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入学式




『紳士淑女の皆様、本日は入学おめでとうございます。アルフォード学院代表として祝福の言葉を送ると同時に、心より歓迎致します。』



この声が端まで届くのか不思議に思う程、とてつもなく広く立派な講堂には200人余りの新入生達が集う

皆それぞれ爵位ある貴族の生まればかりで、皆様々な期待や思惑を胸に真剣な面持ちで式辞の言葉へと耳を傾けている


それもそのはず、この学院は王族や貴族、其れ相応の身分のみが入学を許された由緒正しき名門校であり、品性方向かつ聡明で立派な紳士淑女になるための学院なのだから



新入生の一人であるリリアン・ギルバートはその中でもひときわ緊張した面持ちで一点、代表者でる学院長をジッと見つめるばかりで、話が耳に入っているかと聞かれると疑問である


(ああ、今更になって一人この学院で生活することに緊張してきた…生まれて初めて親元を離れての寮生活、最初こそは能天気に成るように成るなんて甘く考えていたけど、実際に学院に来てみると意外と不安になるものなのね。一つ勉強になったわ)


彼女はとある小さな街を治める男爵の娘である。明るく天真爛漫で家族や周りの人から愛されて育った彼女だが、いざ自分よりも身分の高い同級生達に少しばかり気後れしていた


(これからこの人達と一緒に勉学に励むのよね…仲良くなれるように頑張らないと)


そう意気込む彼女の耳には、学院長の長く退屈な話などは耳に入っていないことだろう






式典とクラス分けが終わりそれぞれに自由時間を与えられ、リリアンは校内の探索へと向かった。余りにも豪華で且つ広すぎるその造りに圧倒されながらも感嘆の声をあげるリリアン


「うわぁ…綺麗な装飾に立派なオブジェ。私のいた町じゃ見たこともない造りね」


まるで不思議の国に迷い込んだアリスのような気分で目を輝かせながら辺りを散策し続ける彼女は、持ち前の好奇心を存分に発揮していた


(ここは図書室ね。こんなにも沢山の本見たことない…これを好きなだけ読めるなんて夢のよう…あ……)


リリアンは一歩一歩図書館内へと歩みを進めると、隅の方の席で男が一人、黙々と本を読んでいた。濡れ羽色の艶やかな髪が窓から差し掛かる日差しを反射させ、それはまるで絵画のように美しく思えた。リリアンは思わず固唾を飲み込み、それとほぼ同時に静かに息を吐き出し心を落ち着かせた


(び、びっくりした…人がいたのね…あれは、さっきのクラス分けの時同じクラスに割り当てられた人だわ。折角だし声を掛けようか…いやでも読書の邪魔しちゃ悪いし……)


リリアンは数分頭の中で悩んだ末、意を決したかのように足を踏み出しそのまま男の元へと歩みを進めた

(ええい、こうなったらヤケだ。やらずに後悔するよりやって後悔する方がいい。無視されたらされた時だ!)


「あの、読書中失礼します。もし宜しければなんですが少しお話しでもどうでしょうか?」


少しの緊張はらんだ声で声をかけると男は数秒の沈黙の後、顔を上げた。その数秒だけの沈黙がリリアンには数分にも数時間にも感じた


「なんだ、お前」


顔を上げ一言そう言った男は不審そうに眉を(ひそ)めた。そして先ほどは見えなかった瞳と目が合った。その瞳は突然声をかけてきたリリアンへの疑念の色も含んでいたが、まるで濡れた新緑のように透き通った美しい色をしていた


「………きれい…」


「…はぁ?」


思わず(こぼ)れたリリアンの言葉に余計に戸惑いの表情を露わにし、眉間の(しわ)がより一層深くなる男


「ごめんなさい。あまりに綺麗な瞳だから思わず…この窓から差し込む光が入り込んで余計にそう思うんだわ」


あまりにも真っ直ぐ、それでいて恥ずかしげもなく素直にそう告げるリリアンに呆気にとられながらも、男はイライラした様子で返す


「…俺が聞きたいのはそういうことじゃない…お前は誰だ。そして何故俺に声をかけたか聞いている」


「ああ、それもそうよねごめんなさい。私の名前はリリアン・バートと申します。タナンという街からこの学院に来ました。先ほどクラスが一緒だったと思い、お声をかけました」


