第3話ー③ ノンレムの扉
「……ノンレム睡眠に入りました……」
「早いな……何分だ?」
「三分四十六秒です」
「間違いなく、薬の効果が出ているな……。やはり、直接血管に入れたのが大きいか……。かなり量は抑えてはいるが……」
「経口型にした方が良かったのではないでしょうか?」
堀越が脳波計を確認しながら、大森を仰ぎ見る。
「試作品はできているが……あれをそのまま投与したところで、意味がないだろう。経口型に比べれば、多少危険ではあるが、より正確なデータを取るには、こっちの方がいい。結果も早く出るしな……」
「しかし、副作用が出ては、後々面倒なことになりませんか?」
「多少の副作用が出ても……」
大森は、残り少ない髪の毛を器用にU字型に整える。
「……仕方ないだろう。計画から、だいぶ遅れている。田所さんに顔を合わせる、こっちの身にもなってくれよ。それに、契約書にも副作用のことは、ちゃんと触れてあるわけだしな……ハッハッ」
「しかし……」
「大丈夫だよ……ずいぶん薬の量は抑えてある。心配ない」
二人から一歩下がったところで、ニセロリ看護師の市川が、緊張した面持ちで立ち尽くしていた。
「あっ……市川君、まだいたのかね。とりあえず、治験は一段落ついたよ。お茶でも入れてくれるかね。堀越君は、何にする?」
「あの……私、新米で、何も分からないんですけど……副作用がどうとか……治験って、安全に行われるものなんですよね……?」
市川は顔を紅潮させ、大森に少し食ってかかる勢いで問いかけた。
大森は、またもや髪をU字型に整える。
――多分、もうそれが癖になってしまっているのだろう。
「市川君……はは……いや、何だ。少しでも確実なデータを取りたい、という話だよ。もちろん、被験者には十分、安全を考慮した薬の量を投与している。君は、何も心配する必要はないんだよ。さあさ、突っ立っていないで、お仕事お仕事。堀越君は、珈琲かい?」
大森は、市川の質問を軽く受け流し、堀越の方へ向き直った。
「じゃあ、私は珈琲をいただきます……」
堀越も、それに応じる。
それでも、市川はまだ動こうとせず、大森に詰め寄ろうとしている。
「先生、そういえば、お茶っ葉が切れていました。よし……市川君、一緒に買いに行こうか……」
「えっ、でも……それに、お茶っ葉くらい、一人で買いに行けますよ」
「いやいや。他にも、いろいろ買うものがあるんだよ。君の原付じゃ、あまり積めないだろう? 先生……切れかけている薬もあるので、田所先生のところにも、寄ってきます」
「そうか……それは助かるよ……。しかし堀越君、じゃあ君一人でいいんじゃないか? 別に、市川君を連れて行かなくても……」
「少しは、彼女にも仕事をさせないと……。ほら、市川君、行くよ」
堀越は、大森の言葉を半ば遮るようにして、外へ出た。
突っかかる態勢に入っていた市川だったが、急に取り残された形になり、
「……じゃあ、私も行ってきますので……」
そう言って、慌てて堀越を追いかけた。




