第2話ー② 小さな事務所
面接事務所はターミナル駅から自転車で10分ほど北に進んだ新幹線の高架のすぐ近くにあった。辺りは女子大が近くにあるという事で学生寮やアパートが建ち並んでいる。事務所はそれらにうまく馴染んでしまう位の小さなものだった。結局約束の10時の30分前には着いてしまった。思い切って入ると事務員がせわしなく動いている。「面接にきた者ですが…」と言うと「あっはい、えーと高橋さんですね。」と言い「もうそんな時間だったっけ?」とぶつぶつ言いながら奥の部屋に入っていった。
それにしても小さな事務所だ。応接間にあたる部屋は広さ8畳程、部屋の左側に事務机といす、向かいに折りたたみ机とパイプ椅子が3つ置いてある。その間に人が通れるスペースがあり、奥の部屋に入るドアの正面に突き当たる。あの奥で薬の実験台になるのだろうか?事務所を外から見た感じでは小さなアパートといった感じだったので、奥のスペースもそう広くはないだろう。せいぜい15~20畳程だろう。十分といえばそうだが、病院のような所でやるものと思っていたので少し驚きを覚えた。いやきっとここは面接などだけをする事務所かもしれない。データを取ったりする所は他の大きな場所があるのか?
さっきの事務員が戻ってきて折りたたみ机の傍に立った。
「では高橋さんこちらに座って下さい。」
目の前のパイプ椅子に座るように促す。
椅子に座ると先が欠けているのか斜めに傾いた。
「高橋さんは木倉君の紹介で来たんですね。」
「はい」
「見たところ健康そうですが最近大きな病気はしましたか?」
「いいえ特には」
ここ数年、一人暮らしをしてから食生活がずいぶん荒れてはいたが病気らしい病気はしていなかった。ただ前に比べて年中体がだるい感じはあったが。
「それじゃあ、このアンケート用紙に記入して下さい。分かる範囲でいいです。」
名前、生年月日、住所、連絡先などを書くと下にはここのバイトをどうやって知ったか、これまでの試薬バイトの有無、今までに患った病気を書く欄があった。
高橋は小さい頃病弱でよく喘息の発作を起こしていた。夏になると汗で蒸れた皮膚はとびひになってじゅくじゅくになっていた。
中学生に入る頃になると自然にそれらは収まっていったが、同年代の人で未だにアトピーなので皮膚炎になっている人を見ると他人事には思えない。
喘息はアレルギーによって起こる。それは毛布についているダニだったり、スギの花粉だったり色々だ。それらが体内に入ると脳が敵だと勘違いして過敏に免疫システムを働かせてしまう。要は体が神経質なのだ。それは性格には関係ないが…。
薬にもアレルギーがあるという事なので、
一応病気の欄には小児喘息と書いた。喘息に子供も大人もないが、大人が喘息になると死の危険が高いらしい。子供の頃の小児喘息が大人になっても治らない場合もあるし、大人になって急に発病する可能性もある。最後に喘息を起こしてから10年近く経っているから治ったのだと思うが、煙草なんか吸っているから気管にも相応のダメージがあるだろう。
それにしてもダニや花粉でアレルギーを起こすのに、体に悪いといわれる煙草はなぜ起こさないのか?自分の体ながらおかしなものだ。
いずれにせよ、あの苦しみは二度と味わいたくない。喘息で命を落とす苦しみは実際にはわからないが、それを想像するだけで息苦しい。死を望んでいる自分にそんな自由はないのかもしれないが…。
「書けました。」
「はい…。えーと喘息持ちなんですか?」
「でも子供の時なんで…。もう10年位なってません。」
「わかりました。それではですね…。この仕事の内容は紹介者から聞かれましたか?」
「そうですね。おぼろげには…。新薬の実験台になるんですよね?」
言った後でストレート過ぎる表現だったなと後悔した。
「まあ端的に言えばそうなるんですが、実験といいましても医学的な薬の安全性は、動物実験などを何重にも行ってすでに確立されています。その後で、その濃度をかなり薄めたものを実際人間に投与して病気にどのような効果があるかデータを取っていきます。なので、まず人体に影響があるような事はないと思いますのでご安心下さい。」