スカートの裾を持ち軽く頭を下げお辞儀と共に自己紹介をするリリアン。それを見て不審そうな表情から少し腑に落ちたような表情に変わり、男は尋ねた


「…お前、俺が誰だか知っているのか?」


自己紹介をしたのだから、当然相手にもしてもらえるものだと思い込んでいたリリアンはポカンとした表情で首を振った


「なるほど、無知な田舎娘か。だから軽々しく声をかけてきたのか」


無知な田舎娘。その言葉に少しばかりカチンとさせながらも、リリアンは男の言葉の意味を考え、そして一つの答えが頭を()ぎる


「…もしかして、とても位の高いお家の方だったのですか?伯爵家や公爵家などの…だったら軽々しく声をかけて申し訳ありません」


「王族だ」


「へ?」


リリアンは思いもよらない相手の返答に思わず間の抜けた声が漏れた。


「俺の名はアルヴィン。王位継承第二位にあたると言えばわかりやすか?」


それを聞いたリリアンは顔の血の気が一気に引いた気がした。軽い気持ちで声をかけた相手がまさか王族で、それも王位継承第二位の王子だとは予想だにしていなかったことだ。そうとはつゆ知らず、気軽に色んなことを話してしまったことを、今更ながら後悔する


「こ、これは大変失礼致しました。まさか王子だったなんて思いもよらず、軽々しく声をかけてしまったことをお詫び申し上げます。い、以後このような事のないように気をつけますので、今回はお許し下さい。それでは貴重な読書の時間を邪魔してすみませんでした。これで失礼します。」


リリアン自身すらも驚くほどの速さでそうまくし立て、相手に何か言わせる隙も与えない。しかし心中は言葉の冷静さとは裏腹にかなり動揺していた

(ど、どうしようまさか王族の人だったなんて…取り敢えずここから逃げないと)

一刻も早くここから逃げ出したいという気持ちで立ち去ろうと、踵を返した瞬間


「おい待て」


その声で体は一気に硬直し、本能が立ち止まる事以外の行動を拒んだ

(ああ、折角の夢見た学院生活が入学初日にして一気に台無しね…王子に対する非礼を咎められきっと学院にも居辛くなるんだわ…)



「何故、俺に声をかけた」


リリアンは観念したかのような面持ちで振り返ったが、男の思いがけない問いにまたもポカンとさせられる。その質問の意図が読み取れず、少し悩んだ末にリリアンは意を決し、口を開いた


「その…せっかく同じクラスの人と出会ったのだから、せっかくなら仲良くなれたらなと思って…まさか王家の方とは思いもしなくて…」


そう答えると男は面食らった顔をした後、何故かフッと笑みをこぼした。



「俺もこんな身分なものだから、媚びを売ってくる輩は多くてもお前みたいに純粋に仲良くなろうと近づいてくる奴など居なくてな。友人と呼べる者も少ない。どうだ?俺の友人になってくれないか?」


これまた思いがけない男もとい王子の発言に驚き、目を白黒させるリリアン


「本気ですか?私は田舎街の男爵令嬢ですよ?そんな私と仲良くするなんて良い噂は流れないだろうし、それにもし友人になるなら自分で言うのもあれですが、ご機嫌とりとか出来ないし、後先考えず何でも率直にに言いたいこと言ってしまうタイプですよ?」


「構わん。むしろその方が良い。気を遣って言いよる方が気分が悪い」


「そうですか…?……ではそうします!いやぁ、まさかここに来て最初の友人が王子だなんて思いもしませんでした。ところで王子はこの後の自由時間も読書を続けます?」


「ああ、そのつもりだ」


「そっか。私はもう少し学内を見てまわりたいので、一旦お別れですね」


「ああ」


「では、また!失礼します」


リリアンが笑顔でそう言うとアルヴィン王子はそのまま先程まで読んでいた本へと視線を戻した。

リリアンもそれ以上そこに居てもお邪魔だろうと、今度こそその場を立ち去ろうとその場を後にしたのだった

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