第6話ー① ウニの夜
市川の携帯電話にかけながら、そういえば女に電話するのはいつぶりだろうかと思った。
高校の時、好きな女の電話番号を友達から聞き出すところまでは良かったが、案の定うまく話せず、何度もかけるうちに完全に嫌われてしまったことがある。
今になって思えば、モテるということは、自分をうまく演じる能力なのかもしれない。
もちろん、ある程度のルックスは必要だろう。しかしそれ以上に、自分なりに確立したキャラクターを持つことが大事なのではないか。
笑いのセンスを磨いたり、時には下ネタを言っておちゃらけてみたり、時には真剣な顔を見せてみたり……。
そうやって他人に受け入れられやすい自分を、必死に作り上げる。
人が外見に注目するように、性格についても、結局見えているのは表面だけだ。
計算して作られたキャラクターの裏側は、きっと汚いものも多いだろう。
それでも人は、外見も中身も整っている方を選んでいく。
もちろん、それが悪いとは言えない。
賢い人間はそれを最大限に活用するし、どんなに鈍い人間でも、大なり小なり無意識にやっていることだ。
恋愛においては、そうやって自分を高く見せたり、逆に低く見せたりしながら、相手と付き合うための心の駆け引きが行われる。
そして、それが恋愛のひとつの醍醐味なのかもしれない。
――だが。
そこまで考えたところで、高橋は吐き気にも似た苛立ちを覚えた。
どうして人は、そんな面倒くさいことをするのだろう。
いや、しなければならないのか。
それは、より素敵な人と付き合うためだろう――と、心の奥から声が聞こえた気がした。
そうなのだろうか。
だったら俺には、一生恋愛なんて面倒なものはごめんだな。
もっと素の部分で恋愛ができたら素敵なのに……。
……おいおい、それはさすがに都合が良すぎるだろ。
もっとも、今から俺は市川と恋愛をしに行くわけじゃない。
話の薬――いや、情報を手に入れるために、彼女を利用するだけだ。
それでも、何年ぶりかに女をデートに誘うような感覚があって、少し可笑しかった。
市川との待ち合わせは、ターミナル駅前。
地元では「ウニ」と呼ばれている、大きな噴水がシンボルになっている場所だ。
彼女は、この治験のことを誰かに話したくて仕方なかったのだろう。
一度閉ざしていた口が外れると、堰を切ったように、高橋に向かってしゃべり始めた。
プロ意識の低さには正直笑ってしまうが、そのおかげで、平凡な人生を送ってきた俺のもとに、とんでもない情報が転がり込んできた。
――《究極の安楽試薬》。
それは、今の高橋にとって、一億円ほどの価値があるように思えた。
今、俺が本当に恐れているもの。
それは死そのものではない。
死に至るまでの、あの耐え難い苦痛だ。
その答えが、今、目の前に現れた。
それさえ手に入れば――。
高橋は、自分でも驚くほど大胆な計画を思いついていた。




