第8話ー② 二日酔いと先輩
起きると、昼近くになっていた。木倉はスーパーとは違う作業着に着替えていて、仕事に出ようとしていた。
「木倉さん、おはようございます。すいません、こんな時間まで寝込んじゃって」
「いいって、気にすんなよ。それよりお前、朝方うんうん寝言言って、うなされてたぜ。飲ませ過ぎちまったかな?」
「いえ、そんなことないです。……イテテテ」
頭が痛む。やっぱり二日酔いか。
「大丈夫かよ。それと、家に帰るのが嫌なら二、三日泊まっていってもいいぜ」
「本当ですか!」
「本当ですかって……マジで泊まる気? お前の彼女、よっぽど怖いんだな。いいぜ、けど今晩も付き合えよ」
木倉は頭の横でピースサインを作り、そのまま出かけていった。
「高橋さん、お昼食べますか? 朝食も兼ねてですけど……」
木倉を見送り届けた奥さんが、気を遣って声をかけてくれた。
「ありがとうございます。あと、同い年だそうですから、高橋君とかでいいですよ」
「えっ、同い年? 一樹のお友達だから年上かと思ってた。そういえば、ずいぶん若いね。学生さん?」
「まあ……一応、その端くれかな」
「いいなあ。私も大学行きたかったなぁ」
朝食に出したのであろう、目玉焼きとししゃもと、山盛りのご飯が並ぶ。
「すいません。こんなに頂いちゃって」
「昨日、すごくお腹空いてたみたいだったから。ちょっと待って、味噌汁もあるの」
二日酔いの時は、やっぱり和食だ。また食欲が猛烈に湧いてきた。
昨日の夕食みたいにバクバク食べていると、奥さんがじっとこちらを見ている。
「あの……何かおかしいですか?」
「えっ……あー、いや。いつも主人を相手にしてるから……同い年だって聞くと、なんか弟みたいに感じちゃって。だって、そんなにバクバク食べてくれるから」
「はは……」
なんて答えていいやら分からない。
「でも高橋君も大変ね。彼女と喧嘩しちゃったんでしょ?」
「まあ……」
「でも私も、一回そういうのしてみたかったかも。花の大学生活」
「奥さん、大学行かなかったんですか?」
「高橋くんも、同い年なんだから奥さん奥さんって呼ぶのやめよ」
「じゃあ、なんて呼べば?」
「うーん……そうだな。裕恵ちゃんとか?」
「いや、それはさすがに……。じゃあ裕恵さんで」
馴れ馴れしくしてたら、マジで肘鉄を食らいそうだ。
「えー、変! 同い年なのにって、高橋くんがさっき自分で言ったじゃん!」
「まあ、いいじゃないですか。それより話、続けましょうよ」
「あー、逃げたなー。まあ私は大学行かずにそのまま就職して……そこで一樹と出会って、すぐに結婚したの。だから、もうちょっと遊んでおいても良かったなーって」
「でも、幸せなんでしょ?」
裕恵さんは、ふふふと笑い、「生意気小僧め」と言って首を絞める真似をした。
急に体に触れられて、高橋はドキッとする。
細くて、少し冷たい指が、優しく高橋の首を刺激する。
抵抗せずにいると、いつの間にか手は離れていた。
椅子に座り直した裕恵さんは、優しいけれど、どこか醒めた表情になっていた。
「もちろん幸せよ。ただ、まだ高橋くんには分からないかもしれないけど……夫婦って、そんな一言で言い表せるほど簡単じゃないもんよ」
そんなもんなのかな、と高橋は思った。
だが、目の前の体験者――それも自分と同じ歳の人間から言われる言葉には、説得力があった。
「そうでしょうね……木倉さんも大変そうですし」
「まあ、一樹がリストラされたことっていうんじゃないんだけどね。あの人も頑張ってくれてるから。うん、他にもいっぱい大変なのよ。やっぱり同棲とは違うんだし」
裕恵さんが横目で高橋を睨む。けれど表情は、最初の明るさに戻っていた。
「あっ、なんかゴメンね。結婚もまだの人に、こんな話……なんか同い年だから話しやすかったのかな」
「いやいや、勉強になりましたよ」
「何よりです。同い年だけど、結婚に関しては私の方が先輩だから。先輩」
裕恵さんが茶目っ気たっぷりに先輩風を吹かせたところで、奥の部屋から子供が起きてきて、裕恵さんに抱きつく。
「おかあさん、おなかすいたー」
「さっき朝ご飯食べたばっかでしょ。お昼ご飯は、もうちょっとしてからね」
それでも子供はぐずついている。
「そうだ。ご飯までの間、このお兄ちゃんに遊んでもらいなさい」
「え?」
「いいでしょ? 結婚の大変さには子育てもあるんだから。先輩からのご指導、ご指導。うん、それと昨日と今日の食費っていうことで」
裕恵さんは子供を抱きかかえ、高橋の腕の上に強引に乗せた。
横目でウインクすると、自分の役目は終わったとばかりに、「あー楽々」と言いながら肩を揉んでいる。
腕の上の子供は、まだぐずっていて、高橋は困惑した。
「お兄ちゃんね、トーマスごっこ大好きなんだって」
「おかあさん、それほんと? おにいちゃん、とーますやって!」
「じゃあ高橋くん、悪いけどお願いね」
「おにいちゃん、こっち」
高橋は子供に手を引かれ、隣の奥の部屋へ連れて行かれた。




