじゃない。あ。いつもの癖でついつい鼻歌が出てしまっていたらしい。あ、いや好きなだけです。歌?それとも、あたし?状況がよく呑み込めない。あ、両方ともデス。トンチンカンなやり取りが続いた挙げ句、あーなったらそーなった。そーなったらこーなった。コトが終わった後も総差配人の話しが続いていた。天性の話し好きらしい。あたし?元々は北のエリザベス島の出なのよ。ほんとうは。むかしタイフーンで連絡船が転覆した事故があったでしょ。知らない。気のない返事をする。ホントにもう。でね、家族が皆んな亡くなってしまって、おばぁ様も、父上や母殿も姉君も妹御や弟もよ。あたしだけが助かって。でね。頼りになるハズの親戚もアテにならなくて、もう親戚中タライ回しよ。早く自立したくて劇団に入ったの。歌もダンスも無料で受けられるし、住む所、寮もあってお給金もキチンと頂けてあたしにとっては天国よ。自分も覚えがあったのでうなづく。先生?春山源先生ね。見かけはただのへんなおっさんね。でもなんというのかしら一度関わりになったひとを絶対に見捨てることはしないヒトよ。あたしや金子も何度助けていただいたことか。金子悦子ね。エッちゃん。念押しをされなくてもわかった。全ザクログループの全劇団のトップで、犬神さおりと人気を二分していた。大江戸はエッちゃん。あたしはコッチ。そう決まったすぐ後ね。先生が行方不明になられたのは。死んだとかコロされたとか。物騒な話しばっかり。でもねあたしにはわかる。先生は生きていらっしゃる。でも何かワケがあってでてこれないのよ。フフフ。なにか思い出し笑いをした。いつだったかな?宴会の席で先生が変な話しを始めたの。エッちゃんが証人よ。あ、エッちゃんがいないか。じゃあ、ナイショの話しよ。先生ね、私はコチラの世界の人間ではない。アチラの世界の人間だ。小学校にあがる前クルマごと土砂に埋まる事故に巻き込まれ、助けだされた時にはもうコチラの世界に来ていた。ウソお。絶対ウソウソ。突っ込んでみたんだけど、いつになく先生真剣でね。ボクはついせんだって両親ともに亡くなってね。遺品整理をしてたら色々と証拠らしきものもでてきた。実を言うと自分も前の世界の記憶が残っていてコチラの世界にはずっと違和感があった。やっぱりな。そう思ったそうよ。どう思う?わかんない。この子はホントにもう。引っぱたくマネをする。アチラとコチラでどんな違いがあるかって。ちょっと宙を睨む目をしながら思い出そうとしていた。胡座をかいた胸から枕がズレてきてたので自分は慌てて目を逸らした。
⑤大京の物語 想像の詩人
うーん、そうねえ。あちらではエリザベス島もこの国の領土だしまだ返還されていない南の島もまもなく帰ってくるそうよ。あとそーねー、色々とごちゃごちゃいってたからね。先生はかなり酔っていらしたし。うーん印象に残ったのはと、なんかとてつもなく高い鉄の建物だか塔だかがあって、なんかとてつもなく早い電車が走っているそうよ。後なんだったかなぁ。えーと。干支は羊。いやその干支じゃ無くて。お義理だろうがちょっと笑ってくれた。やった。受けてくれた。江戸でも難波でもなんかとてつもない世界的なイベントが開かれているんだって。信じられる?エッちゃんも首をヨコに振ってたし、先生ベロンベロンになってたし。でも今になって思うんだけどああ先生アチラの世界に帰って行ったんだなぁって。ふとそんな気がするのよ。時々。先生のことだからアチラの世界でも劇団を立ち上げて忙しくしてるんだぁって。だったらすぐにはコチラに戻ってこれないよね。ねぇ、もう大分元気になったんじゃなぁい?もう一度する?柄にもなく少し顔をあからめていた天女、犬神さおりがいた。翌朝、いいこと。わかっちゃあいるとは思うけど、外でバッタリ会ったとしても馴れ馴れしい態度動作言動をしてはダメよ。挨拶は特に礼儀正しく丁寧に。ねっ。ききわけの悪い弟に話してきかせているみたいだった。それじゃあ。後ろでにバイバイして手を振って別れた。そんなことがあったので西へは行きにくい。
