レベッカの仕事
これは一体、どういう状況なのでしょうか。
今日は、お母様のお友達と気軽なお茶会・・・のはず。
そう、気軽な・・・。
お母様のお友達と・・・お友達!?
私の記憶が正しければ、この方はこの国の王妃様のハズ。
眼の前でにこやかに談笑してるけどね。
こっちは背中にイヤ~な汗かいてるんだよね。
私だけ帰っちゃ駄目かな~。駄目だよね〜。
取り敢えず、形式的な挨拶も済んだし、この場所から離れたい!綺麗な庭園でも散歩してようかな。
「あの、私この素晴らしい庭園を見学して来ても――――」
「あら、そんなに気に入ったのなら毎日でも来ていいのよ。王族専用の庭だから、レオンハルトにエスコートしてもらえばいいし。」
まさかの王族専用!
道理で他に誰もいないわけだ!護衛の騎士やメイド、侍女すら遠い位置に!完全なるプライベート空間。それに、王宮でレオンハルトといえば、王太子殿下では!?
「そ、そんな滅相もない!大丈夫です!目に焼き付けて帰りますから!」
「そお?それは残念だわ~。いい機会だと思ったのに。」
いえいえ、お気遣いなく!
そんな機会必要ないんで!
王太子殿下と言ったら、眉目秀麗、有智高才、とにかくモテる!
それなのに未だ婚約者を決めていないせいで、妙齢の令嬢たちが妃の座を狙って牽制しあっている。
そんな時に王族専用の庭園でエスコートされてるところを、万が一いや億が一にでも見られたら、針の筵だ。
こちらはお家柄目立つことはしたくないし、王太子殿下もこんな中級貴族の平凡な令嬢と噂になるなんて、不本意だろう。
「ところで、今日私をここに呼んだのは、ただお茶を飲みたかった訳じゃないわよね?」
お母様がにこやかな顔のまま、小声で呟いた。
「あら、そんな事ないわよ〜。テイラー伯爵家が隠している宝をなかなか見せてくれないから、お茶会の名目で呼んだだけよ。」
王妃殿下はしれっと笑顔で返す。
「テイラー家の宝って何の事かしら?平凡な伯爵家にそんなもの無いわよ。」
家にそんな宝があったなんて初耳だわ!
「隠さなくても良いのに。私とあなたの仲じゃない。ジルが休日の度にテイラー家に帰ってる事なんて、この城ではみんな知ってるわよ。レオンハルトが見たいって言ったら、そんな時間があるなら身体を鍛えろと、剣術の時間を毎日2時間も増やされたってボヤいてたわ。」
王太子殿下も気になるほどの宝!帰ったら問い詰めなくては!!
「まぁ、ジルはレベッカが可愛くて仕方がないみたいだからね〜。」
??急に私の話?
確かに3歳歳上の兄は私を可愛がってくれている。
兄は王太子殿下よりも一つ年上で、側近のうちの一人だ。
冷静沈着で、頭脳明晰、おまけに見た目も良いとくれば、王家からお声がかかるのも当然だろう。
ん〜、それより我が家の宝の話は?
「噂には聞いていたけど、想像以上ね!」
「あの、噂とは?」
「レベッカちゃんの事よ!冷静沈着、頭脳明晰、美形一家の嫡男にして王太子の側近のジルベルト・テイラーの妹!社交界デビューもまだなのに、様々な家庭教師から絶賛の嵐の深窓の令嬢!もちろんジル同様に頭脳明晰で、その姿はまるで人形の様な可憐さ!まさに!テイラー伯爵家の宝!ってね。」
誰のことだ?
デビュタントもまだなのに、噂がひとり歩きしてる!!実際の私と乖離しすぎていて、実感がないどころか、他人の事のようだ。
王妃殿下のあまりの勢いに、ポカンとしてしまう。
いかんいかん、アホ面晒してしまった。
どうやら世間と私達の間に齟齬があるらしい。
今度兄に相談してみよう。
「で、レベッカちゃんは、何が得意なのかしら?」
王妃殿下が更に小声になる。
「うふふ。この子も変身魔法よ。見た事あるものなら、動物にも変身できるのよ。」
「まあ!それはすごいわね!ジルの能力も素晴らしいけど、レベッカちゃんもテイラー家の血を受け継いでるのね!」
テイラー伯爵家といえば、王都の北に小さな領地を持ち、ドレス職人を多く抱えるドレス工房の経営で成り立つ、平凡な貴族である。
表の顔は。
しかしその裏で、ドレスを買いに来る貴族や商人の何気ない噂話や情報を数多く持ち、間諜として王家と繋がっている。
テイラー家とその縁戚の子どもたちは、ある一定の年齢になると様々な教育を施される。
各々の能力によって内容は変わるが、護身術や剣術、毒や薬の知識、外国語などそれは多岐にわたる。
そうは言っても、国家を揺るがすような犯罪は滅多にないし、テイラー伯爵家とその縁戚の手練れによって早々に処理してしまう事も多い為、訓練されているとは言えデビュタント前の子どもに仕事が回ってくることは、ほぼ無い。
余程の事がない限りは。
「ちょっとだけ、見せてもらえないかしら?ほんのちょっとだけでいいから!お願い!!」
この状況で王妃殿下に否と言える人がいるのだろうか・・・私は無理!
