私を街に連れてって
また婿が来た。再訪した婿はやはり輝かしかったし背が高い。後光が差して見える。まぶしい。もしかしてお迎えかと一瞬身構えたが顔が良い騎士だった。普通に太陽背負ってるだけだった。なんだ。
私はドアを開けて後退り視線を合わせる。だって、剣の間合いに入ったら討たれそう。いや、大丈夫なんだろうけど。
「おはようございます」
「おはよう、ガウェイン卿。何か用かな? あと、そんなにかしこまらなくていいんだよ。この通り私は魔女とはいえ何の身分も持たない卑しい老婆さ」
気の良い婆を演出してみる。まぁ男要求してる時点で今更過ぎるわね。
「そういうわけにもいきますまい。王の恩人でもあるのですから」
王命で私と結婚する男は義理堅かった。王にも私にも。律儀な男だ。こんな性格ならさぞかしモテただろう。まるで太陽のような男だ。気配がそんな感じ。魔女だからわかるの。年老いても違いがわかる女でいたい。
「我々の新居なのですが、私の城に来ていただくのが最良と思うのです」
「私の城」
石でできた私のものは何? というなぞなぞがあったら私は確実に墓と答えるだろう。どんな石がいいかすら最近考えている。魔女らしく黒いのがいいか、死人らしく白いのがいいか。迷っちゃうなぁ。
それなのに、目の前の騎士は私の城があるという。城。家じゃなくて、城。
「そこまで大きくはないですが」
ホイホイついていったら幽閉されて老い先短い一生を更に短く終えそうだなと私は思った。魔女が閉じ込められた城とか価値あがっちゃいそうじゃないか。特に地下牢とかそういう部分が私は似合うと思う。じめっとして水もれしているような牢の柵にすがりつく囚われの私。似合いすぎて自分が怖い。トータルコーディネートかよ。
「年取ってから引っ越しするとボケるって話だからやめとくよ。だから一緒に住まなくっていいんだって」
似合うとはいえ幽閉されてはたまらん。魔女の城ライフなんてきっとろくなもんじゃない。討たれるか火炙りにされるか幽閉されるか正義の軍隊が攻めてくるか。選択肢に幅があるが、いずれは近い未来に不本意なDeath一択だ。
私はできれば白い花畑の中でロマンチックに死にたい。端から見れば不審な死かもしれないが、墓石を枕に太陽の下、果てたい。墓石に乙女ラグネルここに死すって彫っておかないと。自分で埋まる器用なことはできないから野ざらしだろうけど。そうだ、白骨死体なら誰も年齢とか気にしないからもっと盛っておくべきか。
美しき乙女ラグネル、ここに死す。
いいね。誰か間違えて泣いてくれるかもしれない。別に嘘でもないし骨の没時の年齢なんて誰も気にしないさ。
「ラグネル殿? 聞いていましたか?」
「え? なんだって?」
最近、耳が遠くなってね。イケメンを目の前に墓のこと考えてたなんて言えない純情な老婆の私はごまかした。ロマンティックな理想の死ぐらいあるじゃない。今度、この若者に話してみよう。なんたって、私たち結婚するんだし。
一通り結婚式について話をした婚約者殿は立派な刺繍が施された外套を着て帰ろうとしていた。
「また来ます」
「あ、頼みがあるんだけど」
こんな若者がいるなら使わない手はない。しかも、婚約者だ。使ってやろう。
「なんですか」
鉄面皮というわけでもなかったガウェイン卿は少し嫌そうにしている。外見にこだわりがあるだろう美しい男はゆるく編まれた自分の金髪を触った。
「買い物手伝ってくれないかい? 最近、荷物が重くてねぇ……。騎士様に手伝ってもらえると助かるんだけど」
別に肺なんて弱くないけど咳き込んで見せる。腰も曲がり必要な物も買いに行くのも面倒なのだ。ひ弱な婆の病弱な姿に騎士心を刺激されたのかガウェイン卿はいきなり輝いた。やる気が光になって見える。光学療法とかあるかな。気持ちが若返る気がする。
「そういうことならば喜んで」
一番良い騎士であるだけあって元から親切な性質だろう騎士がより大きく見える。なかなか良い婿だ。
ガウェイン卿の馬に乗せてもらった。
「うぉおおおっ落ちる」
「すいません、ラグネル殿、馬には乗れませんか」
「昔は乗れたけどね、今は無理だ。抱えてくれ」
「わかりました」
親切な騎士のガウェイン卿は落ちないように抱えてくれた。しかし、デカい男だな。
馬、腰にくる。帰りは歩きたい。親切にも揺れないようにゆっくり行ってくれてるけどそれにしたって無理がある。こういう時に若かったらなぁと思わないではない。
「ごふっ」