⑥大京の物語 想像の詩人
ヘタに西行すると怪しまれそうな気がした。アンタねぇー、ほんっとににぶいんだから。頭の中で犬神さおりの声が響く、コトが始まる前に言われた。アンタのすぐ身近にいる女の子でアンタのコトほんっとに好きでいてくれる子がいるのよ。泣いちゃうよ。その子。ほんっとに 一息空く あたしが最初のオンナでいいのね。ここまできて この体勢で今さら後にはひけなかった。さおりの精一杯の虚勢強がり言い訳かもしれないし、第一さおりの言っていることがよく分からなかった。女の子?男なら言い寄ってくる迫ってくる有象無象は掃いて捨てるほどいるけど?ハテ?謎だった。あたしからもお願い。あたしのことは絶対その子には話さないで。こんなコトしでかしてから、あたしのようなオンナが言うのは可笑しいかも知れないけど。その子が可哀想過ぎるから。一体犬神さおりは何を知っているのだろう。グループ随一の情報通というウワサがあるがハテ?難波に戻ってからもチラホラと博多のウワサを聞くことがあり。ダンスの練習をしている時などなんかの拍子にチラホラと映像が浮かぶ時があって慌てることもあった。さりげなさを装ってその映像を頭の中から振り捨てる。カンのいいヤツが一人いた。楽屋裏でいつもの与太話の最中に博多の話が出た。それにしても犬神サンはすごいなぁ。さして美人でもないのに。いや美人だよ。とてつもない。こころの中のつぶやき。トークは上手いし。そうそう。こころのつぶやき。舞台でのアオリもすごい。ダンスの振りの練習をしながら自然と聞き耳をそばだてる。しかも蓬莱島の四つの劇団の総差配人でもあるし現役のアイドルをしている。一体いくつだ。スポーツ紙を手にしたひとりが読み上げる。なになに23?31小声だが思わずこころの声が漏れてしまった。さりげなくすーと群れから離れたつもりだった。が一足早く地獄耳のあやかが行く手を阻むように廊下に立ち塞がっている。不味い。あやかも声を潜める。トップシークレットやないか。なんでお前が知っている?なんのこと?落ち着こうとしたが、どうやったって声が震える。振りを覚えようとしてたから。自分が何を言ったか覚えてない。いつもはドングリ眼のあやかの目がすっーとカミソリのように細くなる。一瞬だがイヤな光を放す。あやかは舌打ちをした。去り際ボソッと31だと。八つもサバを読んでいやがったのか。危ない危ない 不味い不味い あれ以上ツッコまれたらやばかった。隠し通せない。バレる。だから西へは行きたくなかった。
⑦大京の物語 想像の詩人
筑摩は谷間の連続だった。谷底を這うように列車は進んでいく。適当なところで下車することにした。気ままな旅だ。宿も行き当たりばったりだが、ナントカなるだろう。下車駅では名所名跡の案内もそっちのけに、駅の誘致にいかに苦労したかの碑がたっていた。宿は駅前の民宿ですぐ見つかった。なんでも集落の分校の小学校の校長先生がやっているという 校長先生の奥様の話しを茶を啜りながら聞き、早々と集落の散策に出かける。路地の溝はかなり勢いよく清水が流れており流れを遡っていくと途中で二股に分かれ右をいくと分校にたどり着き、左手にいくと集落の外れまでいき、さらには国道を渡って山寺の方にたどり着くそうだった。その先は自然の川だそうだ。宿の奥さん女将さんの話しではそうだった。路地の二股に別れる手前までが店がある商店街で蕎麦屋や玩具屋、土産屋雑貨屋さんが並んであるらしかった。