好きに生き……
結局ジラハルは考えることを諦め、当初の本題である『好き勝手に生きる』という方針で今後約五年の方向を決める事となった。
「サウムよ、今から我は父上のところへ奏上しに行こうと思う。その間にお前の様な下級市民出の優秀な兵を見繕えるか?」
「はっ——ですが、そうなりますと近衛の下働き全て引き抜く事になりかねますが……」
ジラハルの発言から意味するところを汲み取り、更にそれで発生する不都合を躊躇いがちに進言したサウムに彼は口角を上げ「そのための奏上だ。問題なく引き抜けるはずだ」そう笑い飛ばし、ふくよかな侍女が開け放った扉を出ていくのであった。
迷うことなく、王宮から王城の回廊へ出たジラハルは謁見の間までに自身の建前を確認していく。
(俺は邪王の息子、外道王子。民草は雑草、兵は量産可能なただの肉塊、女は俺の快楽の為に存在する。ヤバい……演じ切れるかなぁ……既に一杯一杯なんだけど)
程なくして、王城の回廊の先に大きく、派手な両開きの扉と、その扉を守る様に槍を手にし立つ城内近衛兵二人が見えた。
(城ってのはやはり攻めるのには向いてなく、守りに特化した造りになってるよな。謁見の間の前の廊下は他とは違い四倍の広さと高さは有るし、回廊から威厳を増す為の広く長い画廊へと変わっているが、本質的には絵画が近衛の待機している部屋の隠れ扉になってるのを隠す為だしな)
王城に住めるのは、王と第一王配その子のみである、子も齢十を迎えると城内にある別宮へと住まいを移す。そのため記憶を覚醒させたジラハルはこの一週間ほどで、既に別宮へと移り住んでいた。
王族、しかも嫡男という事もあり王城に私室を与えられている。別宮、王城の私室、どちらに居ても構わないのだが、ジラハルは記憶を覚醒させるまでは王城にて寝泊まりをしていたのだ。
前世の記憶を覚醒させたジラハルは、王城では好き放題出来ない事を理解している。つまり、城には王の耳目が至る所にある。本当にあるかは疑問ではあるのだが、自身の不都合な事ほど有ると考える様になったのである。
そう、この二週間ほどのあれこれを含めて。
探索者然り、魔法使い然り、さらには鍛錬を始めて己が体力の無さ、筋力の無さ、才能の無さに打ちのめされ、ならばと内政チート発動……しようにも、残念ながら料理はおろか、ろくに特技が無いことに絶望したのである。
結局ジラハルがやれたことは、少ないのである。一つだけ思い通りになった事と言えば、王都にあるスラムから少年、少女を数十名攫った事くらいであった。
好みの子が居ないなら、育てればいいじゃない。という、なんとか源氏さんに天啓を得たわけで有る。もちろん少年は後に掘る……ためではなく、ジラハル本人を守らせる盾として育てようとしている。
あえて攫った、としているのも、邪王ジェラッドに対してのスタンスである。もちろん、外道王子としての悪評は市井に広がりはしたのだが、そこは本人も諦めていた。なる様にしかならない、と。
攫った少女たちは絶賛養育中であり、見目が整えば美味しくいただこう。そう考えるほどの外道であると自身でも認めているのだから。
だが、世の中そうはうまくいかない。というよりは、ジラハルにとってこの世界はどこまでも詰みに来ているのだ。
拾ってきた少女のほとんどが、病に侵されていたのだ。ソレもタチの悪いことに粘膜接触で感染る類のいわゆる性病である。少年の一部も患っており有る意味危険な状況であった。
当たり前の話だが、スラムとなればその日の食を得るために体を売る事は当たり前であり、スラムで生き抜くというのはそれだけで命を削らないと成せないのだ。
もちろん拾ってきた子らがそうしているのではなく、その親からの感染なのが僅かな救いではあるのだが。
一番厄介なのは、感染確認ができてない子らも発病してはいないものの、潜伏期間の可能性を秘めており、どの道危なすぎて手を出せないのである。
攫ってきた手前、何もせず捨てるわけにもいかず、ジラハルは諦め、なる様にしかならない。と、悟りを開いた。
そう、思い通りに生きる事にしたけど、思い通りになんてなる事は一つもない。という、なんとも悲しい悟りを。
「——で、ジラハルよ。ワシに何を請いにきた?」
ジェラッド王の声により現実に引き戻されたジラハルは、事前に考えていた言葉を口にする。
「父上、わたしがここ二週間にて行った事をご存知でしょうか?」
「ふむ、報告は受けている。剣の鍛錬を始めたそうだな。だが、お前は王族、それも次期国王で有る事を忘れたか?」
「それはありません。鍛錬については単純に、娯楽の為に攫ってきたゴブリンを簡単に殺さぬ為にございます」
「ほう、ゴブリンとな?」
「はい、王都のゴミ箱に繁殖していた為、駆除もあわせ攫ってきました」
「なるほど、確かに痩せこけた様と無駄に繁殖するのはゴブリン並みよな。ふむ、剣の鍛錬は納得であるな。で? 本題はなんだ?」
「捕らえたゴブリンを逃さぬ為の兵が欲しくお願いに上がりました」
「ほう、兵……とな」
「はい、ですので一兵卒などでなく、腕の立つ者を出来れば十名ほど欲しくあります」
「十、か。それは構わぬが警備にしては多すぎぬか?」
「一応まだ始めたばかりなのですが、研究したい材料を見つけたのです」
「ほぅ、それは役に立つのか?」
「はい、成功すれば間違いなく。その為にはゴブリンの巣窟である迷宮探索を出来るほどの者が必要なのです」
「なるほど、それでゴミ箱の草をゴブリンと言ったのか。ふむ、何を調べておる?」
「ゴブリンの異常な繁殖力です。やれば出来る。とは言え、あまりにも増えるのが早過ぎるのです。メスの数に対しオスはあまり気味、一回に産む量は人と変わらぬのに対し、その増え方は異常かと思いまして。妊娠期間の短縮か、もしかしたら、人とは行える回数が違うのではないか? と目をつけ調べた結果、ゴブリンの食事に行き着いたのです」
「ほう、それは確かに成果が出れば役に立つな」
ブラン王国は大国ではあるものの、各所で人手不足による農業放棄地が増えている。そのため、食糧事情、外貨獲得の為の産業にも手が回らないのだ。
それは、度重なる侵略により民草を徴兵しては潰してきた蛮行からの結果である。数年前より農家は三人娶ることを強制化し、誤魔化してはいるものの、生産量がすぐに増える事はない。それは妊娠期間が長く、また田畑を任せられるまでの年月が掛かるためだが、そんな事はこの国の貴族たちには理解など示さないのだ。
もし、ゴブリンの様に簡単に増やせて、成長が早くなるなら? ジラハルの目的は、国王に『もしかしたら』と期待させ、私兵の確保を認めさせる事である。もちろん、人はゴブリンの様には増えないし、成長も早くならないのは前世の記憶から当たり前の常識として持つ発案者のジラハルは『こんな幼稚な考えがバレるのでは無いか?』と、背中に冷や汗を流しているのだが。
「はい、ですがわたしが直接出向く事ができない為、これ以上の調査ができないのです。なので、確実を期す為には信用のおけて、かつ代替の可能な兵が欲しいのです」
「なるほど、そのための兵でもある、と。いいだろう、近衛から十名連れて行くといい」
「はっ、父上、ありがとうございます。必ずや期待に応えて見せましょう」
今まで散々、この世界に詰まされて来ているジラハルは、己が思考を読まれまいと、自信に満ちた表情を作るのだった。
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