転生したけど、最初から詰んでいる。
目を開けたら、天蓋付きの豪華なベッドの上だった。
不意に前世の記憶と共に今生の名前を思い出す。ジラハル・エル・ブラン。ブラン王国第一王子。歳は十、婚約者は居ない。そして、記憶の最古あたりにあるのは『世界樹の木の下で』という学園ものシミュレーションロールプレイングゲームをしていたことだ。その中にある記憶ではっきりと覚えていることがある。それはゲーム進行において、どのヒロインルートを通っても『ジラハルは死亡する』と、言うことだ。
きっと、前世の記憶持ちで、死亡フラグを回避しない人は居ないと思う。だが、残念なことに俺にはそれは不可能だ。と、言うよりも俺以外の人間が転生してきたとしていても不可能だ——開発者や、関係者であるシナリオライターですら怪しいとすら思える。
なぜなら、ジラハルの直接的な死亡フラグの立ち方、そもそも、一部を除いてなんで死んだのかも知らないし、わからないのだから。
死因の多くは悪政を敷く、父たるジェラッド王が原因なのはわかる。なにしろクーデターで死亡する事が多いのだから。ただ、他の死因は不明なのだ。主人公が迷宮攻略を終えて出てきたら、死んでいました的に葬儀の真っ最中だったりと、よほどのマニアでも知ってるか怪しいのだ。わかっているのは、ジェラハル王は肥太った男で、平民を見下し、亜人に差別的で、嗜虐性の高い女好き——って位なのだ。
更に輪を掛けるのは当人、ジラハルもゲーム内きってのゲスというのもある。
「よし、諦めて好きにしよう。死んだら死んだ、だ。元から死んだ人間だしなぁ」
そうと決まれば後は流れに乗って、悪役王子らしく好き勝手に振る舞おう。うん、じゃあまずは、女漁りからだな——。
そう、この時までは俺は第二の短い人生を楽しむ予定だったのだ。侍女の待機する部屋に行くまでは……。
「やべぇ。この世界というか、この時代というか、美的感覚がやべぇ」
意気揚々と部屋を出て、ジラハルの記憶にある侍女の待機室までいき、扉を開かせたはいいが、無言で回れ右をし即座に部屋へと戻ってきての俺は頭を抱えた。
そう、俺は勘違いをしていたのだ。そもそも、ゲームのヒロインはほとんどが平民で、貴族は一握りだったのだ。そして、その貴族のヒロインは『すごく可愛い』『スタイルが良い』のに、他貴族からは『醜い』『貴族の恥』などと言われていた。
つまるところ、この世界または国は『富=肥ってる』であり、ようは、脂肪がステータスだったのだ。さて、ここで問題です。そんな世界で女漁りをしたとして、前世の趣向そのままの俺はどう思うでしょうか?
答え。
可愛い子がいねぇええええええええええ!
どうするよ? 記憶の中でジラハルは最短で十五の夏季に死ぬ、原因は不明だ。つまり、残りの四年と少しの期間。女好きで貴族令嬢を取っ替え引っ替えしては、捨ててたのくらいしか知らない。そして、今世の記憶ではまだ女性を知らない。まだ太り切ってもいないのは助かったが。
このままでは、魔法使いどころか予備軍にもなれずに死を受け入れることになりかねない。断じてそんなことは認められない、だって王子特権で好き放題出来るのに、使い所が無いとかになりかねない。
そうだ、貴族がダメなら平民を食べれば良いじゃない!
心の奥底でなんとかネットさんが俺に天啓を与えてくれていた。それに従い、声を張り上げた。
「誰かっ! 誰か居らぬかっ!!」
華美な部屋の中、そう叫んだジラハルの声を聞きつけた近衛がノックの後、扉越しに声を掛けて来た。
「近衛のサウムです。いかがなさいましたか? 殿下」
「サウムか、入れ」
俺の声に即座に返事をし、一礼をしてから入室して来た。スラリとした引き締まった身体を見て、俺は閃いた。
「サウム、貴様は確か武闘会で優勝した平民出だったな」
「はっ、申し訳ありません。お近くにわたし以外の爵位持ちが居らず、お目汚しを——」
ジラハルの言葉に顔を青くし、ひざまづき謝りだしたサウムの言葉を遮り、ジラハルは口を開き、閃いた事を聞くことにした。
「良い、あとそう畏まるな。ふむ、とりあえずサウムよ……平民出ということは、世事に詳しいな?」
「は、確かに平民の事には知識がございます。ですが、殿下に必要の無いことかと」
「それはわたしが決めることだ。では、聞こうか、平民の子女はこの宮殿に居る者のような姿をしておるのか?」
「い、いえ。宮殿に入られて居る、侍女達の様に見目麗しくは有りません。彼女達は平民であっても、大商人の娘達であり、教育、容姿に至ってはかなりの差が有りまする」
「ふむ、その差とはなんだ?」
「その、大変言葉にしづらいと申しますか……」
「よい。続けよ」
「一般の平民は皆、痩せており、とても殿下の御目に掛かる様な容姿ではございません。きっと、殿下が御目にされては気分を害することになるかと」
「ふむ。あいわかった。ではサウムよ、平民街へ案内せよ」
「で、殿下?」
