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この作品には 〔残酷描写〕が含まれています。
苦手な方はご注意ください。

ボクはきっと、今日死ぬだろう

作者: くま

夏のホラー2022用に執筆した作品です。

少しでも皆様に面白い、或いは怖いと感じて頂ければ幸いです。


22/9/10 誤字脱字修正

 さきにかいておく。

 

 だれもなにもたすからない。

 なんでこうなったのかぼくにはわからない

 わからない

 けど

 いつかだれかが

 といてくれるって

 そうしんじて

 る






■起


 ボクの家には不思議な習慣がある。

 それは夜遅くに、パパとママと一緒に、ラジオを聴くことだ。

 と言っても、お笑い芸人さんがやっているラジオみたいなのではなくて、全然別のやつ。テレビに出ているような人じゃない。そんなのとは違う。もっとすごいやつ。

 ボクたちは、神様の言葉を聞くんだ。


「起きていたか。えらいぞ、■■。さぁ、今日もお告げを聴こうな」


 その時間が近づくと、ボクたち家族は神様の部屋に集まる。

 神様の部屋っていうのはボクが勝手に名前を付けているだけなんだけど、神棚?っていうのがあって、それからお供え物あるし、間違ってはないと思う。

 それと、ラジオ。

 すごく古くて、小さなラジオが、その棚には飾られている。


「さ、正座して。時間だ」


 パパに言われた通り、ボクもママも正座する。下に座布団を敷かないから、時間は短いんだけど足がしびれるし、ボクはあんまり好きじゃない。けど、しなきゃいけないから従うしかない。


【ガガッ――――】


 時間は夜の0時。その時間になると、ラジオを通して神様が何かを言うんだ。

 で、その言葉を聞くのが、ボクたちの家の習慣。必ず、みんなで、聞くんだ。


【ガッ――――■■は今日――――】


 ラジオから流れる音声はすごくうるさい。余計な音が混ざっている。

 だけど不思議なことに、話している内容は聞こえる。


【今日――――家の玄関を――ザザッ――掃除しなさ――――しなさい】


 まぁ話すというか、一方的に言われるっていうほうが合っているんだけど。

 今回で言うと、ボクは明日玄関の掃除をしないといけないんだ。……面倒だなぁ。


【●●は、ガガッ――――今日――――】


 パパとママにも、ボクと同じようにラジオの神様から何かを言われる。パパは仕事のことみたいで、ママは友達のことみたい。よくわからない。

 ぷつっ。

 そして話が終わると、神様はそれでいなくなってしまう。ラジオが切れたのが合図。神様が言うだけ言って、それで終わりだ。他に何かがあるわけじゃない。

 「パパ、ママ、おやすみなさい」「うん、おやすみ」。そんな会話をして部屋に戻ってしまえば、もう終わりだ。あ、もちろん言われたことはやらなきゃいけないんだけど。お話を聞くっていうのは、これでいったんおしまい。


「掃除、めんどくせー」


 ママは綺麗好きだから、そんなに玄関は汚くないけど、でも掃除って面倒。正直嫌だ。もっと楽なのがいい。花に水をあげるとかさ。

 でも言われちゃったしやらないと行けない。だってやらないと、転んで怪我したり、犬の糞を踏んだりと、嫌なことが起きるんだ。この前うっかり忘れたときなんか、掃除の時間に水槽壊しちゃって、反省文を書かせられたんだ。……言われたことを忘れていたボクが悪いんだけどさ。

 あ、でも、ちゃんと達成すれば、悪いことが起きなくなるだけじゃなくて、良いことだって起きるんだ。


「この前はよかったなぁ」


 例えばだけど、給食のデザート争奪戦で一人勝ちするとか、お金を拾うとか、テストの勘が当たったりする。特にお金が拾える系はラッキーだ。この前なんか5000円も拾った。それで欲しかったゲームソフトが買えたんだよね。もちろんパパにもママにも内緒で。ほんとあれはすごく美味しかったな~、へへっ。


「ちゃんとやるから、いいことがありますように」


 神様が聞いているかわからないけど。

 ちょっと大きめに独り言を口にして目をつむった。

 お金系だと尚更よしってやつだ。






■承


 結果から言うと、今回の達成のご褒美はお金じゃなかった。テスト系のやつだった。

 まぁそれはそれで、点数が良ければパパもママも喜ぶし、先生には褒めてもらえるし、友達からは羨ましがられるから、悪いことじゃない。……本当はお金のほうが良かったけど。

 毎日神様から色んなことを言われるけど、やっぱり内容が難しければその分ご褒美も大きくなる。掃除程度だと、お金にはならないみたいだ。そういえば5000円拾ったときは、人助けを10回以上しなさいとかだった気がする。すごく面倒くさかった。


「すげーじゃん、■■! 一人だけ、100点だ!」


 ぼぉっとしていたら、友達にテストを見られて騒がれる。ま、気分は悪くないよね。


「タキモトだって今回は100点じゃないんだぜ! ■■すげーっ!」


 クラスのお調子者でもあるエータが騒ぐおかげで、めちゃくちゃ注目が集まる。うん、悪くないね!