一応お母様を見遣ると、やれやれって感じで苦笑している。仕方がない。
「では、ちょっとだけ。」
私は軽く目を閉じると、体の中の魔力を集中させた。
すると私の体はみるみる小さくなり、あっという間に仔猫に変わる。
髪と同じ銀色の毛並みに、エメラルドグリーンの瞳はそのままだ。
「あらあら!なんて可愛いの!!ちょっとだけ触ってもいいかしら?ん〜〜〜!さらさらツヤツヤの毛並みに、クリクリのお目々!可愛らしい肉球!あー!癒やされる〜!」
サッと抱き上げられて、撫で撫でとムニムニの嵐!
もちろん爪を立てるわけにもいかないので、大人しくなすがままである。
それからしばらくの間、王妃殿下の膝の上でただひたすらに愛でられた。
あまりにも気持ち良いので、ちょっとだけうとうとしたのは内緒である。
「ミャーン」(お母様、助けて〜)
「ほら、レベッカもグッタリしてるわ。ちょっとお散歩にでも行かせてあげて。」
「うふふ、ごめんなさい。可愛くてつい。ほら、庭園内なら安全だから、お散歩してらっしゃい。」
「ミャー」(やっと開放された!)
王妃殿下がそっと芝生の上に下ろしてくれる。
折角だから、このまま庭園を散歩させてもらおう。
お兄様がとても素晴らしいと言っていたから、一度でいいから来てみたかったんだよね。
仔猫の姿のままトテトテと歩き回る。
庭園はとても素晴らしい。
季節に関係無く様々な花が咲いているということは、誰かがその様に調整しているということだろう。
500年程前には誰もが魔法を使えたらしいが、今はちょっとした生活魔法くらいしか使えない者も多く、例え魔法が使えたとしても大っぴらに宣伝したりしない。
悪用されたり、監禁されたりすることを防ぐためだ。
国王陛下と王妃殿下だけは把握しているらしいが、それも定かではない。
テイラー伯爵家は元々魔法使いの末裔で、間諜の役割もある為に王家とは関わりが深い。
とは言え、只の伯爵家が王家と懇意にしているなど普通は有り得ないので、普段は蝶や鳥の形を模した伝達魔法でやり取りしている。
くんくん
「ミャー」(良い香り〜)
「ミャ?」
カサブランカの香りを嗅いでいると、ヒョイッと首の後ろを持ち上げられる。
「ミャーミャー!ンミャー!!」(もう!誰よ!おーろーせー!!)
「こんな所で何してるの、ベッキー?」
あっ、この声は――――そーっと後ろを振り返る。やっぱりお兄様!
「母上と一緒に登城したと連絡があったのだが、こんなところで日向ぼっこかい?」
「ミャーミャミャミャーン。ミャーミャー。」
(そうなの。ちょっとお散歩してたのよ。お母様はまだ王妃殿下とお話中よ。)
「そう。じゃぁ、私も王妃殿下にご挨拶しよう。」
私を両手に抱きなおすと、お母様たちのいる四阿まで運ばれてしまった。
「ジル!ご機嫌よう。もう見つかっちゃったのね。レオンハルトは一緒じゃないの?」
「ご歓談中失礼したします。王妃殿下。王太子殿下は執務中ですよ。私はこの子の魔力を感じたので、様子を見に来ただけです。さぁベッキー、母上と一緒に邸にお帰り。迷子になったら大変だし、厄介な奴に見つかりたくないからね。」
「ほう。誰が厄介なんだ?」
「レオンハルト殿下、ご機嫌麗しゅう。」
お母様が立ち上がってカーテシーをする。
「楽にしてくれ、テイラー夫人。」
この人がレオンハルト王太子殿下!
