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快速四号  作者: ヤーツツ・トモミ
発車前
23/45

第6話ー④ サイコロ

人はなぜ、偶然である時の流れを運命と呼びたがるのだろう……。

それは、生きていることに意味を持たせたいからか?

人は、もとからありもしない自分の生きている意味を探ろうとする。生きていること自体に、意味なんて存在しないのに……。


しかし、意味はなくても意義はある。

要は、その人がどう生きていくかが大事なのであって、生まれてきた存在の出所に格段の意味があるわけじゃない。

だから自分の運命なんて考えるのは馬鹿げている……。

そう……自分が今に至った経緯には偶然も必然もあるだろうが、簡潔に言えば《サイコロを振って、何かの目が出た》それだけのことだ。

次に振って出る目とは、基本的に関係があるわけじゃない。


……そうだ。

そんなことは頭ではとうに分かっている。

そして俺も市川も、まだまだこれからの人生なんだ。

もう一度サイコロを振ればいいじゃないか。


――「高橋さんは……自分の想いを、簡単に断ち切って、すぐに前に進めます?」


市川は、先程までの酔いが嘘だったかのように冷めた顔で高橋を見た。


「私が看護婦になったのは、母のような目に誰も遭わせたくないから……。

ううん、それだけじゃない。遺された人……過去の私を、もう見たくないから……」


いつしか二人は、幹線道路を外れ、水路脇の細い路地を歩いていた。


「私は、その想いを忘れたくない。でも堀越さんは、世の中はきれい事だけじゃやっていけないって言った。

私には、この想いこそが全てで、それを失ったら、私は私でいられなくなる気がするのに……。

それとも、私の考えが、やっぱり甘いのかな?」


そう……考え出すと、いつも頭が混乱して、俺は訳が分からなくなる。

子供の頃、転校ばかりしていた時代……俺はいつも耐えてきた。

大人になれば、好きなように生きられる。

自分の考え方で、自分の思うように生きられるって……。


けれど、大人になって情報が入るにつれ、世の中は俺の中でどんどん汚くなっていった。


きれい事で何とか覆ってはいるけど、やっぱり汚くて、底なしに汚くて……。


個人は理想を持つ。

人々は建前を語る。

けれどシステムは現実を突きつけ、結局、生ぬるくバランスの取れた温度に適応できる奴だけが生き残っていく。

彼らこそが大人なのだろうか?

彼らこそが正しいのだろうか?


俺には、彼らに対抗できるだけの知恵も体力もない。

今の俺を動かしているのは、純粋な気持ち……。

死にたいという欲求。

死にたいという人を、楽に死なせてあげるという、他の人間にはできない間違った使命感。

それだけだった。


理屈では分かっている。

サイコロを振り直せばいいって……。

何度も何度も、振り直せばいいって……。


でも、今の俺の念いはどこへ行く?

今の俺には、この気持ちを捨て去ることなんてできない。

やはり過去は捨てられない。

ここまでのベクトルは、ずっとずっと繋がってきたものだから……。


「市川さん。君は大丈夫だよ。

そんな、きれいで純粋な気持ちを持っているなら……。

奴らが大人で正しいとしても。

俺たちがバカだとしても……」


市川は虚ろな眼差しではあったが、何かを納得したように深く頷いた。

彼女もまた、ひとつの決断をしたのだろうか。

この問題を告発することは、彼女にとって大きなリスクだ。

仕事を失うだろうし、彼女の言う通り、身に危険が及ぶ可能性もある。


……それでも、市川の純粋な想いは、高橋には眩しいほどだった。

それは紛れもなく、生へのベクトルだからだ。

俺のベクトルは、それとほぼ真直角に交差している。


市川が今まで、人間関係や恋でうまく世の中を渡ってきたように、今回のこともきっと乗り越えていくだろう。

高橋は、いつしかまた敗北感に満ちた目で市川を見ていた。


皆、いつからそんな大人になったのだろう?

そして俺は、いつからその成長を疎ましく思うようになったのだろう?


自分に本当の勇気がないことも分かっている。

本当に生き抜く努力の前に、怯えていることも分かっている。


……高橋は、自分の目指しているベクトルの行く先に巨大な空虚を感じ、目を瞑って息を呑んだ。

そんなことは分かっていたはずなのに。


それでも……高橋は、もう引き返せないと悟った。

自分の今や大部分を占める、純粋な死への欲求は、決してサイコロを振ることを許さない。

この気持ちは、もう俺自身であり、俺の全てなのだ。


もう考えるのはやめよう……。

気持ちがない限り、生へは戻れない。

これが、俺の望んでいる純粋な気持ちなんだ。


高橋の心は、僅かに残された生へのベクトルに細かく揺れながらも……

覚悟を決めた。


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