 でもタキモトが100点じゃないのは意外だ。タキモトってすごい勉強ができて、いつもテストは100点を取っている。100点取れなくても、クラスで最高点の場合がほとんど。だからすごく珍しい。


「へー、タキモトが間違えるって珍しいね」

「さっき見たら2問間違えて90点だった」

「こらっ!」


 悪びれもなく点数をばらすエータを、先生が叱った。まぁ、デリカシー?ってのがないからね、エータは。


「勝手に点数をばらすな。そもそもお前はタクヤの半分も取れてないだろうが」

「だってムズイんだもん、今回のテスト。仕方ないよ~」

「なーに開き直っていやがる……と言いたいが、今回は難しめに作った。実際90点を超えたのは■■とタクヤだけ。クラスのほとんどは70点以下だったからな」

「じゃあ俺って良いほう?」

「いいわけないだろうが。……ま、エータは置いておいて、2人は本当によく勉強をしてくれたな。先生は嬉しいぞ」


 先生に褒められる。もちろんいい気分だ。そりゃ正当に勉強はしてなくて、ほとんど神様からのご褒美みたいなものだけどさ。


「みんなも2人を見習って普段からちゃんと勉強しておけよ。特にエータ!」

「えぇぇ、ナツなんて俺以下の20点じゃん! なんで俺だけ言われるのさ!」

「おいバカ、エータふざけんなっ!」


 さりげなく点数をバラされるナツ。どうやら本当にみんな今回点数悪いみたいだ。……これじゃズルしたみたいだ。全然違うけど。




「クッソー、めっちゃ悔しー! この前まで俺たち同じレベルだったのさぁ!」

「ナツ君、最下位! ナツ君、最下位! 20点!」

「うっせ! エータ! お前だって25点でほとんど変わんねーだろ!」

「ざんねーん、5点上ですー」

「殺す!」

「ナツ君の乱暴者! フラチ! ロウゼキモノ!」

「なんだよ、それ?」

「さぁ?」


 帰り道。いつもの3人で帰る。ナツは今日のテストが相当悔しかったみたいで、しつこく今日のテストのことを言ってきた。普段だったら絶対口にしないのに。

 そんな2人を見ながら優越感を覚える。神様のおかげではあるけど、結果は結果だ。しかもクラスで一番。たった1人だけの100点。本当にいい気分だ。


「あ、タキモトだ」

「ホントだ」


 ぎゃいぎゃい騒いでいた二人だけど、人影を見つけてを足を止める。2人の言う通り、前にはとぼとぼと歩いているタキモトがいた。


「あれ? あいつ今日塾じゃなかったっけ?」

「塾? マジ? まだ勉強すんの、あいつ」

「なんかタキモトのお母さんって、教育ママってことで有名らしいよ」

「へー? よくわかんねーけど、大変そー」


 その話なら知っている。前にママが話していた。なんでも週のほとんどは塾とか習い事で埋まっているらしい。絶対平日は空いていないんだと。

 でも今日のタキモトは、どこに行く様子もなくてふらふら歩いている。家とか塾とかは反対方面だ。


「アイツだってヒマな日があるんじゃねーの?」

「かもなー。勉強ばっかとか息詰まんじゃン」

「つーか勉強で思い出した。次のテストで50点以下だったら、俺塾入れるからって脅されたんだ」

「うわー、ゴシューショーサマー」

「……帰りたくねー」

「はいはい、現実の道はあっちだよー」


 ……エータも色々とあるのかもしれない。この前テレビでやっていたけど、中学の受験勉強のために、塾に行く奴も増えているらしい。エータの家も、そうするのだろうか。


「しかたねー、帰るわー。じゃあな、■■!」

「また明日なー」

「バイバーイ!」


 手を振って、エータとナツと別れる。2人は近所同士で、帰り道が殆ど一緒だ。だからここから家までは、ボク1人だけ。

 ……いや、違うか。今日は1人じゃない。目の前をタキモトが歩いている。


「……よっ、珍しいじゃん! どうしたのさ?」


 ちょっとだけ悩んで、それからタキモトに話しかける。タキモトはボクの事に気が付いていなかったみたいで、声をかけたら面白いくらいに飛び跳ねた。


「え、あ、■■?」

「や。どうしたん? 家反対っしょ?」


 タキモトとはあんまり話す方じゃないから、こっち方面を歩いているワケを訊いてみる。すると、これまた面白いくらいに眼を逸らして言い淀んだ。


「あ、その、えーと……」

「え、もしかして塾サボっているとか?」


 ボクとしては冗談のつもりで言葉を掛けた。が、正解だったらしくて、あからさまに眼が泳いだ。

 うわー、本当にサボりだったんだ。真面目君なタキモトの意外なところに、ちょっと驚いた。タキモトだってサボるんだな。


「リ、リフレッシュだよ」


 散々迷って、タキモトから出てきた言葉は随分と間抜けな言葉だった。


「……ごめん、内緒にしてほしい」


 そしてどうやらあんまり嘘もつかないらしい。言葉をすぐに直した。それにすごく後悔している、って感じの顔だ。


「別に良いけどさー。てかそんなに塾行きたくないもんなの?」


 塾に行った事が無いからよく分からないけど、サボるくらいなら行かなきゃいいのにって思う。まぁ教育ママがいるくらいだし、色々とあるんだろーけど。


「その……ちょっと、今は、ね」


 なんか歯切れの悪い言葉。いいけどね、別に。


「サボりならさ、駄菓子屋いこうよ。かえる屋。公園近くの。ヒマなんでしょ?」




 かえる屋って言うのは、近所の駄菓子屋だ。ボクらみたいな学校帰りの子どもが、お小遣いを握りしめてよく来る店。

 でもタキモトは来た事が無いみたいで、珍しそうにキョロキョロと店内を見ている。


「おばーちゃーん、この10円のちょーだい、2つ」


 とりあえずいつも買っている、当たりくじ付きのお菓子を手に取ってレジに行く。2つで20円。で、一つをタキモトに投げ渡す。


「へ、え?」

「おごり」


 食べたことが無いんだろう。タキモトは受け取ったはいいが、どうすればいいのか分からずに戸惑っている。仕方なく先にふたを開けて見せると、おっかなびっくりって感じで同じように開けた。