黒髪にバイオレットの瞳は国王陛下と同じ色ね。
上品な所作や程良く低い声で人気があるのも頷ける。
銀髪に浅葱色の瞳のお兄様も負けてはいないけど、どちらも見目麗しいから、令嬢たちがキャーキャー言うのも分かるわぁ。
チッ
「レオ、執務はどうした?」
お兄様舌打ちした??
「いや~、ジルが血相変えて出て行ったから、気になっちゃって。」
「ちゃんと雑務で席を外すと言っておいたはずだが?」
お兄様その言い方は不敬ではないのかしら?
っていうか、この二人の力関係どうなってるの?
見てるこっちが冷や汗かくわ!
「まあまあ。ところでテイラー夫人、その仔猫はテイラー伯爵家の?」
「え?ええ。ベッキーですわ。以後お見知り置きを。」
「覚えなくていい。二度と会うことはない。」
「ジル酷くない?ベッキーおいで。」
これ、行かないと不敬になるやつ?
でもお兄様も不機嫌オーラ凄いしなー。
ん〜、どうするかな。
なんだかんだ迷ってるうちに、お母様の手から王太子殿下の手に渡されてしまった。
お兄様が忌々しそうに殿下をにらんでいる。
「へぇ、銀色の毛並みにエメラルドの瞳かぁ。珍しいな。それに、可愛い顔してるね。」
撫でられる手はとても優しい。
動物好きなのかしら。
「可愛いのは当たり前です!それにこの子はとても賢い。さぁ、もういいでしょう。返して下さい。」
「もう少しくらい良いだろう!そうだ!この子がいれば、癒やされるし、執務が捗りそうだな!あの件に関しても何かいい案が浮かぶかもしれない!」
??あの件?
「そうねぇ、ただの悪戯だと思うけど、実害が出てからでは遅いし、調度今アリアに相談してたところなのよ。」
王妃殿下が溜息をついてお母様に向き直る。
「で、どうかしら?アリアの意見を聞きたいのだけれど。」
王妃殿下の話だと、どうやら王太子殿下は命を狙われているらしい。
と言っても、それは前々からあったことで、今に始まったことではないようだが。
王妃殿下とお母様の話を要約すると、今から10年程前に王弟殿下を国王にしようとする動きがあった。
しかし、王弟殿下にそのつもりは無く、堅苦しい王族としてではなく家臣として国王陛下を支えていきたいと、恋人であった子爵令嬢と結婚し、王位継承権を返還した。
周りの反対は多少あったものの、現国王が有能であることと、出来の良いレオンハルト殿下が王太子になった事で、次の世代の見通しもたち、安心した貴族達の大半はそれを認めた。
ここで諦めきれないのが王弟殿下と縁を繋ごうと思っていた人達で、王弟殿下がダメなら王太子殿下に取り入ろうと、自分の娘や血縁の娘を夜会や茶会に送り込み、売り込みに必死になった。
しかしそれをのらりくらりと躱し、未だ王太子殿下は婚約者を決めていない。
そして、そんな王太子殿下に業を煮やした輩が、現在暗殺を企んでいるらしい。
お母様の話では、某伯爵家と某男爵家が手を組んで、王太子殿下亡き後、王弟殿下を後継に推し、王位継承権を復権させ、その後で元子爵令嬢の夫人を排除する計略のようだ。
「フミャー!!」(なんて身勝手な!)
「まぁまぁ、ベッキー落ち着いて。」
お兄様が頭を撫でてくれる。うん、心地良い。
「そうだわ!ベッキー、あなたが護衛しなさい。」
「は⁉」
「ミャ⁉」
お兄様と変なところで被ってしまった。
「いやいや、母上。ベッキーはまだ子どもで・・・」
「何言ってるの。ジルも15歳の時にはこれくらいの任務はこなしていたでしょう。」
「ですが、母上。王太子殿下の護衛は近衛も私達側近もおりますので・・・」
「そうね。昼間はそれでいいでしょう。しかし相手は暗殺者。夜だからと待っていてはくれないわ。それとも、貴方達が交代で毎日殿下の私室に泊まる?それこそ不本意な噂が飛び交うでしょうね。王太子殿下は男色家だの、側近は愛人だのと。」
「うっ。ですが・・・」
はぁ〜〜〜
お兄様は私の顎の下を撫でながら、深い溜め息をついた。
「ベッキーは、それでいいのか?」
「ミャーン」(任せて!返り討ちにしてやるわ!)