先ずは分校にまでいってみるのことにした。路地を右に急こう配の坂道を登る。突き当たり右に分校があった。校長先生に会うのも気がひけたので、体育館らしき建物に近づいて窓から中の様子を伺ってみる。胴着を着た母娘らしき二人が恰幅のいい中高年の男性から稽古をつけて貰っているらしい。しばらく様子見をした後、坂道を下りて集落の外れにいってみることにした。途中水飲み場があり、柄杓で頂いているとどうやら先ほど薙刀の手ほどきを受けていた母娘連れらしき二人が集落の外れにある医者だか石屋だかの母娘だったと思い当たった。女将さんの話しに出てきていたのだが、気持ちが急くのか疲れからか、きちんと話しを承っていなかった。これではいけないな。頭を振りながら反省をする。振り向きざま背の高いお年寄りにぶつかった。どうやら話しかけようとして近づいてきてたらしい。しきりに謝っていたら、何度も同じ言葉を繰り返しているようだった。お寺?あぁ、お寺さんですね。先ほど聞いたうろ覚えの女将さんの話しからお寺さんの有るらしき方向を指差して見せた。大げさな身振り手振りでお礼らしきものを言い離れていった。急に疲れが出てきたらしい腹の虫が鳴り出した。外れまで行くのをやめ来た道を引き返すことにした。目立つ店は先ほどのお店くらいしかなさそうだった。結局蕎麦屋で蕎麦をすすり玩具屋で花火を土産屋で三角旗を買った。宿の前で花火をし、つまりは駅前、自分よりも周りの見物客を楽しませる。宿の夕飯で鮎飯を頂いていると、校長先生がお客さんを連れて戻ってきた。お客さんは先ほどの背の高いお年寄りだった。校長先生の話だとどうやらお寺ではなく、ホテルはどこと聞いてたらしい。山寺から分校に電話があり。校長先生が山寺まで出張っていったらしかった。山寺でも外国語に不案内で先生のところならと思いついたらしい。有線放送もあるのだがそこまでするのは恥ずかしい。先生の話し中老人は何度も指を立てて左右に振り盛んにノーノーとつぶやいていた。自分も顔が真っ赤っかになっていたことだろう。顔が熱かった。翌朝、イナゴの佃煮だのハチの子だのをおっかなびっくり箸でつまんでいると、件の老人が手紙を手に話しかけてきた。ちなみに老人は健啖家らしく珍味にバクバクと喰らいついていた。女将さんの助けを求めて話しを聞くと、老人はクルマを処分したいらしくこの近辺のクルマ屋に売ってもいいのだが、あまりに手間暇、時間がかかるので、帰国時期が迫っているいま早急にカタをつけたい。ついてはクルマを買ってくれないか?とのことらしい。手紙は校長先生のもので、書類も確かだし、クルマの状態も年式は古いもののエンジンはすこぶる良好。問題は資金の元手だが、君に買う気が有るならしばらくの間だったら立て替えてあげてもいい。とのこと。校長先生は三輪車を購入したばっかりなのであらためて買う必要がない。ということだった。迷ったが、車種を聞いて買う気になった。
⑧大京の物語 想像の詩人
買う気が有ると伝えると老人は握手をしながら盛んにお礼らしき言葉を言っていた。書類とカギを渡されて宿の前に出るとクルマが止まっていた。再びぶるんぶるんと大げさな握手をすると、後ろでにバイバイをして歩き去っていった