「なに、初めてなん?」

「んー、まぁ、そう」

「ふーん。あ、ふたは綺麗にとれよ。裏に当たりくじ書いてるから」


 そう言って、空けたふたを見せてやる。裏には当たった時の金額が書いてあって、同じ額の分だけお菓子と交換できる仕組みだ。ちなみに僕は20円当たった。これも神様のおかげかな? なんにせよプラマイゼロ。


「そうなの? あ、10円」

「やったじゃん。10円分好きなお菓子と交換して来いよ」


 まぁ10円じゃあ同じやつしか買えないけど。あとはガムかチョコか。

 でもタキモトは珍しそうに眺めているだけで、交換しに行こうともしない。


「……そんな当たりくじ珍しいの?」

「あ、や、違うんだ。……こういうお菓子があるんだな、って」

「はぁ? 何それ? もしかしてマジで駄菓子屋知らんの?」


 かえる屋って結構学校内では有名な店なのに知らないって事は、そもそもこういう店を知らないのかもしれない。そんな馬鹿なって思ったけど、聞いてみるとタキモトは恥ずかしそうに頷いた。


「うぇ、マジ? じゃあいつも何してんのさ?」

「いつもって……まぁ、勉強とか、あとは習い事したり」

「えー……信じらんねー。学校とは別に勉強しているってことかよ」

「まぁ、再来年は中学受験の年になるし。今からやっていても遅くはないから」


 うわー、なんか難しそうな言葉出てきた。噂の通りみたいだ。これエータがいたら頭痛で倒れるね、間違いなく。


「そんな勉強して楽しいか―?」

「楽しいとか楽しくないとか、そういうんじゃないから」

「わっけわかんねー」

「……僕だって、勉強は嫌だよ。でもしないと。ママが怒るから」

「あー、噂の教育ママってヤツ?」

「……まぁ、そう」


 大変そう。その点ウチはそう言うの無くて良かったと思う。ホントにそう思う。


「最近、学校のテストの点数落ちててさ。帰ったらまた説教だよ……」

「90点も取っといて?」

「ママは学校のテストなんか100点取って当たり前って思っているんだ。それに……塾の全国テストも順位落としちゃったばっかりなんだ。帰りたくないよ……」


 言って、盛大に肩を落とす。これはまぁ……何と言うか、深刻そうなやつだ。


「今回さ、先生も言ってたじゃん。難しく作ったって」

「そんなの聞きやしないよ」

「さいですか……」

「……■■はどうやって最後の問題解いたの?」

「カン」

「聞かなきゃよかった」


 そう言われてもなぁ。カンなのは本当だし。そのカンを働かせてくれたのは神様なわけだし。ボクには何とも言えない。


「どんだけ勉強しても、分からないところが出たらそれまでなんだ。それ以上は何も出来ないよ」

「あー、まぁ、そうだよね」

「なのにママは分かって無いんだ。何を言っても兄さんみたいになれって。ずっとそればかり。兄さんが上手くいったからって、僕にまで押し付けないでほしいよ」

「へー、タキモトって兄さんいるんだ。どんくらい上なの?」

「えーと……今、大学生なんだ。僕より10以上歳は上だよ。今は海外の大学に行っているから、中々会えないんだけどね……」


 学年で一番頭の良いタキモトにも色々と抱えているものがあるみたいだ。本当にタキモトの家に生まれなくて良かった。心からそう思う。


「……カンでもマグレでも何でもいいよ。学校のテストくらい、100点取りたかった」


 ……なんか今の言葉はカチンと来た。つーか、さっきから聞いていると一々ムカつく様な言い方するよなぁ、タキモトって。なんてっか、見下しているって言うか、舐めているって言うか。


「もし簡単に100点取る方法があるって言ったら、どうする?」

「……は? なにそれ? ある訳ないじゃん、そんなの」

「それがあるんだよなぁ」

「カンニングでもすんの?」

「違うよ神様に――――」


 そこまで言ってから、しまった!って思った。神様の事は秘密にしておくようにってパパもママも言っていた。言っちゃいけない事なんだ。


「神様? あー、神頼み? ……それで取れたら苦労しないよ、馬鹿じゃないの」

「じゃあその神様に負けたタキモトは馬鹿以下じゃん」


 タキモトの反応は当然だと思う。神様に頼むなんて言われても、信じられる人なんていないと思う。

 だからここで、適当なこと言って誤魔化せば良かった。有耶無耶にすればよかった。

 ……けど、


「90点じゃん、ボクより10点低いじゃん」

「……マグレの癖に」

「えー? じゃあタキモトはママにそう言うんだ? マグレに負けましたーって。100点取れなかったし、マグレにも負けましたーって。受験なんてできましぇーんって。そう泣きつくんだ?」