「おい、何を勘違いしている? わたしが求めているのは肯定だけで、その他は無いぞ?」
「——っ! 失礼しました、至急馬車を用意いたします」
「ふむ、よろしい。ではサウムよ任せたぞ」
◇◇◇◇◇◇◇◇◇
(あぁ〜しまった。そっかぁ、こうなるかぁ、そうだよなぁ。)
そう、内心でぼやきながら死んだ魚の様に、暗く空虚な目で車窓から流れいく景色をジラハルは眺めていた。
馬車の周りには親衛騎士が十名ほどおり、さらに街行く人々は膝を突き、歩道で頭を垂れていた。
馬の蹄が石畳を叩く音、車輪の転がる音と、僅かな段差で跳ねる振動で腰に響く痛みに耐えながら、ジラハルは思考を巡らせる。
(身なり、は、まぁ置いておいて。王都にしては平民が痩せすぎじゃないのか? いや、ここが貧民街と、するならあり得るだろうが、貴族門を抜けた先、すぐで貧民街とは考えられないよなぁ。)
ジラハルは前世の記憶を思い出そうとして、そこである事に気づいた。
あれ? あのゲーム、シミュレーションロールプレイングゲームだったよな? しかも、学園が舞台で買い物とかもヒロインとのデートイベントでCG回収用だし、そもそも全て選択肢だけでストーリー進んでたよな? というか、平民街へ来るってイベント自体無かったわ……、と。
「やらかしたぁああああっ!」
「で、殿下っ! いかがされましたかっ!? まさか、民の中に紛れ刺客がっ!?」
いきなり叫び声を上げた為、急停車した馬車の周りで取り囲んでいた近衛達が騒ぎ出す。それと共に絶望に似た空気が街に跪く民草に広がっていく。これはダメだ、と思い直ぐに「気にするな。なんでも無い。城へ戻るぞサウム」そう言い、馬車がゆっくりと進み出すのを確認して思考の海へと潜る。
(女漁りに王都に出たが完全に無駄、どうしようもなく無駄な事しただけじゃねぇか! ヤバい、コレ詰んだかも。コマンド形式の戦闘だったから戦闘とかあっても、前世の記憶が全く役に立たないじゃん! しかも、よく考えたら会話もコマンド選択なわけで、特権を振りかざして女の子を囲ってもヤルだけのドライな感じになるわけで……可愛い子としたいだけなのにっ! いや、待てよ。ヤルだけだから良い……のか? いや、良くない、俺が求めるのはヤレて、甘い空気を自動生成する様な関係じゃないと納得できない!)
そこで、ふとジラハルは気づいた。例えそんな相手が出来たとして、そういう行為により何が起こるのかを。つまり、子を孕ませた場合、自身が死ぬ時、それが暗殺で無くクーデターとするなら確実に母子共に殺されるだろう事に思いが至ったのだ。
考えてみれば当然至極なのである、恨まれ疎まれる王族の血など誰が残そうとするだろうか? 答えは根絶やしこそが正義なのだ。後の憂いや、民草の感情を含めて『殺した方が早いし、楽』なのだと。
「詰んだ……」
最初から詰んでいるのだが、まさかここまで何も出来ないとは思っていなかったジラハルは遠い目のまま王城へと帰還した。
豪華な革張りのソファに腰掛け、コレじゃない感を醸し出すはち切れんばかりのわがままボディをメイド服に詰め込んだ侍女に紅茶を淹れてもらい、死んだ目のまま彼女に目を向けたジラハルは『もう……コレで良いか……』と少し投げやりに侍女へ手を伸ばそうとして、ふと思い出すのだ。
ゲーム主人公は何故『迷宮』へ潜っていたのか……を。
正確には、迷宮にはなにがあるのかを思い出したのだ。答えはファンタジーには当たり前の『武器』『お金』『財宝』などなどである。そして、この迷宮はゲームシナリオ内ではクリア不能なのである。理由は簡単で、迷宮探索に掛けられる時間が決まっていたからである。階層はフレーバーテキストでは全五十一階層とあり、幾人ものプレイヤーがタイムアタックを仕掛け、宝箱イベント回避をしても辿り着けたのは三十階層迄つまりは、半分を少し超えただけ。そこまで思い出して、ジラハルはコレなら……と希望を見出した。
侍女を部屋から出し、ジラハルは思考を纏める。
(財宝……、お金……、武器、防具……、そうか。どうせ死ぬなら他者の思惑よりは、自身の選択での死のほうがマシだな。よし、探索者としてギルドへ登録しよう!)
そう思い立ち、ジラハルは声を上げた。
「サウムよ、入って参れ!」
「失礼します、殿下何かございましたか?」
声かけからわずかな間を置いて静かに扉を開け、先程街から戻った際に側付きに任命したサウムが、素早い仕草で入室し扉を閉め膝をつく。
「うむ、俺を探索者ギルドへ案内せよ!」
「……で、殿下失礼ながら探索者ギルドへと脚を向ける理由を聞いてもよろしいですか?」
「ふむ、探索者登録をして迷宮へ潜ろうかとな」
「む、無理にございます……」
「なぜだっ!」
つい声を荒げてしまった俺に対し、サウムは意を決した表情と共に過酷な運命を告げたのだった。
「お、恐れながら申し上げます、探索者の資格は齢が十五にて登録が可能となるからでございます」と。
こうして、ジラハルの死期は少しずつ近づいてくるのであった。