。しばらくぼんやりと見送っていたが、我に返って後を追ったが老人の姿は煙のように消えていた。クルマまで戻り、顔をつねる。痛かった。実際夢の中でつねってみたらわかるが痛みは無く、くぬっていう感じでひねる事ができる。だとしたら、今は現実の世界にいる。夕べの事を思い出していた。劇団員で歌い手だと知ると、差し支えがなければ一曲歌ってくれないかと頼んできた。差し支えは大いにあるのだが、迷惑をかけた手前もある。外でならと伝え、宿の下駄をつっかけて外に出る。あまり遠くへはいけない。アブや蚊の心配もある。駅前の材木置場で立ち止まる。何を歌おうか。一節歌い終わった後。老人が涙を流していた。おお、ガール。マドモアゼル。メッシー。いくら自分でもガールの意味くらいはわかる。ノーノーのー、このひともか。自分がイヤなのはよく女性と間違えられる事だった。ボーイ?おお、エクスキューズ盛んに謝ってくれた。カギをヒネってみた。エンジンがかかる。さすが2000GT立ち上がりは順調だった。宿を出るまでは。夕方ガスステーションに立ち寄る。オヤジさんが自分の顔とクルマを交互に眺めながら話しかけてきた。お客さんこれからまだ遠くまで行くんかね。そうだというと、いや。あんちゃん。ソレは無理だべ。クルマの前を指差ししていた。目玉が無かった。ライトが二つとも落としてしまっていたのだ。曲りくねった道。でこぼこ道を振り返る。オヤジさんに修理できるかどうか聞いた。出来るが在庫がない。取り寄せとなるのでいづれにせよ。今日明日中は無理。途方に暮れる。
⑨大京の物語 想像の詩人
やっとの思いで劇場に戻ってきた。きーちゃんが飛びついてきた。なんか知らんがわぁわぁ泣いている。大げさ。期日には遅れると差配人には伝えてあったし。もちろん大目玉をくらったが。いやあの時は受話器から差配人の首がにゅっと飛び出してきたかと思った。皆がワラワラと劇場前に集まってきた。クルマを取り囲む。山田先輩が心配したぞ。と一言。あやかがあごに手をやりながら近づく。いいクルマだな。クルマを移動させた後。楽屋であらためて謝罪した。一足先に戻ってきたあやかが急きょ代役をつとめたということだった。営業先でもあやかは不眠不休の活躍をしていた。みちのく秋田でのイベントに飛び入り参加したところ野外で千人もいようかという場で千本桜を歌って踊ったそうだ。野外とはいえ大人数での集会は禁止されているので相当スリリングな経験だったらしい。エリザベス島の出張公演よりも盛り上がったらしい。お留守番のきーちゃんは得意の占いで何度カードを引いても悪い結果しか出なかったので、ほとんどパニック状態だったという。突如差配人が勢い良く戻ってきた。おいお前ら喜べ!両国の天下泰平堂でのお披露目公演が決まったぞ!自分らは一瞬何を言われたかわからずポカンとしていた。泰平堂ってあの大江戸の泰平堂でっか?山田先輩が返す。そうだ。歓呼の声が沸く。あやかがコブシを突き上げる。山田先輩が小さめのガッツポーズを何度も繰り返す。自分もあごの下で両手首を合わせるルンルンポーズ。きーちゃんも泣き止んで泣き笑いをしていた。おお、美優紀みゆき!無事だったか。差配人が今気がついたみたいに声をかけた。自分もあらためて謝罪の言葉を述べたがそんなものも吹っ飛ばしてしまうほど皆んな興奮していた。
⑩大京の物語 想像の詩人
西美優紀 にし みゆき 本名 美紀 よしのり 生没年不詳 劇団 難波ドリアンホーリッカーに所属 中性的な美貌と今世紀最高の男性ソプラノとして著名 山下あやかと共に劇団の二枚看板スターであった。大江戸での劇団七周年記念公演の直前、山下あやかが自動車での自損事故を起こし死亡。直後の記念公演は急きょ追悼公演となり、西美優紀の演技ダンスは空前絶後の鬼気迫る出来栄えであったとされる。その後長く体調不良で休演が続いていたが十周年記念公演で復活を遂げるも、その場で惜しまれつつも現役引退を表明。その後一般人 井上恵と結婚。現役引退後の詳細は不明。
エンサイクロペディア ジパンシー
長編中の短編第1弾です 別編に短編タイトル サブタイトル?になるんでしょうか あげております 次稿は プロメテウスの歌 ファースト・ラビット を予定しております