第10話ー⑤ 黒糖パンと汽笛
フェリーターミナルは相変わらず閑散としている。南にある島とを結ぶ大橋ができて利用者が激減したためだ。高橋は、この寂れた感じが好きだった。
コンビニで買った黒糖パンを口に放り込み、同じく買ったミルクティーで流し込む。二日間ほとんど何も食べていなかった胃に、糖分がじわじわ染み込んでいく。そんな感覚があった。胃の不快感も、少しずつ和らいでいくようだった。
パンを二切れ食べ終え、ハイライトに火をつける。重い。前と同じく、座っているのがやっとというほど頭が麻痺する。しかしそれは、胃の不快感が気管のほうまできゅっとせり上がってきている高橋にとって、それを一瞬でも押しのけてくれる、モルヒネのようなありがたさがあった。
静かな海を眺めていると、次第に心が落ち着いてくる気がする。もうすっかり心の熱は引いているが、それでもまだ何かが足りないのだろうか。ずっとこんなふうにいられるだけでいいのに……。社会で暮らしていくというのは、どうしてこんなにも面倒で、しんどいだけなのだろう。
高橋は自然と目を閉じ、波の音に耳を澄ませた。遠くで汽笛が鳴っている……。
携帯のメール着信音で、緩やかな時間が再び日常の速さで動き出す。俺にメールが来るとすれば……。
「こんにちは、ヤーツツさん。サイト上のコメントを読みました。私もずっと自殺について悩んでいて、ヤーツツさんの安楽死薬があるなら、もう決心……」
どうやら、新しい仕事が入ったらしい。高橋の残された生の時間は、新たなベクトルを目標に、また加速し始めた。
高橋は日が暮れるまで、その場でじっとしていた。座ったまま眠っているような心地よさの中で、時間が静かに流れていく。心の奥まで癒やされる、その瞬間を待っているかのように……。
だが、やがて周囲が暗くなり始めた。時刻は十八時半。日も少しずつ短くなってきている。立ち去ろうとした高橋の足元に、背景に溶け込みそうな黒猫が寄ってきて、じゃれついてきた。
猫になりたい、などとは今は思わない。
俺は俺だ。自分の意志で進める。
アパートに戻り、何気なくテレビをつける。地方のニュース番組が流れていた。
「今日、××市××のアパートで発見された遺体は、無職の上村明さん、五十二歳と、××市警は確認しました……」
見覚えのある顔。見覚えのあるアパート。
高橋は思わず電源を切った。体中に冷や汗が噴き出すのが分かる。
落ち着け……落ち着け……。
こうなることは、百も承知だったはずだ。
全身の力を使って、再び電源を入れる。
「……上村さんは一年ほど前にリストラに遭い、それを苦にしての自殺との見方もありますが、詳しい状況については、警察が現在調査中です……」




