魔水《まみず》と効果と不条理と
最初に違和感に気づいたのはサラだった。苔から搾り取れる水、これを常飲する水にした事で、身体の内より暖かな力が湧き出てくるのを感じ取った。
サラはサウム達への報告の際に、なにか他に変わった事は無いかを調べ、魔法を発動させることができる事がわかったのだ。
しかし、他の動物や魔物のように成長を促す事はなく、見た目の変化は訪れず、人には『魔力』を与える水として、魔水と仮名しジラハルの認可により、他人の耳目がない場所では魔水を正式名称としている。
だからこそ、ジラハルが初めて飲んだその日の変化に本人は当惑していた。ジラハルだけが、魔力とは別の成長をしたからだ。
それは、奇しくもその日の朝、メイドによる例の可愛がりにより発覚する事となった。その成長とは、『精通』つまり子が成せるようになった。この時、肉体的な見た目の変化も少し起こっていたが、それを本人が気づいたのは二週間ほど後のことだった。
そして、その変化からジラハルは当たりをつけ、コレまで効果のなかった食物に目を向けている。
その予想は、自身の身体には脂肪というエネルギーが蓄えられており、それを糧に成長するのではないか? という、あまりにも突飛な考えだったのだが、予想は核心を突いており、見事に成功する。成功してしまったのだ、それがどんな影響をもたらすのか、いい事のはずが特大の爆弾になるだろう事はジラハルの前世の記憶からも理解でき、背中に流れる冷たい汗を止める事はできずにいた。
それもあり、実際に実験を行った王都近郊の村人にはジラハルの指示によって箝口令と共に、実験で出来た食糧を秘匿する事を徹底させている。もちろんお金を得るために売る商人は、信頼に足る者だけに限定して許可をだした。
ジラハルは、何処からか漏れることを予想し、いつ王城へ呼び出されても良いように準備をしていたが、それは良い意味で裏切られる事となる。
当の村人達は、戦時特例で食糧を安く買い叩かれ、貧しい暮らしをしていたのもあり、喜んでジラハルの命を受け入れ、むしろ『裏切り者』が出ないかを監視する者まで作っていたのだ。
そして、出入りし、商売を行う数少ない商人達もまた、王侯貴族に安く買い叩かれた恨みを持っており、一致団結し情報規制と共に、村人達から買い入れた物資を王都から離れた場所で売り捌き、戦争特需と言うのもあり、莫大な財を成し、その利益を村に還元し、過去にない程に小さな村が好景気になる。
王直轄地ではあるものの、元より小さな村で、魔物被害もそれなりにある事もあり、大事にされてない村として代官もおらず、徴税官も一年に一度収穫期に来ると言う事もあり、その好景気に気づかれずに過ごせたと言う偶然も重なり、未だに王侯貴族間に噂の一つも立っていない。
その事に胸を撫で下ろし、警戒を解いたところでのホワイナル領の大飢饉。
前世の記憶持ち、特にゲーム上のシナリオ知識が仕事をしないのは、ジラハルが起こった事と、現実の因果関係を考えていなかった事にも一因はあるのだが、死因や、その原因、動機などを理解しようにもゲーム内で語られる場面が少なすぎるのもあり、下手に手を出すと逆に死期を早める恐れから動きにくいという心理の沼にハマり後手に回っていたのが最大の理由であった。
どちらにせよ、今回のシナリオ外の行動が今後を左右しかねない、と言う事で常に緊張を強いられているジラハルが周囲を見えていない事により予想外の展開に転んでいく事となるのは明らかであった。
そう、本来なら最も警戒すべき相手。ジラハルを討つと言うゲームシナリオでのキーマン足る、シナリア・ホワイナルの心の機微を見落としていた事によって。
◇◇◇◇◆◇◇◇◇
ジラハルの策は、北の大地でも見事に機能した。ホワイナル公爵家が直轄地としているホワイナルから始まり、その寄子の伯爵家、子爵家、男爵家、準男爵家の代官地に手順と、先にホワイナル家で育てた食糧の種と共に牛糞と、麦わら腐葉土を混ぜ合わせ魔水により発酵促進させた物を近くの村から広め、端まで行き渡らせる事に成功した。
その間に、餓死者が出る事は無く、公爵家だけならず寄子からも感謝をされ、ジラハルは死期が遠のいてくれたと安堵したのだった。
それが、悪かったのだろう。ジラハルは一人心の中で叫んでいた。
(なんで大量に魔物が発生してんだよおおおおおおっ!!!!)
そう、ホワイナル領の各所で食糧難が去ったあと、何故か魔物が領内に増えたのだ。元々土中にいたミミズが魔物化し巨大化、更にモグラまで魔物化していきコチラも巨大化をし、見事に各地で討伐戦が繰り広げられているのだ。
そこに、さらなる追い討ちとして、見落としていたシナリアである。
「ジラハル様っ! これはどう言う事ですかっ!!」
大飢饉を乗り越え、安心していたところに、魔物被害の報告を受けたホワイナルでもまた日に日に被害報告が上っているのだ。それを令嬢たるシナリアが知らないわけもなく、見事にジラハルに当たってきたのである。
「お父様も、お兄様二人も討伐に行かれて……まさか、ジラハル様の狙いは魔物にお父様と、お兄様達を」
「待て待て、それは誤解だ! コレは偶然、いや事故だ! 決して狙った訳じゃない、良かれと思ってした事で被害が出ているだけだ!」
「それを信じろ……と? わたくしには、むしろこうなる事がわかっていて道中でも手順や手法を隠されていたのでは無いか……と、そう見えるのですが?」
ただ、驚かせたかっただけ……そして、あわよくばシナリアの好感度を爆上げして死因を取り除きたかっただけで、下心満載のジラハルは道中語らなかった事により、猜疑の目を向けられていた事を見落としていた事に落胆する。
「おぅふ。そうじゃない、そうじゃないんだ……サウム! 俺の護衛はいいから、とにかくホワイナル公爵とシナリアの兄達を死なせるなっ!! 従者全員でとにかく狩りまくれっ!」
「ハハッ——、サラはスラム隊を指揮しろっ! いくぞっ!」
「はいっ」
ジラハルの命を受け、即座に対応し客間を後にしたジラハルの私兵と侍女に目を向けて、シナリアはジラハルを再度睨みつけて口を開く。
「……いいでしょう。今は信じてあげます。ですが……もし、父や兄達が帰らない事があれば……必ず貴方を……」
「待て待て、わかったから! それ以上口にするな! 王族への叛逆として捕えなくてはならなくなるだろうがっ!」
(くっそ、見落としていた! そりゃ評価最低な王子が、いきなり領民を救ってやる、とか言って手札を見せなかったら疑われるのは当たり前だ——前世の記憶が珍しく役に立ったと思ったら、全然役にたたねぇ!! 餓死者が出なかった代わりに魔物被害で死んでたら意味ないだろおおおおおっ!!!!)
ジラハルは、押し黙ったまま睨みつけるシナリアの視線に耐えられず、自身も剣を腰に刺し、一人館を出るのであった。
(無理っ! 例え、可愛い女の子でも、あんな殺意の乗った目で見られ続けるなんて、それを耐えるなんて、無理! それなら、魔物に向かった方がマシだっ!!)
そう、心で叫びながらジラハルは戦場に向かうのだった。
なんとか、間に合った。
閲覧、ブクマ、いいね、本当にありがとうございます。
次回更新は二日後……もしくは三日後……戦闘描写入れるのでもしかしたら四日後かもです。
応援よろしくお願いします。