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血の原理

作者: 青竹シゲル

突如にして起こった非日常の出来事は、あまりたいしたことでは無いことに気がつく。男は、安心して眠る。

 ある朝、男が眼を覚ますと、そこはアスファルトの上だったらしく、体の節々が痛かった。頭痛のする頭を抑えながら、男は考えをめぐらしたのだが、全く記憶がない。昨日は酒を飲んだ記憶がなかった。いや、ちょっと待て。何の記憶もない。何故ここでこうしているのか見当もつかない。しかし、彼がそのことに拘泥しているのもほんのひと時のことであった。

男は、ぬるぬるする感覚に不快感に見舞われた時、目をみはった。背中にべったりと付いた血のりに気がついたのだ。

「何だ、これは!」

男は、恐れ戦いた。失神しそうなほどの眩暈を感じた。

(俺は交通事故に逢い、記憶喪失か何かになってしまったのか?)

彼は、恐る恐る立ち上がろうとした。しかし、予想に反して、難なく立ち上がることができた。どこにも体の外傷や異常は見当たらず、多少の頭痛はするものの、粘つく鉄のにおいに不快感を抱いただけの話だったのである。

 男は、その血が自分のものではないことに気づきほっと一息ついた。しかし胸の動悸は治まりそうもない。何故こんなところで寝そべっていたのか理解できないし、相変わらず過去のすべての記憶を思い出せない。

「あなたはここからにげだせないのよ。」

突然どこかで、女の声がする。幽霊のような、小さな声だ。彼の耳ははっきりとそれを聞いた。

「あなたはここから逃げ出せないのよ。」

 またどこかで、女の声がする。

「あなたはここから逃げ出せないのよ。」

 怖い。確かにそう聞こえるのだ。血糊は乾き始め、鉄の臭いはどんどんきつくなってきている。心を静めようにも、なんともならぬ。

 立ち上がり、その場から逃げ去ろうとした。しかし、大問題に気が付いた。通行人が彼を不信な目で見るのだ。彼が寝転んでいた場所は都会の真ん中であったのである。ちょうど朝の通勤ラッシュの時間帯で人の群れが彼の回りを取り囲み、そして素通りしていった。男の周りだけ、人の波は避けて通った。真上からみるとそこだけぽっかりと穴が開いたように、人の頭は動いていなかった。いわば川の流れの中にできた大きな岩のような部分だった。血の水溜りは、都会の真ん中にあり、アスファルトで舗装された道路の脇に人間一人分の浅い水溜りが輪を描き、そこから周囲に鉄の匂いを発散させている。

 訳がわからない。男が肘の裏や背中、膝の裏に目をやると、べったりと塗られた血糊はすでに固まりかけている。自分は何の落ち度もないのにこのような不快感を与えられていることを通行人にアピールするかのように、男はしかめ面をした。しかし、通り過ぎる人間の群れは、男の意に反し、まったく無視するか、ハンカチを鼻にあて足早に通り過ぎるか、そのどちらかである。

 別段体の異常は見当たらないが、このまま電車やタクシーに乗り、家路を急いだとしても必ず警察に捕まるであろうし、このまま立ち尽くしたところで何の解決にもならぬ。大声で叫ぼうにも、男の境遇を哀れんだ人の群れは、無視を決め込むに決まっている。男は自由ではない。

そうか。そうだったのか。・・・・・・確かに俺はここから逃げ出せないな。

 男は何かを閃いた。そして、布団にもぐりこむように再び血の中へ横たわった。


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