もう一人の賢者(6)
無造作に顔にかけられた冷水によって、僕は意識を取り戻した。
「ロゼライトさん、大丈夫ですか?」
最初に視界に入ってきたのはフローの心配そうな顔。
続けて見えたのは、水をかけた張本人と思われるトゥラデルのニヤけ顔だ。
「小僧、気分はどうだ?」
僕は「あんたのせいで最悪だよ」と心の中で悪態をついた。
「かなりやられていたが、体の調子は大丈夫か?」
茶色の魔石の入った見慣れない魔道具を持ったアクアディールが、フローの横に立膝で座り僕の全身を注意深く観察する。
「一応、回復はしておいたが、まだ無理はするな。」
どうやらアクアディールが持っているのは回復の力を持つ魔道具のようだ。
回復魔術と一括りにされやすいが、実は精霊の系統によってできることとできないことがある。
アクアディールの加護精霊であるウンディーネは「浄化」の力を持ち、毒や病気の元を消し去ることができる。
アクアディールは風の精霊シルフの加護も持っているが、この精霊の能力は「略奪」であり、治療という面ではウンディーネの能力より劣ると言っていいだろう。しかし熟練の魔術師達の中には体内に侵入した毒や病原菌を「略奪」し、体を回復することも可能であるという話も聞く。
一方、僕の加護精霊であるノームの能力は「付与」であり、怪我の治癒力を与えたり、病気に対する回復力を与えたりすることが可能だ。ただし注意しなければならないのは、力を「付与」する対象を細かく選ぶことができず、対象者の力を増幅するだけでなく病原菌の力も増幅してしまうため、病原菌が優位である状態である急性期に使うと病気を悪化させかねないということだ。
ちなみにトゥラデルの持つ炎の加護の力は「破壊」であり、その名の通り回復の力は持っていないらしい。
「炎と土、そして闇の賢者よ。」
太く、それでいて神々しい声が後方より発せられた。
気を失う前の記憶がフラッシュバックする。
僕は弾かれたかのように起き上がり、横に置かれていた剣を鞘から抜いて声の主であるポセイドンへ切っ先を向けた。
しかし途端にバランスを崩し、僕は地面に尻もちをついてしまう。
「ロゼライトさん大丈夫ですか?まだ無理をしてはいけません。」
尻もちをついた僕にフローが駆け寄り、体を支えるように手を添える。
「無理をするなって言ったって、目の前に敵がいたら戦うしかないじゃないか?!」
剣を杖のようにして立ち上がろうとするが、思うように立ち上がることができない。どうやら思った以上に消耗しているようだ。
「まずは突然の攻撃に対して詫びを入れなければならないな。」
ポセイドンが目くばせをした先には、バツの悪そうに風の上位性例であるジンが佇んでいる。
「だってよ、イフリートとベヒモスの加護を持った賢者だぜ。ちょっと試しくたくなるのは武人の嗜みってもんだろ?」
お前は「人」じゃないだろう・・・。
「おふたりは水と風の加護をもった賢者、つまり『水と風に愛されし者』が来た時に姿を現す。というように聞き及んでおりますが?」
フローの言うように対応する加護を持つ賢者が出現条件であるならば、今回の上位精霊の出現の説明がつかない。
もっとも、ジンのような戦闘狂の上位精霊であるならば、所かまわず喧嘩を売っていても不思議ではないように思えるが。
「本来ならばその通りなのであるが・・・。」
そう声を発すると同時にポセイドンが僕の目の前まで間合いを詰め、顔を覗き込んできた。
「やはり、混ざっている。これは・・・。」
混ざっている?何が?
そういえば、さっきもポセイドンは僕の事を「混ざっている」と言っていたが、どういう事なのだろう?
「俺らはもう一人の賢者を探しているんだが、心当たりはないかい?」
話が進展しない事に我慢ができなくなった様子のトゥラデルがポセイドンの話を遮るような形で口を挟んだ。礼を欠いたトゥラデルの物言いに、アクアディールの眉が吊り上がるのが分かる。
「通常、二人の『愛されし者』は繋がりのある間柄として生を受ける。」
顔を上げたポセイドンが一人ひとりに伝えるかのようにゆっくりと口を開いた。
「それは親子、兄弟であるかもしれないし、同日に生を受けた他人かもしれない。」
ポセイドンの言うことが事実であるなら、闇雲に探すしか無かった賢者の捜索に光が見えてくる。
「親戚って事なら小僧の故郷に行けば分かりそうだな。」
「領主さんに言って出自記録を確認させてもらえれば、ロゼライトさんと同じ日に生まれた者が分かるかもしれません。」
トゥラデルとフローが興奮気味に顔を見合わせた。
「もう一人の賢者を見つけ出して、ここに連れてくれば、フローの『制する者』としての力が解放されるというわけか。」
僕の言葉にフロー、トゥラデル、そしてアクアディールが頷いた。
「最近は魔族の動きが活発になったとも言われています。力は早めに持っておいたほうが良さそうですね。」
王都を追放され自暴自棄になりかけていたが、次の目標が見つかり少しだけ心が晴れた気分だ。
「では今後の予定ですが、予定通りロゼライトさんの故郷に行って、ふたりめの賢者に関する情報収集をすることに致します。」
アクアディールが頷き、トゥラデルがヒラヒラと手を上げる。
水と風の上位精霊の試練で僕がフローの力になってあげられることはないが、せめて二人目の賢者を探す事には全力で取り組もう。