 ボクだって神様を馬鹿にされて黙ってはいられない。例えマグレでも、そのマグレは神様に従ったから取れたんだ。タクヤに馬鹿にされていいものじゃない。


「泣きつくわけないだろ!」

「はいはい、ママのおっぱいでも吸ってろよー」

「うっさい! 殴るぞ!」

「わー? 口で勝てないなら殴るんだ? 負け犬の考えだね!」

「う、うるさっ、うるさいっ!」

「バーカアーホドジマヌケ―。勉強できても口じゃ勝てない負け犬ちゃーん。一生ママの言いなりになってろよ弱虫泣き虫タキモトタクヤちゃーん」

「うぅ、ひぐっ」

「えー? どーしたのー? 負け犬だから人間の言葉喋れないのー? 負け犬泣き虫べそかき――――あっ」

「ひぐっ、うあ、うわぁぁぁああああああっ!!!」


 ……ヤバい、本気で泣きだしちゃった。






■転


 結局。

 あれから泣きだしたタキモトをなんとか落ち着かせて。

 なんやかんやとボクのところの事情を話し。

 最終的に神様が喋るところを見てもらう事になった。

 と言っても、しっかり目の前で確実に、ってわけには行かない。

 だってパパやママにバレるわけには行かないからだ。


「なんだっけ、こういうの。安請け合い、だっけ」


 はぁ。思いっきり溜息を零しながら、自分の部屋でどうしようか悩む。もしもバレたら、大目玉をくらう事間違いないからだ。

 と言うのも。昔まだボクが小さかった頃、ポロリと友達に神様の事を言ってしまった事がある。そしてその事がパパとママにバレて、ものすごく怒られたんだ。なんなら殴られたし。滅茶苦茶痛かった。

 あれから数年経ったとはいえ、まだまだパパやママの方が身体も大きいし力も強い。もう一回同じことをやれば、今度はもっと痛い事になるかもしれない。

 絶対に秘密にしなきゃいけない。

 そう言われているんだよなぁ……


「1週間後かぁ」


 ちょうど1週間後に、タキモトのパパとママは泊まりで出かけるらしい。その時なら空いているからと、タキモトから無理矢理約束させられてしまった。

 当たり前だけど、ボクのパパとママは1週間後も家にいる。というかいつもいる。

 となると、隠れて見てもらうしかないわけで。


「ゆううつだー」


 何でボクがこんなに悩まないとならないのか。はぁ……

 まぁ言っても仕方がない。約束してしまった手前、流石に破るわけには行かないし。

 こうなったらどうにかしてバレずに見てもらう方法を考えなきゃいけないわけで。でもどうしたもんかねぇ……




 〇△□なんやかんやで、1週間経過□△〇




「てことで、タキモトには後ろから隠れて見てもらう事にした。オッケーだね」

「待って、それ本当に上手くいくの?」


 1週間が経過して。

 最終的にボクが考えた作戦はこうだ!

 ①タキモトには時間になるまでボクの部屋に隠れてもらう。

 ②時間になったらパパたちに呼ばれるから、ボクたちの後をついてきてもらう。

 ③神様の言葉を聞いてもらう。

 ④終わったらボクがパパとママに適当に話しかけて時間を稼ぐから、その間に部屋に戻って隠れてもらう。

 ⑤朝方に窓から脱出してもらって無事完了!

 うん、完璧だ!


「あー、■■……いや、いいや。大丈夫でしょ、うん」


 なんかタキモトは納得いかない様子だけど、これ以上完璧な方法はないよ。うん。

 てことで早速、ママが買い物に行っているこの時間を利用して、タキモトを家にあげる。勿論靴を残したままにするなんて初歩的なミスはせず、全部僕の部屋に隠してもらう。

 あとは時間を待つだけだ!




 結果から言えば。

 作戦は殆ど成功した。

 考えていた通りに事は進んだし、パパとママにバレる事も無かった。神様から指摘される事も無く、いつも通りにお告げも聞いて。当然、それは隠れているタキモトにも届いたはずだった。