「いや、殿下の私室の扉の外には護衛がいるから、何か異変があれば知らせるだけでいいんだぞ!」
お兄様はまた深い溜め息をついた。
―――――そんなこんなで、2週間が過ぎた。
私は王太子殿下の護衛をしている。猫の姿で。
昼間は今まで通りお兄様を含む側近、近衛騎士が殿下をお守りしている。
そう、私は夜に王太子殿下の護衛をしているのである。
殿下の私室で寝ずの番だ。
いくら護衛の為とはいえ、普通は殿下の私室に泊まり込むなんて事は出来ない。
それ故の猫の姿なのである。因みに、この仔猫が伯爵家の娘だと言うことは、殿下は知らない。
王妃殿下が面白がってお母様とお兄様に口止めしたからだ。
悪戯好きな王妃殿下に、お母様はやれやれと呆れ、お兄様は苦虫を噛み潰したような顔をしていた。
私はと言うと、王太子殿下を不憫に思っていた。
だって、見ず知らずの女に、知らず知らずの内にプライベートを見られてるんだもの。
昼間のうちに散歩(運動)と昼寝(夜寝れないので仮眠)をして、情報交換と共にお兄様におやつを貰う。
そして、夜に備える。
最近は侍女やメイド、騎士など色々な人に可愛がってもらえるので、ちょっと楽しくなってきた。
テイラー伯爵家の猫ちゃんとして、愛想を振りまく毎日である。
そして、ちょっと気になる噂を耳にした。
ミリアナ・シュベルツ侯爵令嬢が王太子殿下の婚約者に決まりそうだというものだ。
お二人は幼馴染で、貴族の通う王立学園で再会し意気投合。中庭で将来を誓い合った、と。
うんうん。有り得るわね。
シュベルツ侯爵家といえば、鉱山を有する領地で財を成しており、つい先日国内でも有名な商家と業務提携して、最近特に力をつけてきた上位貴族だ。
そしてミリアナ嬢は庇護欲をそそるその可憐な見た目で王立学園でも大人気なんだとか。
この婚約が決まれば、王太子殿下に大きな後ろ盾ができる。
王弟派の貴族達も諦めるのではないか。
この婚約が整えば護衛も終わりかな、と庭園でお兄様におやつを貰いながら確認してみた。
しかし、
「それは有り得んな。ミリアナ嬢はレオの一番苦手なタイプだ。その姿を確認するなり進路を変更し、万が一にも絡まれないようにしている。」
とのことだ。あれれ?おかしいなー。メイドの皆さんが楽しそうに噂してたけど?
「噂の出処はこちらで調査してみる。ベッキーはもうしばらく護衛を頼む。」
「ミャ!」(了解!)
「ジル!こんな所にいた!ベッキーのおやつの時間になるといつの間にかいなくなるから探したよ。」
「家族の団欒を邪魔するな。」
「冷たいな〜。ほら、ベッキーおいで。」
「ミャーン」(今日のおやつは何かな〜)
「あはは。ベッキーはかわいいな~。」
今日も王宮のお菓子は美味しかった。
噂の出処は側近の皆様に任せて、私は今日も殿下の私室で目を光らす。
猫だから、暗い所でも難なく見えるし、耳も良い。
今日もいつもと同じ位置(部屋全体が見渡せる殿下のベッド脇にある椅子の上)で、全神経を研ぎ澄ます。
今夜の護衛は、リード様とガルフ様。
二人共殿下が信頼している騎士様だ。
眠くならないようにコソコソ雑談しているが、猫耳にははっきり聞こえる。
それとは別に、今夜はもう一つの気配。
・・・これは、誰?
全神経を集中させる。
扉の方ではない。
誰かに見張られてる?
殿下も気付いたのか、殿下の気配も変わる。
だがお互いに微動だにしない。
一瞬の隙に仕掛けてくるだろう。気儘な猫のフリをして椅子から降りると、相手の気配を探る。
ふわっと生暖かい空気が揺れたのがわかった。
私は姿を変えてその人物の背後に立つと、右手のナイフを首の位置に、左手のハンカチで鼻と口を塞いだ。
「動かないでくださいね。1ミリでも動けば、あなたを殺します。」
全身黒ずくめの男は、コクコクと頷いている。
どちらが優勢か理解したようで、微動だにしない。
そして意識を失い、その場に崩れ落ちた。
王太子殿下は飛び起き、私と崩れ落ちた塊をみて唖然としている。
「え?死んでる?まさか、殺した?」
「睡眠香でちょっと眠って頂いただけですわ。」
「・・・君は誰だ?」
「お初にお目にかかります。レベッカ・テイラーと申します。」
「・・・テイラー・・・!!」
物音が聞こえたからだろう。廊下が騒がしくなってきた。
「では殿下、ご機嫌よう。」
私はカーテシーをすると、仔猫の姿に戻り、暗闇に紛れてこの部屋を後にした。
呆然としている王太子殿下を残して。