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快速四号  作者: ヤーツツ・トモミ
快速四号
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第11話ー② 田所という糸

…五年前の人事。

ひたすら目を通していくと、そこに田所正の名があった。


(製薬部 開発課 課長 田所 正 → 辞任)


――ここに名前があるというのは、もはや偶然ではないだろう。


田所は、何らかの事情で田嶋から追い出された。

もしかしたら社内で安楽死薬、あるいはそれに近い薬を作ろうとしていたのではないか。そして田嶋を出てからも、独自に実験を再開した。医師を名乗る大森と、何らかの形で接触して……。


高橋は次に大森についても調べようとした。過去に別の病院で勤務していなかったか。内科、外科、耳鼻科、産婦人科――考えられる限りのキーワードを打ち込んでみる。しかし、どれもヒット数は一万件を超え、調べる気力を削がれてしまった。


最後に、サイト《M》だけ覗いて行こうと思った。

だが、自分が起こした事件がニュースで流れている今、そこにどんなコメントが書かれているのかを想像すると怖くなり、やめてしまった。


それでも、次のターゲットから連絡が来たということは、俺のコメントがサイト内で少なからず認知されているということだろう。俺の投稿と上村の自殺を結びつける人間が出てくれば、サイト内の書き込みに留まらず、直接俺の携帯にメールが来てもおかしくない。


どちらにしても、サイト内で自分のメールアドレスを公開したのは、大胆にも程がありすぎた。警察がネットをどこまで調べるかは分からないが……。


俺という人間は、知らず知らずのうちに、自分の周りに時限爆弾を置いて回るのが好きなタイプらしい。

タイミングよく爆破すれば、きれいな花火になるかな……?



アパートの前まで戻ると、またあの宗教の女が立っていた。

そのまま通り過ぎようとしたが、女は気づいて声をかけてくる。


「こんにちは……。今日もこの前の方のお部屋に伺ったんですが、お留守みたいで……」


「あー、それは残念ですね」


「あの……今日は今から、お時間ありますか?ほんの少しでも構わないんですが……」


今帰ってきたばかりで、また出かけるとも言いづらい。結局、彼女の微笑みながらの勧誘に押される形で、部屋に入れてしまった。一応、周囲を見渡したが、特に気になる人影はなかった。


女が自分の部屋に入ってくる――高橋にとって、それは初めての体験だったかもしれない。もちろん相手は宗教の勧誘目的で、理由はまったく違う。それでも、何か色めき立ってしまうのは男の性なのだろうか。たとえ自分の境遇がどんな状況でも……。


「何もない部屋ですけど、どうぞ」


「全然構いません。初めまして。私、天門賛美の会の松野と申します」


そう言って、前回と同じ名刺とパンフレットを差し出してきた。


「失礼ですが、お名前を伺ってもよろしいですか?」


名前……名前……。


「斉藤和樹です……」


とっさに偽名が口をついた。現実で偽名を使うのは初めてだった。無関係だとは思いながらも、彼女が大森たちと繋がっている可能性を、わずかでも疑っていた。


「斉藤さんは学生さん?」


「ええ……まあ……」


「どこの大学ですか?」


しまった、と思ったが、もう引き返せない。


「××大学です」


「えっ、ここからだと遠くないですか?一人暮らしですよね?」


「ええ、色々事情がありまして……」


曖昧に誤魔化すと、彼女も何か察したのか、それ以上は聞いてこなかった。


「何年生ですか?」


「三年です」


――留年してなければ、な。


「ということは、二十歳か二十一歳?」


「二十一です」


「二十一かあ、若いなあ……。私、いくつに見えます?」


知るか、と思いながらも適当に答える。


「二十五歳くらいですか?」


「嬉しいなあ。残念でした、二十九歳でした。もうすぐ三十路です」


「ええ、そうなんですね。若く見えますよ」


適当に相槌を打ちながら、女なんて化粧次第でいくらでも誤魔化せる、と心の中で思っていた。


「じゃあ、そろそろ本題に入りましょうか……。斉藤くんは、今まで宗教に関心を持ったことはありますか?」


年下だと分かったからか、呼び方が「くん」に変わった。ここからが本題だと、高橋は身構えた。


「いえ、特には」


「うちの天門賛美の会はね、名刺には宗教法人って書いてあるけど、そんな堅苦しいものじゃないんです。ご浄霊といって、人が持っている力を自然に引き出すもので……」


――それがすでに宗教だろ、と高橋は思ったが、口には出さなかった。


「じゃあ、実際にやってみましょう。まず向かい合って座ってください。そう、正座で。目を閉じて……体の力を抜いて……そして一つだけ、自分の想いを念じてください」


言われるままに従い、薄く目を開けて様子を伺う。彼女はへそ辺りで手を三角に組み、何かを念じているようだった。


形だけは、それなりに様になっている。


五分ほどして、今度は反対を向かされ、同じことを繰り返した。


「何か、感じました?」


「……いや、よく分からなかったです」


「そう、まだ一回目だからね。教会で受けると、また違うと思うんだけど」



その後、三十分ほど雑談が続いた。大学のこと、就職活動のこと、バイトの話――。高橋にとっては、どれも触れられたくない話題ばかりだったが、適当に受け流して会話を続けた。


相手が宗教の勧誘であり、この雑談も警戒心を解くためのセールストークだということは分かっていた。それでも会話を切り上げなかったのは、高橋が彼女に少なからず好意を抱いていたからだろう。


真っ黒になった心をさらけ出せるなら、たとえ宗教の勧誘でも構わない――そんな気持ちが一瞬、頭をよぎった。しかし、もうそんなことは許されない。


最後に彼女は、教会へ来るよう何度も誘ってきたが、丁重に断った。


「また来るからね」


そう言い残して、彼女は部屋を出ていった。


足音が遠ざかり、部屋は再び静寂に包まれた。


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