006 騎士団長
そろそろ動き出しそうで動き出せない、序章はほとんど解説回になりそうです。
「ただいま〜」
「お帰りなさいませ、ご主人様〜」
俺が玄関の扉を開けるとククルがメイド服で出迎えてくれた。
メイド服を着ているという事は一通りの事は叩き込まれたのだろう。
家では半人前と認められて初めてウルルからメイド服着用の許可が降りる。
ククルは基本的な礼儀作法等を既にある程度知っていた為に半日で許可が降りたのだろう。
普通の場合は2週間程度掛かることが多い。
「ククル、これから晩御飯の時間までちょっと戦闘訓練を行ってもらう。
その服でも良いかもしれないけどウルルに言って動きやすそうな服を着て中庭に来てくれ」
「かしこまりました、少々お待ちくださいませ」
戦闘訓練は俺から騎士団長自らに頼んである。
あと5年で彼女を俺の従者として相応しいレベルにまで仕上げなければならないのだ。
5年と言ってもこの星の1年はちょっと長いから地球上でいう6年にあたる。
最低でも貴重な素材を単身で狩ってこれる程、欲を言えば単身でレッサードラゴンを殺せる程度の実力は欲しい。
どうせ目指すなら高いところを目標にした方が良いだろう。
「ギルさん、お忙しい中ありがとうございます」
「いや、このくらい大丈夫だよ。
僕達はいざって時以外は基本的に王都で待機だからね、暇なんだよ」
「ご主人様、準備出来ました」
「ふむ、君がククル君だね。
初めまして、ギルサベヘド=ラグマージです。
騎士団長なんて大層な身分を抱えていますがただの平民の出の一戦士です。
気軽にギルって呼んで呼んで貰えると助かります」
「ぎ、ギル様……よろしくお願いします」
「さて、ククル君は何か剣の位を持っているかな?」
「剣の位ですか?」
「そ、風王とか、風仙とか、風剣とか」
剣の位というのはその流派で実力者に与えられる称号のようなものだ。
剣帝が一番強く、その流派の頂点に与えられる称号でその次が王、仙、剣という順番に下がっていく。
基本的に剣位を持った剣士になって初めて道場を開く許可が貰えるらしい。
「特に持って居ないはずです」
「そかそか、じゃあ、とりあえず四大流派全てで剣位を取って貰うからそのつもりで頑張ってね。
ちなみに僕は雷王、水王、風王、炎王と四大流派は全て剣王の称号を持ってる。
とりあえず、この剣持って全力でかかっておいで」
「い、良いんですか?」
「ククル、とりあえず死ぬ気でやってみろ。
その人めちゃくちゃ強いから大丈夫だ」
さて、どうなるか見物だ。
現時点でギルさんとの差がどのくらいあるのか気になる。
ギルさんから1本も取れないようでは俺の従者として相応しいと言えるレベルではない。
「では………行きます!」
「おいでおいで〜」
ギルさんに向かって真っ直ぐ突っ込み剣を横薙ぎに払うがそのような攻撃は一瞬で読まれ、剣を弾き飛ばされた。
そして、ぬるりとした体運びで首筋に剣を添えられる。
ギルさんは剣を拾うとククルに差し出した。
「うん、とりあえず剣の振り方から始めようか?」
「どうすれば良いのでしょうか?」
「剣の握り方はこう、利き手を上にして軽く間隔を開けてもう片方の手を添える。
そう、その握り方で一度振ってご覧?」
「こうですか?」
ククルは握り方を変えて振るがどことなくぎこち無い感じが漂ってくる。
まぁ、いまさっき初めて剣を持ったのだから当然といえば当然だ。
「まぁ、さっきよりはかなり変わったね。
あと力み過ぎてるからふわっと軽く持つ感じで剣を振ってみて?」
「こうですか?」
「そう、その感覚覚えといてね。
剣は基本的には9通りの太刀筋しか存在しないんだ。
やってみせるからよく見ててね?」
そう言うとギルさんは剣を構えて大きく息を1つ吐いた。
その瞬間、刹那の間に連撃が繰り広げられた。
その余りのスピードに俺の目では最後の突きしかまともに捉える事はできなかった。
「ほ、ほえ?」
「ふふ、見えなかったかな?
