第5話ー① 深い穴と光
頭の上で煌々と明かりが灯っていて、やけに眩しい。
今は昼間なのだろうか。
目を開けようとしたが、意識がとても遠いところにあるようで力が入らない。体はふわふわしていて、妙に心地いい。
俺は今、どこにいるのだろう。
すごく遠いところから歩いてきた気がする。
幾日もかけて、深い深い穴の底から、頭上に見える小さな光に向かって上ってきた。光の円は少しずつ大きくなっていく。
俺はそこへ行きたいのだろうか。
それとも、ただこの暗闇が怖いだけなのだろうか。
下を見てはいけないと思った。
足下には、きっと自分を支えるものなど何もない。
もし見てしまったら——その瞬間、俺の体はどこまでも下へ落ちていくだろう……。
耳元で声が聞こえる。男の声だ。ひとりではない。二人、三人。
その瞬間、高橋はひどい頭痛を感じた。頭の芯が、電流を流された電磁棒のように、鈍く痺れている。
「田所先生……どうするんですか? この後……。堀越の過失とはいえ、治験中にこんなことが起きたのでは……」
「大森先生……私は、何があってもこの研究は続けますよ。幸い、被験者の命に別状はなかった……。上層部の連中に、何とか処理してもらいます。
田嶋を追い出され、私もだいぶ落ちるところまで落ちましたが……これだけは、どうしても形にしたいのですよ……」
「田所先生がそのお気持ちなら、私も全力で協力させて頂きます!」
「しっ! 大森さん、声が大きい。ここにいる医師の多くは、この研究のことを知らないんですよ」
医師たちはすでに高橋の病室から出ていたが、廊下で聞かれている可能性もあった。
ややあって、扉をノックして看護師が入ってきた。
「お連れの方ですか? すみませんが、そろそろ面会時間が……」
「はい、どうも……お世話になりました」
田所はそう言って軽く頭を下げ、無言で二人を外に促した。
病棟の玄関ロビーで、大森は終電があるからと、そそくさと二人と別れた。
「田所先生、これからどのように……」
堀越が傍らの田所に尋ねる。
「ひとまず……被験者の意識が戻るのを待ちましょう。連絡は私に来るようになっています。意識が戻り次第、治験事務所へ戻しましょう。
容体が安定するまでは危険ですからね……。被験者には、大学病院で精密検査を行った、とでも説明しておいて下さい」
「はい、分かりました」
「それより……あの看護師……市川さんだったかな? 今日は?」
「ええ……実は、この二、三日来ていなくて……」
「うーん、それも困ったね……。まあ、その件は君に任せるよ。ただ……このまま辞められても困るがね……」
田所は念を押すように、堀越の肩に手を置いた。
田所の元に、高橋の意識が戻ったという連絡が入ったのは翌日のことだった。
大学病院から治験事務所へ高橋を運ぶため、堀越、そして堀越に呼ばれた市川が病院に姿を見せた。
朝方の病院は、昨夜とは打って変わって患者で賑わっている。
最上階へ向かうエスカレーターは、最初は十人ほどでいっぱいだったが、上るにつれて人は減り、最上階に着いた時には二人だけになっていた。
最上階にある特別個室は、一般患者は立ち入れないのだろう。
大学病院が、ここにどんな人物を収容しているのか、堀越には見当もつかなかったが、相当なVIPか、病院と深い繋がりを持つ人物なのだろう。
田所と病院上層部が、どれほどの関係にあるのかは分からない。ただ、純粋な友好関係とは思えなかった。
田所の研究を知った上で協力しているということは、恐らく——。
市川の声は、電話越しでもひどく憔悴しているのがすぐに分かった。
「体調はどう?」
「ええ……すみません……心配をかけまして……」
「用件を伝えるよ。実は、高橋さんが治験中に急に意識を失って、大学病院に運ばれた。目を離してしまった私の過失なんだが……。
それで今日、意識が戻った。私と一緒に、高橋さんを治験事務所に運ぶのを手伝ってもらいたい」
「……堀越さん……やっぱり私、この仕事を続けることが……。それに、私が行ったところで……」
「いや、君に来てもらいたい。高橋さんも、女性の君がいる方が安心するだろうしね」
「でも……」
「辞めるかどうかは、その後で決めればいい。それに、今辞めても状況は悪化するだけだと思うがね……」
「……それは、どういう……」
「じゃあ、とりあえず、明日治験事務所に……」
そう言って、堀越は一方的に電話を切った。
——これは仕事なんだ。
堀越はそう、自分の胸に言い聞かせた。




