第三十四話 脱出
強化体にされていた美月の救出に成功した盛弥と奥野。ゆっくりだが着実に撤退する2人がいる一方、体力と魔力を消耗した沙月の救出のため、常長とオニコは蚊人の反応が強い方へ向かって行った。はたして、無事に救出できるのだろうか?
そして、結果として幹部が全員いなくなった蚊人は、リンキによって新たな脅威となりつつあった。そんな蚊人に対抗するため、盛弥達がとる作戦とは?
道なき林の中を、強引に木々を掻き分けながら一台の車が進む。
「乗ってきたのが四駆でよかったな。初めて恩恵を感じた。」
運転手の常長は、父親から譲り受けたゴツめの四駆車の利点を初実感しながらハンドルを握る。林の中に突入したところで、運良く広めの道に出たので、とりあえずそのまま突き進んでいる。
「オニコちゃん。奴らのいる方は分かるか?」
オニコは自分の嗅覚に意識を集中させ、蚊人の気配を探る。きっと、大きな気配がある方に沙月がいると当たりをつけて、それらしい気配を探る。すると、微かな血の匂いが鼻をくすぐった。方角は左前方。それを常長に伝えると、木々の感覚が広い所でハンドルを切り、蚊人の群れに向かっていった。
木々の間を、1人の女子大生が息を切らしながら走る。しかし、体力を消耗しすぎて頭は回らない。逃げなければ死ぬことだけが頭に残り、必死で足を動かす原動力になっている。
「はあっ……はあっ……オニコちゃん、逃げれたかな?奥野君は大丈夫かな?私は……大丈夫じゃないかも……。」
追手を一度燃やして、逃げる時間は稼いだが、体力も魔力も消耗している状態では後続に追いつかれてしまう。しかし、足を動かす原動力に足がついてこない。体が次第に前のめりになり、足がもつれて転んでしまった。
「痛っ!!」
転んでも手が出ないので、全身を地面に打ち付けてしまう。足の傷からは血が滲み、体中から痛みが主張してくる。状況を把握しようとしていると、無数の羽音が聞こえてきた。本能的に危険を感じるも、体が言うことを聞かず動けない。やっとのことで周りを見ると、今まで見た事のない姿をした蚊人に取り囲まれていた。人間の様な容姿で、腕に針を携えているのは変わらないが、背中に羽が生え騒々しく動いている。少し浮いているのも羽のせいだろう。蚊人達が腕の針を構え、全方向から沙月に突き刺そうとする。沙月が悔しさに溺れながら覚悟を決める直前、自分の方に近づいてくるエンジン音が聞こえた。力強い音が近づき、ヘッドライトの明かりがその場を照らす。すると、自分の周囲に電気が走り、自分を取り囲んでいた蚊人が短い断末魔と共に血を吹いて倒れる。
「岡さん!乗るんだ!」
常長の声がするが、足が動かない。すると、体がスッと持ち上げられ、車まで運ばれる。
「よし、行くぞ。」
常長の合図と共に、車が動き出す。沙月の記憶があるのはここまでだった。緊張の糸がプッツリ切れた彼女は、車の中で爆睡してしまった。
蚊人本部から遠ざかるように逃げる盛弥と奥野。奥野が美月を背負っているため、逃げる速度は速くないが、蚊人に追いつかれない程度には距離が取れていた。すると、盛弥のスマホに常長から着信があった。
「もしもし?」
「もしもし、セーヤ?」
電話の主は、オニコだった。
「オニコ?何かあったか?」
「さっちゃんの回収は成功。今全力で逃げてるから、もう少し待って。」
オニコの用件が済むと、裏から常長の声が聞こえてきた。
「このまま迎えに行くぞ!場所だけ教えてくれ!」
盛弥は、現在地と奥野と合流したことを伝えて電話を切った。美月を背負っている奥野は、あまり遠くまで移動できそうにない。近くのバス停の屋根の下に入って休むことにした。15分程すると、エンジン音と共に常長が到着した。
「待たせたな。全員無事か?」
「はい!美月さんも一緒です。」
そう答える奥野に、笑みを返す常長。そんなやりとりをしている2人を見ている盛弥には、オニコがしがみついていた。
「どうしたオニコ?大丈夫?」
「ん。」
オニコは短い返事をしただけで、顔を埋めながら、寂しさを無言で伝えている。盛弥は、オニコの頭を撫でながら、爆睡している沙月に目を止める。
「負担かけちまったかな……。」
安堵したような表情をしている彼女からは、無数の傷や汚れが、激しさを物語っていた。
「とりあえず出るぞ!2人とも早く乗れ。」
常長の指示で車に乗り込み、蘇我医院に向けて出発した。
翌日。盛弥は眞利に呼び出され、オニコと共に彼女の家にやってきた。
「いらっしゃい。さっちゃんも来てるよ。」
部屋の中を覗くと、沙月がこちらに小さく手を振っている。どうやら元気そうだったが、足には包帯がぐるぐる巻きにされていた。眞利に促されて部屋に入ると、炬燵机を勧められた。
