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私の遠き王の話

 私はある部族の祭祀だった。ドルイドやドルイダスと呼ばれるその身分に生まれた者は子供の頃よりありとあらゆる教育を施される。十二年の教育を終え私は最高位に上り、王より宿木でできた冠をいただき、特別な服を着せられ樫の杖をもらった。

 部族の宗教的政治的指導者の一人として人々に大切にされた。王の横に侍り、肉を食べワインをよく飲んだ。

 私は良く占い導こうとし努力した。部族間の争いを収め、裁定し、子どもたちを教育し穏やかに暮らす。

「ラグネル、肉は捕れたかい? 昨日の分が残ってる? 夕飯は?」

「あ、忘れていたわ」

「しょうがないね。忘れっぽいな、ラグネルは」

 仕事と勉強に夢中で狩りをすることを忘れても誰かが必ずわけてくれた。

「賢いラグネル、こちらにおいで。エールを飲もう。蜂蜜の酒は好き? 一緒に飲もう。歌を聴かせてくれ。昔の話も」

 部族の皆から大事にされて私は幸せに過ごした。仲間がいて、家族がいて、王がいて、本当に幸せだった。輸入物の高価なワインなんかも良く口にした。美味しいと言えば皆、私にそれをくれようとした。宴にも必ず招かれて、そういう時は竪琴を持っていった。皆で歌を歌い、笑い合った。存在が求められ愛される喜び、そういうもので毎日が楽しかった。

 他の部族との戦いなんかもあったけれど、部族の祭祀たちとすぐに話し合い調停し酷いことにはならなかった。それなのに、ある時、部族の滅びを示す暗示が浮かんだ。すぐに王に告げて私は敵の部族のドルイドが誰かを占った。

「ドルイドがいない……」

 交渉相手がいない。侵略者が異民族であることがわかった。

「侵略者は異民族よ。おそらくはローマ人」

「遥か西の部族が戦ったという。和平は求められないものか」

「王よ、相手にそのつもりはないようです。逃げますか」

「ラグネル、そなたは賢い。しかし、ここからは王と戦士の領域だ」

「でも、王よ」

 滅びの兆候がでているのです。


 そう告げても王は穏やかに避けられないと言った。戦士は鉄の剣を穿いて髪をライムで脱色し爪を染め戦の準備をしている。私は傷薬となる薬草を集めた。呪術を行い敵を呪った。

 しかし、馬のいななきが侵略を告げる。凶兆はますます強く輝いていた。

「王よ」

「ラグネル、心配するな。また生まれ変わる。死ぬことは別れではない」

「でも」

 混乱と略奪、戦いと死の匂い。酷い。ドルイドを持たない部族との戦いは終わりを知らない。滅ぼされるほど恨まれることなどしていないのに。死の向こうに帰って行った戦士達を送る。

「なんで、なんでこんな」

 知識があっても占いができても、死の先に帰ってしまった死者は戻らない。この人は私に塩漬けの肉をくれた。この人は子どもにとても優しかった。この人は私に蜂蜜の酒をくれた。この人は花を。この人の子どもはやんちゃで手を焼いていた。

 色々な想いを載せて死者を送る。でも、もうこんな悠長なことをしている場合ではなくなっていた。理性のない獣のような侵略者が私たちを殺そうとしている。

「ケルトは人を生贄にする! 放っておけば我らの子どもを生贄にとられるぞ! 野蛮な部族を討ち滅ぼせ!」

 異国の言葉だが、私はわかる。そう教育された。適当なことを言っている。死んだ者を送る儀式のことを言っているのか。刑死者のことをいっているのか。

「王よ、私たちのことを野蛮だと言っています。野蛮な我々を悪と扱って滅ぼすつもりです」

 近隣の部族も集まり、異民族との戦いは苛烈を極めた。明日も来るか、明後日来るか。どんどん疲弊していって、もう戦士が残っていない。傷薬も。


「ドルイドの中で一番若いラグネル、よくお聞き。ドルイドは知識を口伝で伝える。誰かが必ず生き残らなくてはならない。私たちの知識が絶えてしまう」

 各部族の王とドルイドドルイダスが集まって私を見ている。このままでは近隣の部族すべてが滅ぼされると見て、王たちで話し合って私の処遇が決まったらしい。

「この大鍋の中にお入り、年若いラグネル」

「はい」

 聖なる大鍋だ。部族の至宝。

「蓋をしてしまうよ。目が覚めたら新しい世界だ。呪いもかけよう。お前を守る呪いだ。新しい王に出会うまでは醜い老婆になる呪いだ。醜さはお前を守るだろう。ただ長くは続かない。目覚めたら早く王を探して。見つからなかったらラグネル、お前は老婆として死ぬだろう」