 なのに、


「……おかしいよ、■■」


 部屋に戻ったボクを待っていたのは、タキモトの驚いたような顔でも、喜ぶような顔でも無かった。

 恐れ。怯え。恐怖。

 そんな、顔。


「なんだよ、アレ……冗談、だよね」

「冗談って、何が?」


 ムッと来て、少し強めに言葉が出た。でもタキモトは変わらず怯えたままだ。青ざめた顔で、ボクと目を合わせようともしない。


「……何も聞こえなかった。■■の言う、神様の声なんて、なにも」

「なに言ってんのさ。ちゃんと言っていたよ。『今日は川辺のゴミ拾いをしなさい』って」


 そう、今日のお題は面倒なのだ。川辺のゴミ拾い。休みの日は大抵面倒な事を言われるのだ。今からゆううつだ。


「それとも遠いと聞こえないのかな?」

「違うよ、■■。そんな事じゃないよ」

「?」

「声なんて聞こえなかった。雑音しか聞こえなかったよ。僕はあの砂嵐みたいな雑音しか聞こえなかった」


 それはおかしい。雑音が聞こえるのなら神様の言葉だって聞こえる筈。確かに聞き取り辛いけど、神様の声は雑音とは全然違うんだから。


「僕には何も聞こえていないよ。■■たちが、雑音を出すだけのラジオに祈っている姿しか見えなかった」

「そんなわけないよ! ちゃんとお告げがあっただろ!」


 小声で。でも、強めに言い返す。だって聞こえないはずが無いんだ。聞こえていなきゃおかしいんだ。


「それに、あんな、祭壇みたいなの作って……」

「あれは神様の家なんだ。神棚ってやつ」

「だとしても、あのお祈りは何? 平服して、恭しく崇め奉って……あれが僕に見せたかったものなの?」

「なんだよ、その言い方!」


 流石にカチンとくる。無駄に難しい言葉を使われたけど、馬鹿にされたのは分かった。それもただ馬鹿にするんじゃない。もっと酷い言い方だ。


「……あれは、良いものじゃない。■■だって分かるだろ」

「良いものじゃない? そんなのお前が決めるなよ!」

「ムキになって言い返すって事は、自覚あるんでしょ……あんなの早くやめたほうがいいよ」


 多分、これが本当の怒りってやつなんだと思う。

 そりゃ確かに奇妙な習慣だと思ったよ。エータやナツの家に泊まりに行った時は、こんな習慣は無かった。神様のお告げを聞くのはボクの家だけの習慣なんだ。

 でもだからと言って、それをこんな風に言われていいわけが無い。


「せっかく教えてやったのに! 帰れよ!」


 でもボクはタキモトみたいに口は回らない。だから出てきた言葉は、自分でも分かるくらいに情けなかった。

 タキモトはボクを見て、何かを言いたそうに口を開きかけた。けど結局何も言わず、首を振った。


「……ごめん、悪かったよ。帰るね」


 まるでこれじゃあボクが悪者みたいだ。でも今更引けない。馬鹿にされて引けるはずない。

 帰る方法は、事前に教えていた。ボクの部屋は2階にあるけど、隣の家とを区切る塀が近くだから、その上に降りて出ていけばいい。踏み外しても殆ど問題ないくらい、壁が近いから大丈夫。この1週間の間にタキモトには来てもらって、降りる練習もしてもらった。

 だからタキモトは。言った通り帰る事が出来る。

 そして今のタキモトは、本当に帰るつもりなんだろう。

 よくエータがふざけてやるような、フリなんかじゃない。


「今日の事は誰にも言わないよ。先生にも、タナカにも、ミズノにも。……僕は何も見なかったし、何も聞いていないし、何も知らなった。そもそも■■の家にも行っていない」


 タキモトは元々荷物なんて殆ど持ってきていない。コンビニで買ったおにぎりくらいだ。あとは靴くらい。

 だから。靴を履いて、ゴミをポケットに突っ込んでしまえば。もう帰る準備は出来ちゃうのだ。


「じゃあね。……また、学校で」


 タキモトはそう言って、窓から塀へと降りて行った。

 ……後味の悪さだけ残して、帰っていったんだ。






■結


 タキモトとは、あれから話す事も無くなった。

 休み明けからしばらくたって。それでも誰も何もボクの家の習慣の事は何も言ってこなかった。

 本当にタキモトは誰にも何も話していないんだろう。タキモトの家族にも、先生にも、エータやナツにも。誰にも。


「さぁ、■■。今日もお告げを聴こうな」


 ボクの家も変わりはない。毎日同じように、パパとママと一緒に神様のお告げを聞く。いつもの時間に、何時もの場所で。

 神様も変わりはしない。いつも通り、あの聞こえ辛い雑音と一緒に、ラジオからお告げを出す。タキモトの事を言われることも無く、ボクの内心の事を言い当てる事も無く。ただお告げを出す。

 今日は掃除をしよう。今日はちゃんと勉強をしよう。今日は階段を飛ばさずに一段一段ちゃんと踏もう。今日は寄り道をせずに帰ろう。神様の言う通りに。




「今日はダメだー、パス!」

「あれ、エータ珍しいね」

「あー、あいつ先週から塾行かせられてるからな」

「マジ? 初めて聞いた」

「そりゃ■■は昨日休みだったからなー。ま、しゃーないんじゃない? 両親との約束だったらしいし」


 今日はエータとナツと一緒にかえる屋に行こうと思ったけど、エータは塾に行く事になっていたらしい。それも先週から。先週は神様のお告げで月曜から土曜まで寄り道せずに早く帰らないといけなかったから、エータの塾の事は何も知らなかった。