「お茶でいい?って言ってもそれしか無いけど。」
「うんいいよ。ありがとう。」
眞利がお茶を持って戻ってくると、本題を切り出した。
「さてと、早速だけど一昨日の夜のこと聞いてもいい?」
「あ、うん。と言っても、俺はほぼ待機だったから2人の方が話せるかな?」
盛弥が沙月とオニコに話を振ると、沙月が後を継いだ。
「そうだね。じゃあ私から。」
沙月は、自分が体験したことを順番に語っていった。しかし、爆炎剣を使った時の違和感は、話すのをやめた。あまり無用な心配をかけたくは無いし、沙月自身違和感を感じるだけで、確実な事が分かっている訳ではなかったからだ。続いてオニコが話し終えると眞利は、そっかと言ってため息をついた。
「とりあえず、みんな無事でよかった。で、リンキはパワーアップしたって事でいいの?」
同時に頷くオニコと沙月。盛弥は、実物を見ていないのでなんとも言えないが、2人が頷くということは、信じてよさそうだと思った。
「そっかぁ。リンキが強くなって、幹部が全員いなくなって、下っ端の蚊人が強くなったとすると、全体の戦力はプラマイゼロなのかな?」
眞利が、冷静に相手の戦力分析をする。
「幹部の立場と役割によるな。あとは、幹部の役割をどれだけカバー出来てるかだな……。」
盛弥はそう返すが、言ってから答えがないことに気付く。盛弥が1人で気まずくなっていると、眞利が手を叩いて言った。
「とりあえず、今後どうするか考えよう。」
いくつか案が出たものの、その日は答えがまとまらないまま解散になった。
数日後、沙月は1人でクザスの家にやってきた。チャイムを押すと、すぐにドアが開いた。
「あら?どうしたのかしら?」
「ちょっと聞きたいことがあるの。いい?」
クザスは小さく笑うと無言で招き入れた。居間に通されると、クザスがお茶を持ってやってきた。
「最近はどうなのよ?」
「どこまで知ってるの?どのみち私を介して情報得てるんでしょ?」
先日、爆炎剣を使用した時に感じた違和感に心当たりができた沙月は、少しカマをかけてみた。
「全然よ。あまり気にしてないもの。」
さらりと躱された沙月は、ため息をついてから今までの出来事を端的に話した。クザスは終始、おとなしく聞いていたが、沙月が爆炎剣について突っ込むと急に怪しい笑みを浮かべた。
「やっぱり気付いたのね。あれは私の魔力よ。一応私の強化体ってことは、私の使い魔みたいなものよ。あなたが自分の魔力使い切ったら、主人の魔力は使えるのよ。」
それを聞いて、盛弥とオニコのような関係だと理解した沙月。しかし、2人の関係とは決定的に違うと自覚する。自分の感じた小さな違和感から、割と大きめの事実を伝えられて少し考えていると、クザスが声をかけた。
「それで?聞きたいのはそれだけ?」
その言葉で我に返った沙月は、もう1つ聞きたかったことを聞いた。
「聞きたいっていうか、知ってれば教えてほしいんだけど、今のリンキの弱点とかないの?正直思いつかなくて。」
クザスは、自分の湯飲みに口を付けながら右目だけで沙月を見る。覚悟を問うようなまなざしに内心ドキッとするが、クザスが口を開くのを待つ。クザスは湯飲みを置くと、静かに言った。
「そうね。足元、かもね。」
「えっっ!?」
「今のリンキは、窮地に陥って覚醒した状態ね。元々そんな話があった気がするけど、詳しく覚えてないのよ。確か、乗っ取る幹部によって能力が違うはず。私の場合は、炎がマグマになるみたいな感じだったわ。他の幹部の場合は聞かされてないから知らないけど、共通するのはリンキの生成する蚊人も覚醒すること。個々の強さも、全体数も、生成スピードも格段に上がる。でもね?」
クザスはそこで言葉を切り、沙月の様子を確認する。沙月は、その先にどんな言葉が来るのか気になり、思わず唾を飲み込む。
「大量の僕を放つってことは、そこに目を向けたいのでは?と私は思うわ。」
「つまり、リンキのボディか、その周辺にあるってことね?」
沙月の言葉を聞いたクザスは、静かに頷いた。
「私はそう思うわ。」
沙月は、目の前が開けた顔つきでお茶を飲み干すと、クザスに礼を言って帰ろうとする。しかし、1つだけ確認事項を思い出し、玄関で背中越しに問うた。
「あなたはこのまま動かないのよね?それだけ確認するわ。」
「そうね。基本的にはそのつもり。でも、あなたが必要だと感じた時は動いてあげなくもないわよ?」
クザスは冗談ぽく言うが、沙月はいたって真面目に「そう。分かったわ。」と返して出て行った。
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