一番良い騎士
人の多いところを歩けば私を知らない若い男たちの目引いてしまった。
「うわみろよ、あの婆さん見たことがないぐらい醜いぜ」
「しっやめろよ。魔女だぜ絶対。若い男を連れている。美しい男だ。拐かしたに違いない」
「こええー。俺も拐かされたらどうしよう」
不躾な若者たちが私を見て笑っている。知らない奴らからすれば魔女は良い娯楽ネタだ。私ぐらいの老婆なんてなかなか見れるもんじゃないから。あんな頭の軽そうなやつらなんてどうでも良いけどね。でもまぁ街の中が居心地がいいわけじゃない。
「あいつら……」
とはいっても、婚約者の騎士がプッツンするのは予想外。
「この方を嗤うな」
狼の唸り声に似た声を出して感情を剥き出しにしてガウェイン卿が若い男たちに向かっていった。
「ヒィッ」
「なんだよ、そう見えるってことぐらい 口にしちゃダメだっていうのかよ?」
半泣きになりながら若い奴らが言い訳をしている。
「誰だって嗤っていいわけが、ないだろう」
気に入らなければ秒で喧嘩売りにいくのか。なかなかの戦闘民族だ。そして、私は気がついた。これって、あのシチュエーションじゃ?
「やめて! 私のために争わないで!」
若者の間に枯れ木のようなババが躍りでる。いや、まさかこんなシチュエーションになるなんて。若者の間の女はヒロインポジションじゃぞ。私には何事も楽しむ余裕があった。一度ぐらいやってみたかった。
「ラグネル殿、下がっていてください。侮辱許しがたい」
ガウェイン卿、なんて良い子なんだ。イケメンなのにこんな茶番に付き合ってくれるなんて。感激。私は感激して止めるのをやめ、ガウェイン卿が若者たちを〆るのを眺めた。おお、強いなガウェイン卿は。若者が片手で持ち上がっている。
「己の卑小さを知れ」
一通り〆て解放した後、ガウェイン卿は私に向き合った。
「私は騎士です。こういう先達に対する不当な扱いが許しがたい。婚約者としてではなく騎士として、私を頼ってください。ラグネル殿」
眉と鼻が近くになるほど顔をしかめてとても嫌そうだ。ガウェイン卿みたいな王に仕える強い騎士はこういうのに慣れてないんだろうな。
「いいよ、慣れてるからべつに」
「慣れてはいけません。こんなこと、慣れてはいけないのです」
ちょっと鬱陶しいなとも思うけど、若者らしい正義感はなかなか可愛らしいと思う。
「私は年寄りだからね、もうそんな輩に構ってる時間すら惜しいのさ、ヒッヒッヒ」
悪意は確かに気分は良くないが、私にはやりたいことがたくさんあるんでね。
「そういうものですか」
ガウェイン卿が腰に手を当てて考えている。
「そういうものさ。まぁありがとね。こんな婆のためにねぇ……」
孫ぐらいの年齢差に見えるだろうが、ガウェイン卿は私の婿だ。その正義感か何かがしらないが、そういう性格でババをひいたんだろう。嫁に。上手いことを考えた私は一人不気味に笑い続けた。
老婆の爆笑に明らかに引いているガウェイン卿を気にせずに笑っていたら顔見知りの門番のハンスが来た。
「お、ラグネル婆さんじゃないか。なんか楽しいことでもあったのかい?」
たくましいハンスは街の警備をしている。騎士という身分はないが兵士として立派にやっている。私はこのハンスを気に入っていた。昔の知り合いに似ているからつい甘くなる。
「いやいや、騎士様にね、助けていただいて、つい嬉しくなってしまってね。親切な人もいるもんだねぇ」
「ああ、ラグネル婆さんに親切にするなんてなんて美徳だ。良かったな、婆さん」
「ヒヒヒヒヒ」
私は笑い続けた。うける。
「さ、用が済んだらさっさと帰りな。街の奴らが嫌がっている。用があるなら手伝うがどうする?」
「いや、帰るとするかね」
街は私の居場所じゃないんだ。ガウェイン卿がフードを目深にかぶった。
「そうだ、ハンスならわかるかな」
「なんだ婆さん」
なかなか良い男のハンスにふと聞いてみようと思った。ガウェイン卿の王であるアーサーはあるなぞなぞができなくて悩んでいた。そこを私が助けて婿を紹介してもらったんだ。
「なに難しい話じゃないんだが」
何を悩んでいるのかと私は思ったものだ。
「女が男に心から求めていることは何か、ハンスわかるかい?」
ハンスはニヤッと笑った。
「なんだそんなことか。ふむ。金を稼いでくることだな、きっと。男が稼がないと女が楽できないからな」
「ああ、そうなるか。ふむ。しかしね、ハンス、女が男に求めるものは、男が女に求めるものと変わることはないよ」
「まぁラグネル婆さんだからな。もはや男みたいなもんだ」
「ヒヒヒ、違いない」
気の良いハンスもあまり賢くはないようだ。ハンスに自作の傷薬を渡してやって私は家に帰ることにした。
「連れてきてもらってなんだが、馬にはもう乗りたくないんだ。小麦だけ運んで家に置いといてくれないか」
「ラグネル殿、今度はあまり揺らしませんから乗ってください」
「おや」
私は意地悪をされていたらしい。まぁそういうことをしたくなる気持ちはわかるね。醜い婆さんと結婚させられるのだから。
「今度は揺らさず頼むよ。私はもう死にかけのババさ。小細工しなくても長くはないのさ」
この枝のような腕をみよ。腰は痛むし次の冬はもう怪しい。しぶとく生きようとは思ってはいても体がついていかない。ガウェイン卿は指笛を吹いて馬を呼んだ。近くで待っていた馬はすぐにその堂々たる巨体を現した。賢い馬だ。
「女性の望むように自由にさせること」
ガウェイン卿が呟いた。
「さては知っていたね」
「聞きました。どうして王がそんな約束をしたのか。そして、今、思います。男が女に求めるものが同じならば、どうして私はそれを得られないのか」
ガウェイン卿は馬を撫でて機嫌をとって小麦を鞍の荷袋に左右に分けて入れた。
「それは、すまないねぇ。しかし、私は一番良い騎士とは言ったが、お前さんが婿に欲しいとは言ってないんだけど。ちなみに、一番良いってどの辺が一番良いんだい? 強いのかい?」
アーサー王の配下は優秀そうなのが多そうだが、ガウェイン卿は何が良い騎士なんだ。少し待っているとボソッと答えが返ってきた。
「思い切りの良さ」
顔、とか言われるかと思っていた私は思わぬ答えに再び笑った。
「それは、間違いないね」
どうだ、婿のガウェイン卿はなかなか良い男じゃないか。