今度はゆっくりやるよ?」
そう言うとギルさんは剣を上段で構えた。
「唐竹」
そのまま剣は真っ直ぐ振り下ろされる。
ピュッという鋭い大気を切る音がなり響いた。
その綺麗なフォームからは何千回、何万回と繰り返した修練の後が伺える。
「袈裟」
構え直したギルさんからまた鋭い一撃が放たれる。
左上から右下へ、肩から腰に掛けての鋭い太刀筋だ。
「逆袈裟」
今度は先程の太刀筋と鏡写しの太刀筋。
綺麗に反対側の軌道をなぞっている。
「右薙」
右から左へ、綺麗に水平な太刀筋を描きながら剣は最後まで振り切られる。
「左薙」
そのままの状態から逆側に走る一閃。
時間を巻き戻すかのように先程の太刀筋からひとつのブレも感じられない。
「右切上」
右下から左上にその名の通りに切り上げられる。
「左切上」
先程の太刀筋の逆、左から右上に掛けて一閃が走る。
「逆風」
最初の太刀筋の逆の軌道。
下から上に掛けての綺麗な一閃が走った。
「刺突」
剣を水平に構えたと思うと線ではなく点の攻撃が放たれる。
一太刀一太刀に命を込めた一閃。
「格好良い」という言葉よりも「美しい」という言葉の方が適しているだろう。
何年、何十年と修行を重ねてのみ可能な技がそこにはあった。
「剣技というのは、ただ剣を筋肉のままに振るえばいいものでは無いんだ。
その身に魔力を込め、自らの肉体を強化し、己の全てをこの剣に注いでこそ、真の剣撃を放つ事が出来る」
そう言うと今度は剣を水平に持ち、大きく真横に振りかぶった。
肉体に魔力を込め、そして大きく息を一つ吐いた。
「雷撃流、雷太刀!」
その発声と共に剣は凪払われていた。
それはまるで見えない剣撃だった。
剣圧だけでククルが吹っ飛んだという事実がなければ何が何だか分からなかっただろう。
「い、痛………くないんでしたね」
「ふふ、とりあえず君にはさっき僕か放ったやつ、『雷太刀』を覚えてもらう。
それじゃあとりあえず素振り100回から行こうか?」
「っと、その前にククルはこれ飲んで」
「なんですかこれ?」
俺がククルに差し出したのはこっそりと研究所からパチッたユグドラシルの葉を使って調合した霊薬だ。
これを定期的に服用すれば肉体がより魔力と親密性を増すのだ。
単純に肉体を鍛え上げてもファンタジーでよくあるような馬鹿力を出すことは出来ない。
ある程度肉体を鍛えることは確かに重要だが、それより大切なのは魔力の運用法だ。
肉体強化の魔術は俺の専門ではない上、特にこれからやる予定もないので学んで居るわけでないのだがこれが出来なければどんな筋肉野郎だろうがただの雑魚モブと化す。
逆に言えばコレさえ出来れば後はおまけのようなものだ。
「まぁ、強くなれる薬みたいな奴だよ」
「へぇ〜……そんなのがあるんですね」
ククルはそう言うと俺が与えた霊薬を美味しそうに飲み干した。
俺が研究所から盗んだユグドラシルの葉は全部で16枚。
大体これだけで2年分の霊薬は調合できる。
問題はその2年でユグドラシルの葉を取ってこれる程に成長するかどうかだ。
俺は団長の指導の元で必死に剣を振るうククルを見て、頭の中で今後の予定を巡られるのだった。
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