「くそー、なんでナツの方が点数悪いのに、俺が塾行かなきゃいけないんだよー」

「点数悪かったのは前のテストの時だけだろ!」

「ちっくしょー、納得いかねー!」


 ぎゃいぎゃいぎゃい。文句を言いながらも変える準備を進めるエータ。何だか可哀そうだけど、まぁ、うん、ボクに出来る事は何にもない。


「つーかさー、そもそも塾のレベルが高いんだよなー」

「そーなん?」

「そーそー、なんつーかすげー勉強させられんの。内容めっちゃムズイ」

「ごしゅーしょーさまー」

「うぜー! つーかさ、母ちゃんに聞いたら俺が入った塾、中学受験用の進学塾らしい」

「うーわっ、頑張れー」

「聞けって! チョーむずいの! 来月には全国のテストがあるらしいしさ。あとさ、その塾ってタキモトも通ってんだぜ!」


 タキモト。その名前を聞いて、ボクの心臓は少し跳ねた。


「マジか、タキモト通ってんのか。そりゃハイレベルだろ」

「そーなんだよ。しかもタキモトってさ、その塾でも3番目くらいに頭いいの」

「うげぇ、やっば! タキモトで3番目なん!?」

「そーなん、1番頭いいやつとかバケモンだよ。やべーよマジ!」


 他愛もない話。それを聞き流しながら、エータとナツに遅れないようについていく。タキモトの名前が出たせいで、ボクの頭の中は前にアイツに言われた事でいっぱいだった。

 『おかしいよ』

 なにもおかしくはない。神様はちゃんといる。タキモトが聞こえなかっただけ。

 けど、タキモトを言い負かすことはボクには出来なかった。情けない言葉しか返せなかった。


「うげぇ、タキモトじゃん」


 エータの声に考え事が中断させられる。慌てて顔を挙げれば、もう下駄箱に着いていたみたいで、エータが嫌そうな顔をしながらタキモトに話しかけているところだった。


「ちーっす。予習はばっちり? 俺は全然ダメだ」

「……や。まぁ、慣れるしかないよ」

「慣れたら苦労しねーよ。あーあ、テスト怖えーなー」

「勉強しよう」

「うるせー、真面目か。俺は遊びたいの!」


 ……一方的なウザ絡みだね、これ。タキモトも迷惑そうなのを隠そうともしていない。


「まぁ気持ちは分かるよ。でもさ、塾に入ったなら頑張ろうよ」

「分かってはいてもー、できないのー」

「タナカ、ガンバレ」

「なんで片言なのさ? まぁいいや、今日も助けてね♡ タクヤ君♡」

「はいはい」

「うわー、エータきもーい」

「うっせぇぞナツ! こちとら今日を生き抜くので精いっぱいなんじゃい!」


 ぎゃいぎゃいぎゃい。タキモト相手でもいつもと変わらないエータ。普段ボクたちと話すのと変わらない態度で、自然にタキモトと肩を組んでいる。


「少しは自分で努力しよーよ」

「馬鹿言うなよ。1日2日で追いつけるかっての」

「そーだぞタキモト。エータの頭じゃ1年あっても無理かもしれないしさ」

「そーそーナツの言う通り……はぁ」

「いや、冗談だったんだけど」

「いやホントまじレベル高すぎて無理。まじうんち。うんち野郎。そう俺はうんち野郎タナカエータ……」

「すげーマイナス思考じゃん。やべー。ウケる」


 ナツもナツで態度が変わる事はない。……そりゃ変わらないか。変わるはずが無い。

 タキモトはエータウザ絡みに面倒くさそうにしている。ぐわんぐわん。されるがままに頭を揺らしている。

 そんなタキモトと。一瞬だけ目が合った。


「……まぁ、子どもは親は選べないし。頑張るしかないんじゃない?」


 ……時が止まったような気がした。少なくとも、ボクは。

 エータは相変わらずウザ絡みをしているし、ナツは気にもしていない。

 そしてきっと、タキモトも今の言葉を気にしていない。

 けど、ボクには……


「塾、行きたくねー」

「頑張れー。姉ちゃんに怒られっから俺帰るわー」

「はいはい、僕は先行くよ。遅刻はしないようにね。ミズノも■■も、またね」

「じゃーなー」

「……」


 先に出て行くタキモト。

 後を追いかけるエータ。

 ナツは先に出て、それから不思議そうにこっちを振り返った。


「どーしたん?」

「あ、いや……」


 色々と胸の中に渦巻くナニカ。

 それを言葉にする事なんてできなくて。ボクは適当に濁して、ナツの後を追いかけるしかできなかった。




 それからも変わらない毎日が過ぎて行った。

 ボクの家では変わらず神様のお告げを聞いて。

 それが誰にもバレることは無くて。

 エータやナツと馬鹿みたいな話をして。

 タキモトは頭が良いままで。

 変わらず、少しぎくしゃくしたままで。


 で、変わった事と言えば。


 エータはぶつくさ言いながらも塾に行くようになって。

 ナツが家族の手伝いで放課後真っすぐ帰るようになって。

 だんだんと3人で遊ぶことも減ってきて。

 タキモトが最近は少しエータやナツと話すようになったことくらい。

 

 そんな毎日がいつまでも続くって。

 この時のボクはそう思っていた。

 愚かにも。何も疑いもせず。何も考えもせず。




「……お告げが、ない?」


 ある日。

 突然神様からのお告げが聞こえなくなった。

 いや、お告げだけじゃない。あの雑音すらも、何も。


「今日は忙しいのかな……明日、また聞こうか」


 パパはそう言ったけど、その日以降も神様は何も言わなくなった。

 いや、そもそもラジオ自体が何も音を出さなくなった。

 明日にはきっと、明日には多分……そう言いながら2週間待ったけど、何も変わらなかった。


「……ダメだ、直らない」


 パパはラジオを分解して、壊れた部分を直そうと頑張っていた。けど新しい部品に交換しても、神様は何も言わない。ラジオだって直らないままだ。

 そうなると、お告げで色々と行っていた事が無くなるので、忙しくなっていく皆とは反対に、ますますボクはヒマになっていく。


「うるさいなぁ、自分で何とかしろよっ! それくらいさぁっ!」


 ……それだけじゃない。だんだんと、パパの機嫌が悪くなっていった。

 いつもは優しいパパなのに、最近はいつもママに怒っている。それに帰りが何時も遅い。いつもは夕ご飯の時間には一緒にいたのに、神様の声が聞こえなくなってから、一緒に食べることは無くなった。


