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快速四号  作者: ヤーツツ・トモミ
快速四号
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第12話ー② 戻れない場所

車は細い住宅街を抜け、大通りへ出る。真夏の太陽がアスファルトに反射し、熱気が揺らめいて蜃気楼のようになる。中央分離帯に立つ広葉樹がところどころ影を落とし、その下をスポーツカーは光と影のワイプを切り裂くように走り抜けた。


 この道は、高橋のサイクリングコースの一部でもあった。


「せっかく綺麗なお姉さんとドライブしてるのに、もっと楽しそうな顔できないの?」


 内心とは裏腹に、高橋はぶっきらぼうな表情を崩さなかった。


 信号で車が止まる。このまま進めば市街地と高速のインターチェンジがある。直進して県道を行けば、サイクリングコースの目的地でもあるフェリーターミナルに出る。


「あの……ドライブがてら、寄りたい場所があって……」


 車はアーチ型の橋を登り、左手に市街地のビル群が見えた。朝靄に煙っているように見える。――この時間に、こんな霧が出るだろうかと、一瞬だけ思う。


 


 フェリーターミナルに着くと、松野は周囲を見回して言った。


「……何もないのね、ここ」


 自分でも、なぜ彼女をここへ連れてきたのか分からなかった。ただ、この場所なら、彼女と正面から向き合える気がした。


「もう行きましょう、松野さん。ちょっと海が見たかっただけなんです。あんまり長居すると、式に遅れちゃう」


 高橋は駐車場へ向かって歩き出したが、松野は防波堤の方へ近づいていった。


「何年も海に来てなかったな……。さすがに、ここじゃ泳げないけど」


 松野は振り返り、にっこりと笑った。その笑顔を前に、高橋は立ち止まり、ただ見つめ返すことしかできなかった。


「斉藤君は、どうしてこんな場所によく来るの?」


 五メートルほど離れた場所から話しかけられる。宗教家としての言葉なのか、一人の女としての言葉なのか、判断がつかなかった。ただ、その笑顔に嘘はないように思えた。


 高橋は無言のまま彼女の隣へ行き、海を見た。


 近くで見ると、木くずや空き缶、釣り糸やルアーが水面に浮いている。とても綺麗とは言えない。それでも海は、何事もなかったかのように緩やかに波を打ち続けていた。


「さっきの続きだけど……あなたを無理に入信させるつもりはないわ。でも、悩みがあるから賛美会の門を叩いたんでしょう? 今日ここに来たのも、私に何か相談したくて……。力になれることがあれば、なるわよ」


 確かにそうかもしれないと思った。だとしたら、俺は何を話そうとしていたのだろう。今までのことを誰かに打ち明けたかったのか。心はもう固まっていたはずじゃなかったのか。


「あなたみたいに悩んでいる人は、賛美会にはたくさんいるわ」


 その口調が、再び勧誘のそれに戻ったことに、高橋は気づいた。


「……もう俺には、どこにも戻れる場所なんてないんですよ」


 噛みしめるように、静かに言った。


 海のゴミは、やがて遠くへ流され、どこかで集まり、何を期待するでもなく新しい仲間を待つのだろう。そこに自分の心の闇を捨てたとしても、きっと見つからない。ただ他のゴミと一緒に漂い、ゆっくりと分解され、仄かに海を蒼く染めるだけだ。


 松野は言葉を続けかけたが、高橋の目を見て、口を閉ざした。そこに、冷たく強い拒絶の色を見たからだ。


「松野さん、もう車に戻りましょう。じゃないと、着替える時間がなくて、その派手な服のまま出ることになりますよ」


 高橋は明るい口調で言い、今度は一直線に車へ向かった。


 しばらくして松野も戻り、二人はフェリーターミナルを後にする。車は来た道を引き返し、再び河口の大橋を越えた。


「斉藤君。確かに、今のあなたにかける言葉はないのかもしれない。でも、これだけは覚えておいて。どんな人間でも、一生懸命に生きなきゃならない。それを否定する人に、未来はないわ」


 高橋はその視線を避け、窓に映る河口の景色を見つめた。その眼差しは、宗教家ではなく、一人の社会人のもののように感じられた。


 何も返せなかった。ただ、すべてを見透かされたようなその言葉が、胸に重く残る。


 遠くに見えていた市街地が、橋を下るにつれて再び視界を埋めていく。


 ――俺のやっていることは、間違っている。

 だが、今それを放り投げれば、自分そのものが壊れる。だから、もう……。


 車は市街地方面へ向けて加速していった。

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