「大丈夫ですか?」
馬の上下運動にやられるババにも親切な騎士だ。婚約者じゃなければ隠された嫌悪感を向けられることもなかっただろうな。まぁ仕方がない。恨むなら主君を恨んでくれ。
森の湖畔の小屋から遠く離れた城下町の市場は賑わっていた。政治が安定しているから、ここら辺は豊かだ。アーサーは王らしい。そんなに偉い奴だったのか。たしかにそんな名前の奴が王だった気もする。あんなにくたびれたおっさんで頭悪そうだったんだけど。
「どこに行きますか?」
「とりあえず私の持ってきた商品を売るとするか。金ないから」
いつも買い取ってもらっている店にいく。ドアベルの鳴る扉をあければ乾燥したハーブがつるされ瓶が所狭しと並べられていた。
「ケヴィン! ケヴィンいるかい!」
「ラグネルばぁさんか。今日は何を売りに来た?」
私のしわがれた声に店の奥からでてきた店主はいやらしい表情の親父だ。女なら誰も近寄りたくないほど下品な奴だ。私はババだから気にしないけど。
「シロヤナギが集まったからもってきたよ。あとは乾燥させたオレガノだね。あとはベラドンナ」
「ああ、それは良いな。よく売れる。どのぐらいある?」
「荷物持ちがいたからたくさんあるよ」
「あ、どうも。おい、ラグネルばぁさん、どこでこんな男見つけてきたんだ。木にでもなったのか?」
店主がゲヘヘと下品に笑っている。
「困った人を助けたら褒美に婿がもらえたのさ、ヒッヒッヒ」
「まじかよ! ラグネルばぁさんが結婚! めでたいね! あの世に婿はもってけねぇぞ!」
「うるさいね。結婚してみれば男の良さもわかるかと思ってね。ヒッヒッヒ」
「まじかよ! 付き合わされる男が気の毒だぜ。まだ若いだろうにばぁさんと結婚とは大変だな!」
外套を深くかぶったガウェインは大きな男にしか見えないだろう。若いだけじゃなくて顔もいいんだぞ。
「ほら、これが代金だ。多めにしといたぜ」
「少ないじゃないか。ほら、乾燥させたベラドンナはもっと高く売れるだろ? もっとよこしな」
「ちっ」
舌打ちした主人は銀貨を一枚追加した。
「ふん、相変わらずケチだね」
「ばぁさんにはそれで十分なんだよ」
「ちっ、どいつもこいつも老人に厳しいね」
「魔女から買ってやってるだけ感謝されたいもんだな。ほら、邪魔だから行ってくれ。用がなければ近寄るな」
「もう来ないよ!」
「おう、またな!」
追い出されるように店をでる。
「ちっ、足下みやがって」
不快な取引だが手に入れた銀貨数枚の重みは悪くない。
「いいんですか? 話からするともっと高く売れるのでは?」
ガウェイン卿が心配そうにしている。目元が垂れ目気味で優しげな印象がある。
「あそこぐらいしか魔女となんて取引しないのさ。さてと、金も手に入ったし買い物にいくか」
ここぞとばかりに重いものを買ってやるんだ。
「この小麦いくらだい?」
「高いぞ。一袋小銀貨三枚だ」
「なんでそんなに高いのこのまえは二枚だったろ」
「魔女には高く売ることになったんだよ」
小麦を売っている親父がニヤニヤしている。私からぼったくろうとしているのを隠そうともしない。
「ちっ。どいつもこいつも」
「魔女なんだからどうせ魔法で金でもなんでもだせるだろ」
「だせるわけないだろ。薬草売ってるんだよ。ほら、小銀貨二枚だ」
「三枚だって言ってるだろ」
「五枚で二袋くれ」
「しかたがねぁな。ほらよ」
投げつけるように渡されたから私も小銀貨五枚分の価値のある銀貨を投げつける。
「もうこないよ!」
「おう、またな!」
本当に商売人というのは足元をみてくるな。こんな、老人からぼったくるなんて。
「もっておいとくれ」
重たい小麦の袋をお供の騎士に渡す。荷物持ちがいるなんていい身分じゃないか。私。なかなか使えるな、婚約者殿は。しかし、財布の中身の残りは乏しいものだった。
「ちっ、小麦を買うとあまり残らなかったか。これじゃワインは買えないな」
「ワイン」
「なんだい? 騎士様も飲むだろう? 私も割と好きで飲むんだ。買い物はこれだけだ」
毛皮が一部ついたマントのフードをガウェイン卿が外した。目立つ美男子だから周囲がガウェイン卿に注目したのがわかった。本物の金に近い天然だろう髪をセンス良く編んでいたのが乱れている。なんでここで取るんだか。
「ラグネル殿はいつもこんな扱いを?」
「婆婆の扱いなんてこんなもんだよ。特に私は魔女だからね、ヒヒヒヒ」
不気味に笑って見せたら、ガウェイン卿がなんとも複雑そうな顔をした。