「はい」

 頭をさげ多部族の最後の一人になることを受け入れた。私だけが生き残る。

「お前はたくさんの夢を見る。未来の夢も過去の夢も。遙か先の未来も見るかもしれない。未来の血族に古い知識をもたらしますように」

年上のドルイドたちが祈ってくれている。

「そして、ラグネル、其方だけでも幸せになれ」

「王よ!」

 涙が溢れる。使命を背負って生きるのだと思っていたのに。そう思っていたのに幸せになれだなんて。大鍋の蓋が閉められた。そして、私は眠りについた。

 年老いた王に私は愛されていた。涙が頬を伝い冷たい。長い時を仕えるはずだった王や親交のあったドルイド達は私を大鍋に入れて未来に送った。

 未来の部族のために。


 目覚めれば私は確かに老婆になっていた。鍋から這いだせば火のない竈だということがわかり、その家は湖の畔にある小屋だと言うことがわかった。今まで誰かが住んでいたかのような小屋だ。

 外に出ても森なんていつでも同じで、何年たったのかわからなかった。すぐさま占いにとりかかり何年たったのかを計る。星も読み、そして、正確な年数を知った。

「五百年……」

 部族があれからどうなったのか知る術はないだろう。五百年後のこの世界で王に会う方法を探すしかない。

 私は古き王権をもっている。

 老婆であるとか、街の人々に気味悪がられているなんてどうでも良い。


 もう時間もないしとにかく次の王を選ぶ。寛容な男なら誰でも良い、騎士ならきっと大丈夫だろう、と思ったのに、王が幸せになれなんて言うからうっかり結婚したいとか妄想が口から滑り出た。

 しかも、いい男と。なにかの天啓だったのだろうか。

 ごめん。みんな。

 でも、義理堅いケルトの男を見つけたよ。この男をたどればきっと次の王に辿り着く。気のないそぶりをしてガウェイン卿に王を紹介してもらおう。婆の野望が笑いとなって口から漏れて、ガウェイン卿がひいているのがわかった。


 昔のことを思い出して長い間、ボーッとしていたのにガウェイン卿は帰らなかった。何か話があるのか。まぁいい。丁度いいから私の用事を済ませよう。

「ところでガウェイン卿、ケルトの男よ。他にケルトの知り合いはいるかい?」

 キヒヒヒ、と笑えばガウェイン卿がビクッとした。

「なぜそのようなことを聞くのですか?」

「ケルトの男は私の血族だ。懐かしくてね。で、他にいるのかい?」

 とにかく、王にふさわしいケルトの男を見つけなくては。ガウェイン卿と出会っても私は老婆から戻らなかった。ガウェイン卿は王ではない。

「我が王のアーサーや弟たちもケルトの男ですが」

「紹介して」

「なんでですか。アーサー王にはもうお会いしたのではないですか」

「そうだったわ」

 あのおっさんが次の王だとは思えない。実際、私は老婆から戻っていないし。もうちょっとイケメンじゃないと王は務まらない。私の王は歳は取っていてもイケメンだった。

「なにを考えているのですか? 賢い方」

「ふむ」

 結婚式ではおそらくガウェイン卿の同僚上司が一同に会するだろう。それは好機だ。全員チェックできる。

「ところで私たちの式はいつなんだい、ガウェイン卿」

「そのことなのですが、やはり私は貴女との結婚はできないと思うのです」

「なんでだい? 供物の男」

 ガウェイン卿は困っていた。

「貴女が本当に恐ろしい魔女ならば私は王のために我慢したでしょう。また貴女が愚かで人間性に問題のある卑しい老婆ならば迷うことなく騙して愛のないことを隠し、愛をささやいたでしょう。しかし、貴女は賢いドルイダスだ。尊敬されるべき人間です。嘘をつきたくありません」

「それで結婚できないか」

「はい」

 軽薄そうなガウェイン卿だけれど、王への忠誠心から老婆との結婚を承諾する男だ。かなり手強そうだ。

「まず、結婚に愛は必要ない。ただの契約だ」

「俺にとってはそうではありません」

 ガウェイン卿が頑固だな。

「困った」

「なぜですか?」

「ある人と、幸せになると約束してしまったから私は結婚はしたいんだ。ガウェイン卿。どうすればいい。私には難しすぎる問題だ」

 ガウェイン卿が呆気にとられているな。

「貴女と話していると、とても賢い人だと思うことが多いのですが……、時々とても幼い人と話をしている気分になります」

「見ての通りの婆婆だけど」

「そうですよね」

 ラグネルちゃんは子どもね。詩人のおねえ様に何度か言われたことがある。そうではないと必死になればなるほどからかわれた。それもまた、昔の話。懐かしい思い出。できるなら、あの頃に戻りたい。五百年前だけど。私はみっともなく泣いてはいないだろうか。

「幸せには、私がします」

「ほう」

 ガウェイン卿が痛ましいものを見る目で私を見ている。

「貴女を私が幸せにします」

 頑固そうな騎士が誓ってくる。これってもう結婚してるようなものじゃない私たち。

「じゃあ、結婚しよう。よくわからないからそれがいいから」

 私の幸せは……、なんとなくおっさんに望みを訊かれて思いついて結婚と口走ったわけだけれど、何かの天啓だったのだ。とにかく、私は結婚することにした。お前に選択権はないんだ。ガウェイン卿は不満そうだがそれがいいからと私は結婚を押し切った。

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