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4 会いに来て

 本当は、父と母のように、おかえりとただいまを言えるようなそんな人と生きてみたかった。

 友人とおしゃべりしながら夜を明かす日を、ずっとなのだと思っていたかった。


「夢はいつか覚めるのね」


 どうしたって夢をみてしまっていた自分を知り、またハラハラと清美の瞳から水の粒が落ちた。




 ※ ※ ※




 あれから清美は、海へ行くのをやめた。


 源さんの元へ通ったり、川を泳いで過ごしたり、釣り人にご飯を振る舞ったりして、日常へと帰った。

 悪い夢を見ていた。

 そう思おうとしているかのように、彼女は積極的に日々をこなす。


 出会う前の当たり前。

 母が死んでからのルーチンのような毎日。


 だが。 

 わかめの香草焼きは、作れなくなっていた。




 コンコンコン。


 川の水底の、清美の家の玄関の戸を、叩く音がする。

 水に半ば浮かぶベッドの上、黒くたなびく黒髪を水流にされるがまま寝ていた清美は、響く音色にそのまつ毛の長く生い茂った瞳をうっすらと開けた。

 昨日は源さんと一緒になって夜通しお酒を飲んでいたものだから、頭がガンガンしている。

 居留守を使ってしまおう。

 彼女はそう決めると、二度寝を決め込んだ。


 コンコンコン。


 清美は反応しない。


 どんどん!


 次は少し強めのノック。


 彼女は心を無にしベッドに体を預ける。


「清美、さん」


 その声に、清美は思わず飛び起きた。

 寝ていたベッドの上から、掛け布団がでろりと落ちて水に揺れる。

 聞きたくない、いや、聞きたかったが聞けないとも思っていた声に、思わず彼女は玄関へと足を向けてしまっていた。


 そろり、とろり。


 一歩一歩足を前に出しながら、玄関の戸へと近づいていく。


「清美、さん?」


 彼が諦めた様子はない。

 なぜ、とか、なんで、とか、人間には無理なはずなのにとか、じゃあこの声は何とか。

 清美の頭の中は疑問と後悔と怒りと悲しさと、好意で一杯になる。

 そうして。


 思わず開け放った戸の先にいたのは、一羽のどこかつるりとした銀色のペンギンだった。


「清美さん!」


 そのつるりとしたペンギンは、彼女を見るなり抱きついてきた。

 ぎゅっと抱きしめようとしたその手はペンギンのそれだが、やはり硬くつるつるとしていて。

 ただでさえ背中に回すことのできない長さなのに、その素材から余計に抱きしめきることが難しくなっていた。

 けれどそのことを気にもせず、ペンギンは人型になっている清美をかきいだこうとする。


「ちょ、ちょっとあなた誰?!」


 清美はもみくちゃのようにされつつも相手に尋ねた。

 その声に、相手が正気に戻ったようで慌てて彼女から手を離すと一、二歩下がった。


「えっと、その……佐久朗です」


 言われ清美は絶句した。


「どうしてもどうしても、あなたに会いたくて。海で暮らせる機械の体を、手に入れたんです。もちろん、追い返されても文句は言えないのですが。話だけでも、聞いてもらいたくて……」


 銀色ペンギンは戸の辺りに立ちながら、モジモジと体をくねらせ両フリッパーの先を体の前で突っつき合わせている。

 その様子に、思わず彼女は口を開いた。


「……私が陸に上がった時に、話しに来ればよかったじゃない」

「あ……」


 今度は佐久朗が絶句した。


「考え、つきませんでした……」


 必死すぎですね、そうもらしながら照れ笑いしても動かない表情筋になってしまった彼に、清美の中で切なさとなんとも言えない感情が込み上げてくる。

 思わず、佐久朗のそのつるりとした銀色に輝く体を人型の両腕で抱き上げた。


「き、ききき清美さん?!」

「……どうして、ペンギンだなんて嘘、ついたの?」


 ぎゅっとして自分の顔を見られてしまわないようにしながら、清美が問うた。


「対岸の河べりで、一度あなたが泳いでいるのを見かけたんです。とても、綺麗だと思いました。それからちょくちょく見に行くようになって。ペンギンって種族で、陸では人型でないとかも調べて知りました。僕とは違う。けど、あなたのその、人とおしゃべりしてとても楽しそうだったりとか、心配してお世話をしたりする姿に、なんていうか、とてもいいなって。好きだなって思ったらもう止まれなくて」


 ごめん、という言葉を言う隙を与えまいというように、清美はつるりとしたその唇に唇を寄せ。

 そっと吐息を共有した。

 口端から漏れ出た空気が、泡となって水面へと上がっていく。


「馬鹿な人ね、こんな体になってしまったらもう。あなたと私、二人っきりよ?」


 唇を離しながら、清美は言った。


「確率が天文学的でも、家族が増えていく方が良かったですか?」


 わたわたとし始めながら、佐久朗が尋ねた。


「いいえ」


 清美は、刹那的なロマンティックもいいかもしれない、と思いながら佐久朗の狭くなった胸板に頬擦りする。


「二人がいいわ」


 その返事に、佐久朗は今一度、今度は抱きしめられたまま清美の頭にフラッパーをまわした。

 ひんやりつるりとした感触が、頭皮越しに清美の心を温めていく。


 時が止まったかのように、何かを大事にわかつように、二人はただひたすらその温もりを抱き合いながらたたずむのだった。




 お読みいただきありがとうございました!

 切なく色っぽい恋物語に少しはなっているといいなぁと思いつつ、このお話はこれにておしまいです。

 ご感想、ツッコミ等々何かございましたら、感想欄や☆1からの評価等でお知らせいただけたらありがたいです。

 それでは、またのお話でお会いできましたら幸いです。

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