グランデール再び(4)
炎の精霊の力を具現化した『赤竜棍』から舞い上がった灼熱の炎が天井を焦がした。
王家の秘術によって炎の精霊の力を纏った僕を炎が優しく包む。
熱さを感じないのではない。言うなれば、炎以上の体温を持った自分が、灼熱の炎で温められているかのような感覚。
全てを燃やし尽くし、破壊する炎の力に守らている感覚。
「不思議だ。」
僕は棍を軽く振った。
同時に吹き荒れる炎の渦。
グランデールが顔を右手で覆い、眉の間に皺を寄せた。
「貴様、本当ニ賢者カ?」
グランデールは弱者である賢者など取るに足らない存在だと思っていたのであろうが、僕はイフリートとベヒモスの試練を乗り越えている。
土の精霊の力を極限にまで抑えている僕の魔力は、術師には及ばないまでも導士に匹敵するぐらいは上昇しているはずだ。
僕は槍を構える要領で腰を落とすようにして棍を構えた。
大地の剣のような大剣は室内で振り回す事ができないが、直線的な動きの多い棍は部屋の中でも問題なく扱えるはずだ。
ゆっくりと、深く息を吸い込んだ。
「行くぞ!」
鋭く息を吐いた僕は、右足の親指の付け根で床を蹴ると、一気に間合いを詰めた。
まずは小手調べとして、3連突きで様子を見る。
少し下がりながら、3つの突き全てを余裕を持って手で払ったグランデール。
当然、僕もこのくらいの攻撃は避けてくるだろうと想定済み。
グランデールが顔をしかめた。
赤竜棍の攻撃を払った手が赤く燃え上がり、熱傷を与えたからだ。
通常の攻撃に加え、触れるもの全てを焼き尽くす、これが赤竜棍の力。
さらに僕は怯んだ隙に3連突きを放った『先』とは反対側の『棒尾』を右手で捻じるように扱い、グランデールの顔に棒撃を叩き込んだ。
「グアァアァァ!」
棍は槍のように鋭利なものではないが、『先』と『棒尾』の両方から攻撃を繰り出す変幻自在の武器だ。
真っ赤に燃え上がる自らの顔面を掻きむしるような動作で消火し、グランデールが僕を睨みつける。
他愛もない存在だと決めつけていた賢者に受けた傷だ、さぞかし屈辱的なものであろう。
「殺ス!」
激昂したグランデールが僕に向かって飛び込んでくるが、冷静さを失った直線的な攻撃など当たるはずもない。
右に回り込むように躱した僕は、棒尾でグランデールの頭を地面に叩きつけ、そのまま流れるように先で顎を跳ね上げた。
燃え盛るグランデール頭が天井に激突し、血痕とも焼痕とも見える跡を残した。
たまらず間合いをとるグランデール。
僕も深追いをせず、腰を落とし棒先をグランデールに向けて牽制を行う。
どこかで瓦礫の崩れる音がした。
グランデールがめちゃくちゃに暴れてくれたおかげで、あちこちの建物が崩れてきているのだ。
この家だって、いつまでもつのか分からない。
四足歩行の獣のような体勢をとったグランデールが、唸り声を上げ、僕の様子を伺う。
さっき喰らった攻撃に懲りたのか、不用意に飛び込んでくるような事はしないようだ。
「炎の矢よ、姿を現せ。」
僕の言葉に呼応して炎の矢が姿を現した。その数ざっと、50本。
グランデールが距離を取ろうとするがもう遅い。炎の矢を放つ準備は既にできている。
「焼き尽くせ!」
一斉にグランデールに向かって発射された炎の矢が、辺りに硝煙と肉の焦げる不快な臭いを充満させた。
壊れた壁から吹き込む風が煙を吹き飛ばし、徐々に視界を鮮明にする頃には、膝をついたグランデールの姿が露わになる。
「何ダ、コノ魔力量ハ?!」
驚愕したグランデールが、苦虫を噛み潰したような表情で僕を睨みつけた。
ベヒモスの試練を達成した僕は土の精霊に割く魔力を極限まで抑え、火と闇の精霊に分配している。
「普通の賢者と一緒にしてもらっちゃ困るな。」
今が好機と見た僕は、赤竜棍を右手に持ち直し地面を蹴った。
「コレハ・・・人間ノ魔力含量デハナイ。」
二段突きを躱したグランデールが僕の左側に回り込んだ。
「アノ方ニ報告シナケレバ。」
生憎、逃がしてやるつもりは無いけどね。
間髪入れずに出現させた炎の矢でグランデールの退路を塞ぎ、僕たちは再び睨み合う形となった。
以前は手も足も出なかったグランデールと僕が互角・・・いや、互角以上の戦いをしている。
シャルロット王女とテレーズ王女が協力して撤退させたグランデールを、だ。
賢者としてみんなに軽んじられながら生きていくのだろうと思っていた過去の僕に、現状を教えてあげたいぐらいだ。
そう思った矢先、グランデールの目が怪しく光った。
同時にグランデールの目の前の空間に、闇が収束する。
これは、闇の魔術か?!
「人間ノ真似ハ癪ニ障ルガ・・・。」
グランデールがそう言った直後に部屋一面に出現したのは、闇色に染まった無数の巨大な棘だった。
四方の壁、天井、床が見えないほどに埋め尽くした棘すべてが僕に切先を向ける。
どうする?!
駄目だ!打開策が見当たらない。
もうすぐ、いや次の瞬間にもグランデールは僕に向かって棘を発射させるだろう。
数百本はある巨大な棘が刺さった僕の体が、跡形もなく四散する事は容易に想像できた。
笑っているのか、グランデールの口角が不気味に歪んだ。
「穿テ!」
せめて耐久力だけでも上げようと、土の精霊に魔力を振ろうと試みたが、とても時間が足りそうにない。
万事休すか?!
いくら思考を巡らせても最悪の事態しか思い浮かばない。僕は目眩とともに、目の前が真っ暗になるのを感じた。
「パパをいじめたら許さないから!」
死を覚悟した直後、ポケットの中から黒い小さな何かが飛び出した。