「■■っ! 邪魔だ!」


 ボクも何もしていなくても怒られるようになった。もしかしたら何もしていないから怒られるのかもと思って、ママの手伝いをしてみたりしたけど、パパは怒ってばかりだ。

 だから今は、パパに見つからないようにしている。なるべく早く寝て、学校ヘはパパが起きる前に行く。休みの日はなるべく外にいるか、自分の部屋に隠れるようになった。


「■■、もうちょっと頑張んないとダメだぞ」


 それと、何だかよくない事が起こるようになった。階段を踏み外して怪我したり、テストのカンが外れたり、お小遣いを落としたり……今までとは全く逆の状態だった。

 返されたテスト、その点数を見て、思わず溜息が零れる。……酷い点数だ。100点なんて、全然遠い。


「うわっ、エータ70点? すげー」

「ナツ、70点ですげーなんて言ってもらっちゃ先生困るぞ。ま、エータが頑張ってくれたのは嬉しいけどな」

「お、おお……こんな良い点数初めてだ! ありがとう、タクヤ!」

「タナカならそれくらいできるでしょ」


 ……先生に褒めてもらうのなんて、夢のまた夢だ。塾に行って成績を伸ばしたエータ。それがすごく羨ましいって、そう思う。

 なにがどこで悪くなったんだろうか。なんで神様は何も言わなくなったんだろうか。なぜラジオは動かなくなったのだろうか。どうしてパパはいつも怒るようになったのだろうか。一体なにがボクたちに起きているのだろうか。なにが、なんで、なぜ、どうして。

 ……分からないまま、今日も帰る。もうエータともナツとも帰っていない。ひとりぼっち。

 いったいいつから? なんで? どうして?

