第2話ー③ 針と眠り
高橋は今頃になってこのバイトに不信感を持つようになった。この圧迫している事務所の雰囲気も大きく関係しているのだろうが、一般に言われるこの裏バイトに対して何の情報も仕入れずフラフラと面接に来てしまった事に今更になって少し怖くなってきた。実際にバイトをしている木倉に勧められて気が緩んだのだろうか?高額なバイト料に目がくらんだのかもしれない。断ろうか?
「…以上で面接は終わりますが…。」
事務員の話は考え事をしている間に終わってしまったようでこちらの様子を伺っている。
高橋が何か考え込んでいるのが分かったのか「質問などはないですか?」と聞いてくれた。
「あの…僕は受かったんでしょうか?」
「そうですね。あとは血液と尿検査して異常がなければ採用となります。」
「今日は薬を使用したりはしないのですか?」
「検査の結果が分かるまでに一週間程かかるので今日は行いません。」
「そうですか…。分かりました…。」
「それでは検査は上の階で行いますので…。」
事務員は説明は終わったとばかりにその場から移動し始めた。
「最後にもう一つだけ…。どうしてこのバイトは一般求人誌に情報を載せないんですか?」
事務員は一瞬あっけにとられた顔をしたが、すぐに体制を立て直した。
「この検査に参加される方は現在何らかの病気を抱えていらっしゃる場合が多く、従来の薬では症状が回復しない方が開発されたばかりの「薬の卵」に期待して参加されます。その方たちにも参加費お支払いしますが、病気を抱えている方たちはお金よりも今の症状が回復する事が真の目的となります。その方たちは治りたい一心で薬を決められた用法で飲んでもらえますが、検査の段階には健康な方に参加してもらわなければならない検査もあります。その募集を一般求人誌に載せてしまうと、お金目当ての方が増えてしまって薬をきちんと飲んでもらえないなどの可能性があります。それを防ぐためですね。」
なるほど納得いったが、まさにお金目当ての俺は大丈夫なんだろうか?何か弱い所を掴まれたみたいでそれ以上突っ込む事ができなかった。
「ありがとうございました。大変よく分かりました。」
「いえいえ、ご理解頂けましたでじょうか?それでは上の階で適正検査をしますので…案内します。」
そういうと事務員は入り口ドアを開けて外へ出た。すいません、階段が外なもので…と言いながら高橋を誘導する。
それにしても…木倉には金がよく楽なバイトとだけ聞いていたが、さっきの説明ではそれが不謹慎なように感じる。まあ説明は建前なのかもしれない。要は薬をちゃんと飲めばいいのだ。まだこのバイトに対する不信感は消えてなかったが、今日は血とか尿を取る適正検査だけらしいので結論を出すのは次でもいいと思った。その間にスーパーで木倉からもう少し詳しい情報を集めよう。
外の壁に貼りつけただけという感じの所々錆びている階段を上に上る。さっきの一階の古ぼけた感じといい、この商売は儲かっていないのだろうか?さっきの説明にお金が全てじゃないみたいな事を言っていたが、それは参加側の事で、ビジネスとして赤字では意味がない。高額な時給を支払うのならなおさらだ。高橋は勝手に日給一万以上というイメージを抱いていたが、そういえば木倉には具体的な金額を聞いていなかった。面接時にも出てきていない。もしかしたらそんなにもらえないかもしれない。そうならばわざわざリスクを冒してまで得る大きなメリットがなくなってしまう。
20段程、階段を上り中に入ると一階と同じ程度の広さの部屋だった。たださっきとは違い壁には白の張り紙がされ内装は綺麗になっている。そして隅には階段があり三階がある事がわかる。階段の壁にドアがあるがそれがトイレだろう。診察机といすが2つ階段とは反対側に設置され、採血台や医療機器も見える。この部屋の広さから二階も二部屋以上に分かれているみたいだ。奥に通じるドアがある。
事務員はいすに座って待ってて下さいと言うと奥の部屋に入っていった。しばらくしてさっきの事務員ともう二人、50代半ば位の白衣を着た男とナース服を着た20代前半の女性が出てきた。男の頭のてっぺんは禿げあがり、周りを半分白髪が混じった髪がUの字型に囲んでいる。顔は一見優しそうに見えたが、眼鏡をかけたその奥は笑ってないようにも見える。いや勘ぐり過ぎか?女の方は21、22位、学校を卒業してすぐという感じだ。
恰好からして二人が医師と看護師だろう。医師が診察いすに座った。
「では高橋さん、適性検査を行います。まずは採血から…」
傍に立っていた看護婦が、それでは高橋さん台に手を乗せて下さいね~と最近流行っているロリコンアイドルみたいな声を出す。顔もセットでそうならいいが、ブスではないがアイドルからは程遠い。こういうのに限って…。
二セロリが注射を打つ。
痛い!しかも上手く入らなかったらしい。二回も練習台になってしまった。初めてじゃなかろうに…。
「血液は400㎖と血小板取りますのでしばらく楽にして下さい。」
二セロリはにこやかにそういうと注射針を片付け始めた。400も取るのか、今までに血液を多く取ったのは献血の時の200が最高だ。あの倍、牛乳瓶二本分だ。だいぶん時間がかかるだろう。高橋は背もたれに体重を預け目を閉じた。