グランデール再び(2)
宿屋の部屋に入り扉を閉めると、食堂から聞こえる喧騒が途端に小さくなる。
騒音が聞こえにくいように、部屋の扉や壁が厚く作られているのだろう。
「ろれらいとしゃん、お水をくらはい。」
ベッドに倒れ込むように横になったフローの呂律はますます悪くなり、聞き取るのが難しいほどだ。
「ったく、いくらなんでもお酒に弱すぎだろ。」
室内にあった水差しからグラスに水を注いだ僕は、フローを一度ベッドに座らせてから落とさないように注意しながら手渡した。
喉を鳴らしながら、一気にグラスの中身を飲み干すフロー。
「少しは落ち着いた?」
「ありがとうごらいます。まだ頭がクラクラしますが、さっきよりは大分良いれす。」
意識はしっかりしているようだ。あとは一晩寝て回復してもらうしかないだろう。
「じゃあ、ゆっくり休んでね。お休み。」
あまり女性の部屋に長居するものではない。僕はフローからグラスを受け取り、挨拶を交わすと扉の方に振り返る。
「ちょっと待ってくらはい。」
フローが僕の左手を引っ張る。
いつもであればなんてことの無い力であったが、振り向きざまに引っ張られたため僕はバランスを崩してしまった。
「きゃっ!」
短いフローの悲鳴を聞きながら、僕は仰向けにベットに倒れる。
ギリギリのところで体をひねり、フローの上に倒れ込むという最悪の状況は回避できたようだ。
「ふふふ、ろれらいとさんが私のベッドにいますね〜。」
僕が気を抜いた瞬間、楽しそうに笑うフローが素早く僕に覆い被さり、手足の自由を奪っていく。
拘束された僕は手足を動かしてみたが、フローの体が僕をガッチリとホールドしているため、自由に動くことはできない。
「こんやは寝かしませんからね。」
まさかの貞操の危機?!
「大丈夫れすよ〜。優しくしてあげますから〜。」
一体どこでそんな言葉を覚えてきたのか、フローがケタケタと笑いながら、シャツのボタンに手をかける。
「だいたい、ろれらいとさんは、自己評価が低すぎなんれす。」
脈絡のない話題の展開は酔っ払い特有なものなのか?
とはいえ、一国の王女にこのような事をいつまでもさせる訳にもいかない。いいかげん拘束を解いて酔いを醒ましてもらわないとならないな。
女の子の力だ。僕が本気を出せばこの状況を打破することは容易であろが、力任せに抵抗してフローに怪我を負わせるわけにはいかない。
「さて、どうしたものか。」
思案している間にも、僕の上に馬乗りになったフローは僕のシャツのボタンを外そうと手を動かしている。
「ふふふふふ。ろれらいとさ〜ん、覚悟はいいれすかぁ?」
仕方ない。少し痛いかもしれないけど、ケガしない程度の力で・・・。
「ダメ!パパをいじめないで!」
僕が態勢を変えようとした瞬間、薄明かりの中、僕の上着のポケットからひとつの小さな影が飛び出した。
金色に輝く鋭い目。
頭に生える小さな二本の角。
尖った耳。
見え隠れする鋭い犬歯。
背中に生えた蝙蝠を彷彿させる羽。
健気にも僕の目の前で小さな両手を広げフローから守ろうとしているのは、王都で生まれた僕のホムンクルス、リリスだ。
「パパをいじめたら、私が許さないんだから!」
突然の事態に酔いが醒めた様子のフローが、目を大きく見開いてリリスを指差し、口をパクパクと動かしている。
「ロ、ロゼライトさん、これは魔・・・族?」
まずい!
リリスの姿は魔族と見分けがつかない。誤解を生まないために人目があるところではポケットの中に入ってもらっていたのだ。
「リリスは、リリスだよ。」
胸を張るような姿勢を取りながら、答えになっていない言葉を得意気に発するリリス。
「っというか、何ですかこの可愛すぎる生き物は?姿形は魔族のようですが、魔族のような禍々しさは感じませんし、膜状の翼があることから蝙蝠の突然変異でしょうか?でも蝙蝠の翼は腕が変形したものですから翼の他に腕があるのはおかしいですね。となると、伝説上の生き物であるドラゴンの線が濃厚ですね。ドラゴンはワイバーンとは違って前足の他に翼があるって聞きますし、長年生きたドラゴンは人の言葉を扱えるという事を書いた文献を読んだことがあります。」
突然早口でまくし立てるフロー。
すっかり忘れていたけど、フローは自分の興味があることに対して話す時はこんな感じになるんだった。
「つまりこれはドラゴンの亜種の子供が長生きしたものです!」
「違うし!どこからどう見てもドラゴンには見えないし、そもそも子供が長生きしたら大人って言うんだよ!」
指を立てて得意気にドラゴンの子供と言い放ったフローであったが、その答えは的外れなものであった。
「では、この子は何者ですか?」
酔いが醒めたフローは僕の上に馬乗りになっている状況に気づき恥ずかしそうにベッドから下りると、部屋に置かれた簡素な木の椅子に座りリリスを‘‘ちょこん’’と膝に乗せて上目遣いで僕に尋ねた。
今更そんな可愛い素振りをしてもダメだからね、フロー。
「スレート先生からもらったホムンクルスの卵が孵ったんだよ。」
こうなったらリリスが魔族でないと信じてもらうしかない。リリスの出生について僕が知りうることは全て話そう。
事情を知っている人が増えれば、今後のリリスの生活について言い案が出てくるかもしれない。
「なるほど。ホムンクルスは所有者の魔力を糧に生まれてくると聞きます。闇の魔力を持つロゼライトさんのホムンクルスが魔族のような姿をしているのも納得です。」
さすがフロー、話が早くて助かる。
「気になる点といえば、この子に火と土の魔力を感じないところでしょうか?」
リリスを色々な角度から観察しながら、フローが首を傾げた。
「どういう事?」
「宿している精霊の加護は少なからず容姿に現れています。ロゼライトさんで言えば、左右で色が違う瞳と、一束の黒髪ですね。」
フローが言うに、リリスは闇の精霊の特徴以外見当たらないというのだ。
「ロゼライトさんの魔力を引き継いでこの容姿ってことは・・・。」
フローはそこで言葉を切り、僕の顔をまじまじと覗き込んだ。
「と、いうことは?」
フローに次の言葉を促し、僕はゴクリと唾を飲み込んだ。
「ロゼライトさんの腹の中は、闇のように真っ黒って事ですね。」
フローは厳粛な表情から一転、無邪気な子供のようにそう言い、僕の肩をバシバシと叩いた。
どうやら、少なからず酔いがのこっているようだ。
「この事は僕とフローの秘密にしておいて欲しいんだ。」
「でも隠し通せるものでもありません。アクアディールとトゥラデルさんには話しておいたほうが良くないですか?」
フローの言うことは最もであるが、「魔族=悪」という考えが根強い為、リリスの事を知らせる事に二の足を踏んでしまう。
僕はフローに「機会があれば」と伝え、乱れた着衣を整えてから扉の方へと移動した。
フローが少し不満そうな表情を深べているが、これは気づかない事にしておいた方がいいだろう。
「ロゼライトさん、おやすみなさい。」
「あぁ。フローもゆっくり休むんだぞ。」
街の中央から爆音が発せられたのは、僕とフローが挨拶を交わした直後だった。




