表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
快速四号  作者: ヤーツツ・トモミ
快速四号
38/45

第10話ー③ 三週間の巣

新居は、ターミナル駅から南へ十キロほど外れた、高橋がよく走るサイクリングコースのフェリーターミナル付近にあった。その一帯は新興住宅地として開発が進んでおり、物件はその外れに位置している。周囲の住宅から少し離れて建っていたため、どれが目的の建物なのかは比較的分かりやすかった。


鍵を開けて中に入る。退去後の清掃が済んだばかりの、あの独特な匂いが部屋を満たしている。

電灯のスイッチを押すと、ぱっと明かりがつき、通電していることが分かった。


部屋はフローリングで、広さは六畳もないように感じるが、二畳ほどのロフトが付いている。ここは不動産会社の売りでもあるらしく、家電や家具は不足なく揃っていた。テレビ、洗濯機、電子レンジ、冷蔵庫……浴室暖房まで付いている。


利用料は契約時の一括払い。三週間という超短期契約のため割高になったが、家具付き、光熱費・水道代込みで八万円余り。まあ、ホテルに泊まるよりは安いだろう。


ロフトに上がり、敷かれていた洗濯済みの布団に横たわると、急激な眠気が高橋を襲った。夏用の薄いタオルケットを広げ、クーラーをつける。電灯を消す力すら残っておらず、そのまま高橋は目を閉じた……。


……三週間。

無意識に決めた、この滞在期間。それは本能的に選んだ最期の時間なのだろうか。三週間後といえば九月十五日くらい。ちょうど大学の夏休みが終わる頃だ。


死にたがっている俺が、なぜ殺されることを恐れて、ここへ逃げ込むような真似をしたのか。

なぜ、あの五十万円を手放せなかったのか。

やはり俺は、死ぬことを恐れているのか……?


そうじゃないなら、どうして俺は、さっさとこの安楽死カプセルを飲んでしまわないんだ。

どうした、さっさと飲めよ。今すぐ死ねよ。


震える手でカプセルを取り出し、しばらく睨みつけてみたが、どうしても決心できなかった。


あと三週間……それくらい待とう。

死刑が確定した人間の、執行猶予だ。そう自分に言い聞かせる。


高橋は、自分の中に今なお気持ちのせめぎ合いがあることに気づいていた。

食欲のように貪る死への欲求と、まだ怯えている生への欲求が入り混じっている。きっと、純粋な死への欲求が心のすべてを支配したとき、俺は楽になれるのだろう。

時が流れるまま、俺は落ちるだけだ。


そこまで思考が辿り着き、少し安堵した。


一方で、昨日の出来事が確実に現実世界で起きたものであることも、はっきりと分かっていた。影が、着実に高橋へ向かって伸びてくる感覚がある。ただそれでも、まだどこか遠い世界の出来事のようで、ふわふわした夢の中にいる気分でもあった。


三週間で、何もかも追い詰められて死ぬのが先か。

それとも、俺の心が死に支配されて、死ぬのが先か。


脳の奥深くで、何かから必死に逃げ続けているイメージが、絶え間なくリピートされる。それは、心の奥底に埋め込まれた「生きたい」という気持ちの残像だったのかもしれない。



台風から二日後。

吉村は、隣の部屋から漂ってくる鼻を刺すような臭いに耐えきれず、扉をノックした。


「上村さーん? 上村さーん? 何だか臭うぜ。カップ麺、ちゃんと片付けてるか?」


返事がないことに苛立ち、ドアノブをガチャガチャと回す。すると鍵は抵抗なく外れ、その瞬間、むわっとした熱気と、鼻の奥を刺す強烈な臭いが廊下へ溢れ出した。


吉村は思わず顔を背けたが、その視線の先に、畳の上で動かない上村の姿が見えた。


「……上村さん」


吉村は、瞬間的に息を止めた。


通報から間もなく、制服警官が数人、階段を駆け上がってきた。その中に、後藤警部補の姿があった。


「後藤さん……」


吉村は弱々しく名を呼んだが、後藤は軽く敬礼し、目だけで応えた。そのまま靴底の音を響かせ、迷いなく室内へ足を踏み入れていった。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