 ボクには何も分からない。




「ねぇ■■? 教えてほしいことがあるの」


 ある日家に帰ると、ママが玄関で待っていた。ただいまって、そう言う前に肩をがっしりと掴まれる。


「パパやママに隠している事、ない?」


 ママの力は強かった。肩にギリギリと指が食い込んでいく。痛いよって、そう言おうと思ったけど、ママの迫力に何も言えなくなる。


「言って」


 ママの眼はすごく怖い。まるでママじゃ無い別の何かみたいだ。優しかったあのママじゃない。その黒い眼を見て、恐ろしさに、怖さに、泣きそうになる。

 でもそんなことを言われても、何もボクに分からない。隠している事と言えばテストの点数だけど、それが原因でここまで怒るだろうか。


「て、テストの事……?」

「違うわ、そんなものじゃない」


 そう言われてもボクには分からない。けど掴んでくる力はどんどん強くなってくる。ぎりぎり、ぎりぎり。肩が壊れてしまうんじゃないか、そう思えるくらいに強い力。


「今日ね、タキモトさんとお話したの」


 ぽつりと。ママは呟くように口を開いた。


「タキモトさんのおうちのタクヤ君。知っているでしょ? 同じクラスの。……お世話になりましたって」


 タキモト。

 その言葉でボクは思い出した。あの日、隠れて神様のお告げを見せた事。

 でもちょっと待ってほしい。タキモトは誰にも何も言わないって言っていた。神様の事は何も言わなかったはずだ。


「タクヤ君のこと。泊めてくれてありがとうって。遅くなったけどって。そう言って、お返しもらったの」

「お返、し?」

「そこじゃないでしょ? ……ねぇ、■■。いつタクヤ君は泊まりに来たのかな?」


 ……ようやく、分かった。タキモトが泊まりに来て、神様の事を見せたあの日の事だ。

 タキモトは神様の事は言っていなかったけど、泊った事は言ったんだ。……だからそれでバレたんだ。


「……知っているのね」


 ママの声が、一段と低くなる。怖気に身体が震える。


「隠していたのね」


 ぎりぎりぎり。力がさらに強くなってくる。でも痛いなんて言えない。そんなことよりも、ただただひたすらに。ボクは今、怖い。


「もしかしてだけど……見せたの?」

「なに、を」

「全部」


 ゾッと。した。

 黒い眼。

 声。

 ママじゃない。

 そう思うくらいに、

 ただただ、

 怖い。


「そう、なのね」


 ボクは何も言っていない。

 何も言っていないけど、ママは納得したかのように、急に力を抜いた。


「見せた、のね」


 だらんと。ママは手を離すと、力無くその場に座り込んだ。


「ご、ごめんな、さい……」


 ボクはもう、それしか言えなかった。




 部屋にいなさい。

 ママはそれだけ言うと、全く動かなくなった。

 玄関に座り込んだまま、何も。


「……っ」


 少しずつ夕陽が落ちて行く。曇りガラス越しの陽の光が消えて行く。

 ボクはそのままではいられず、ママの言う通りに部屋に戻った。そしてそのまま何もせず隠れるように毛布を被った。

 ……今なら分かる。

 ボクはとんでもないことをしてしまった。

 それは最悪のことでだった。

 なんでかは分からないけど。

 ボクはきっと、絶対にやってはいけないことをやってしまったのだ。


 それからどれくらいの時間がっ経っただろうか。


 もうすっかり部屋は暗くなって。

 窓から月の光が入り込むようになって。

 外を通る車の音も少なくなって。

 虫の声だけがよく響くようになって。

 それでようやく、下の方で何か音がした。


「……ぱぱ?」


 多分だけど。玄関が開いたと思う。という事は、パパが帰って来たってことだ。

 じゃあきっとママは、ボクがバラしたことを言うだろう。そしたらパパに呼ばれて、ものすごい怒られるんだ。

 ……それなら、きっと先に怒られた方がいい。


「変わらない……そう変わんない」


 怒られるのは嫌だ。けど、後回しにしても結局怒られる。なら、早く怒られてしまった方がいい。

 決心して部屋の扉を開ける。夏だけど夜のせいか、廊下は涼しいくらいだ。


「……真っ暗だ」


 もしかしたらまだ帰ってきていないのだろうか。気のせいだったのだろうか。

 廊下は明かりが全くついていない真っ暗な状態だった。下の階もついていないみたいで、全く見えない。

 何となく電気をつけるのが怖くて、壁伝いに下へ降りる。なんとなく、そうした方が良いって。そう思ったから。


 ドゴッ


「っ!」


 何かを叩くような音。その音が階段を降りるにつれて聞こえるようになってくる。それに微かに、それ以外の音も聞こえる。それからぶつぶつと、多分パパの声。

 帰ってきていたんだ。胸がきゅーって、怖さから苦しくなったけど、でも我慢して降りる。怒られればそれで終わりだから。それでもう、全部終わりだから。


 ドゴッ、ドゴッ


 音は相変わらず。それから、ザーザーって、聞き覚えのある音。それとぶつぶつとパパの声。

 ……すごく嫌な感じがする。けど、もう半分くらいは降りた。今更戻っても意味がない。


「……この音って」


 ふと。思い出す。ザーザーって。まるであのラジオの雑音……いや、まるでじゃなくて雑音そのものだ。

 という事は直った? また神様のお告げが聞ける?

 全部元通りになる?


 ドゴッ!


 そんな事を考えていたら、一際大きな音が聞こえた。何かを思いっきり叩いたような音。固いものを叩いたような、音。


「なあぁぁぁ、▲▲ぉぉぉ……起きろよぉぉぉぉ」


 ……間違いなくパパの声だ。でもすごく気味が悪い。なんかトンネルの中で声を聞くみたいに、変に伸びている感じ。


「今日ぉぉぉさぁぁぁ……ついに言われちったよぉぉぉ……もぉぉぉダメだぁぁぁ……」


 足が動かなかった。多分、もう3段くらい。降りるだけ。そしたら全部見える。玄関の事も。パパも。ママも。

 なのに動かない。降りちゃダメだ。見ちゃダメだ。そう思う。強く、そう思う。


「なぁぁぁんだよぉぉぉどいつもぉぉぉこいつもさぁぁぁ……お前だってさぁぁぁ」


 ゴクリ。唾が飲み込めない。喉がへばりついている。そして進むのも、戻るのも、足が全く動かない。


「起きろよぉぉぉ、なあぁぁぁ▲▲ぉぉぉ……ああああぁぁぁぁぁぁぁ」


 怖い。ただただ怖い。

 嫌な汗が背中を流れた。もうママに言われた事なんてどうでもよかった。今すぐに逃げないと。でもどこに? どうして? どうやって?

 なんとかしないといけない。けど何をすればいいのか分からない。怖くて震えて、動けなくて。情けなくて、泣きたくて。でも、何も出来なくて。



「なあぁぁぁ……■■さぁぁぁ……そこにいるんだろぉぉぉ?」



 弾かれたように。身体が動いた。

 何を考えるよりも。足が動いた。

 戻る。進まない。部屋に戻る。戻って、毛布を……ダメだ、これじゃ隠れられない、すぐばれる。机の下? 無理だよ。ベッドの下? バレバレだ!



「おおぉぉぉい……パパさぁぁぁ……リストラされちゃってさぁぁぁ、分かるかぁぁぁ? リストラってさぁぁぁ……」



 パパが何かを言っている。けどそんなのはどうでもいい。それより早く隠れないといけない。

 ギシッ、ギシッ。僕の家は古いからか、パパやママが歩くと廊下が音を鳴らす。2階のボクの部屋に近づいてきているのが分かる。



「■■さぁぁぁ……起きてんだろぉぉぉ、無視するなよぉぉぉ……それともぉぉぉかくれんぼかぁぁぁ?」



 そんなわけない!

 怖くて叫びそうになる。でももう逃げる場所なんて無い。時間も無い。慌てて僕は押し入れに隠れた。今までの玩具とかを置いている押し入れの中。その奥。

 きっとバレるだろう。でももうどこに行けない。どうしようもない。部屋の扉も開いたまま。でも閉められない。

 奥でじっと、息を潜める。バレないように。バレませんように。ただただ願う。



「なあぁぁぁ? 聞いたぞぉぉぉ……バラしたんだってなぁぁぁ、酷い子だなぁぁぁ……」



 ……もうダメだ。分かる。どうしようもない。分かってしまう。分からせられてしまった。

 ボクはもう終わりだ。きっと、いや、絶対。エータにもナツにも、タキモトにも、誰にも会えない。

 ふと。傍に何かが転がっている事に気が付く。メモ帳だろうか。それはめくれた。

 暗くて何も見えない。でも何が起きたかを書こう。攻めて最後に。なぜこうなったのか。そしていつか誰か見てくれた人に。



「おしおきだなぁぁぁ……なあぁぁぁ……ママと同じように、お仕置きだよなぁぁぁ」



 時間が無い。もう2階にいる。ギシギシ音が聞こえる。全然足りない。

 だけど、でも。

 どうか、誰か。

 これを読んでいるあなたへ。

 もしくは運よく無事だった自分へ。

 この今日の日の事を解いてくれるって。

 明かしてくれるって。

 そう信じて。文字を書く。




 ボクはきっと、今日死ぬだろう




今更ながらに登場人物紹介(主人公以外):


・タナカ エータ

一人っ子。お調子者。男子からの人気絶大のムードメーカー。

塾に通うようになって勉強の楽しさに目覚めて、少しずつ成績が改良していく。


・ミズノ ナツ

姉が一人いる。馬鹿。女子からの人気がそこそこ高い。

勉強は嫌いだけったけど、エータに触発されて進んで勉強するようになる。


・タキモト タクヤ

兄が一人いる。秀才。学内での交友は少ない。

勉強は好きじゃないけど、将来の為に頑張れる子。


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