一縷の望み
エレナとアストラは、ノース城一階にある賢者の執務室へと向かう。
見張りの兵士に面会の許可を求めると、すぐに取り次いでもらえた。彼らがユーティスの仲間であると、城内では認知されているからだろう。
「お会いになるそうです! 中へどうぞ!」
兵士はきびきびした動きでドアを開け、二人は部屋に入った。
足を踏み入れてすぐ、艶のある立派な長机が目に留まる。机には鷹の紋章の描かれた封筒と書類、それに闇魔法に関する本が何冊も積まれていた。
もしかしたら賢者様も、呪いを解く方法を、もう一度調べ直してくれてたのかな?
エレナはそんなことを考えながら、奥に進む。
ルカーヌは上質な黒の安楽椅子に腰かけ、疲労感を滲ませながらエレナたちを見上げた。
「そなたたち、何用でここへ来た? 先ほどの話の続きか?」
「はい。私たち、賢者様に教えて欲しいことがあります」
エレナが神妙な面持ちで尋ねた。
「【ランドルグ】というのは、どこにありますか?」
ルカーヌは驚きの表情で質問を返した。
「ご令嬢。何故その名を知っている?」
「ユーティスさんのメモに書かれていました。そこに呪いを解く魔法があるかもしれないって」
「なんと。あやつはそんなことまで調べ上げておったのか。それが解れば世界的大発見であるが……。最果ての地【ランドルグ】は危険な場所だ。この国の中でも、一部の者にしか知られておらぬ」
「私たち、そこに行きたいんです。力を貸してもらえませんか?」
「無茶を言うでない。あそこは別名、死の大地とも呼ばれておる氷山地帯だ。動植物の住めぬ極寒の地であり、吹雪や雪崩、落雷など、あらゆる天災にも遭遇しやすい。無事に帰って来られる保証はないぞ」
「分かってます。それでも、行きたいんです」
「例えそれが無駄足になったとしてもか?」
「はい。何もやらないで後悔するくらいなら、思い切りやって後悔する方が、ずっといいんです」
確実に助けられるなんて、甘い考えは持っていない。だがほんの一縷でも望みがあるなら、それに賭けてみたいのだ。
何としてでも、ユーティスを救いたい。エレナは強固な眼差しを向け続けた。ルカーヌの紫の瞳は揺らぎ、やがて苦しげに彼女を見据える。
「そなたらに同行してやりたいが、それがしは立場上、王国を離れられぬ。しかしそこに向かうための準備はこちらで整えるとしよう」
「ありがとうございます、賢者様!」
「喜ぶのは早い。問題はまだある。ランドルグはここよりはるか北西に位置し、到着まで二週間はかかるのだ。往復で四週間。回復魔法を毎日施したとしても、それまであやつの身体が呪いの進行に耐えられるとは、とうてい思えぬ」
「それが、移動時間を短縮する方法があるんです」
「何? それはまことか?」
ルカーヌが身を乗り出したので、アストラは持ってきた紙を差し出して見せた。
「ユーティスの書いたメモには、【転送】の魔法陣の描き方が載ってたんだ。あんたなら使いこなせるんじゃねぇか?」
「【転送】だと? 初めて聞く魔法だな。どれ。見せてみよ」
ルカーヌは立ち上がってユーティスの書いたメモを受け取り、熟読する。
「これは、妖精族の作り出した魔法か! このような素晴らしい技術があるとはな。──うむ。これならそれがしにも可能である。早速、試してみるとしよう」
「私にも詳しいやり方を伝授してください! こっちに戻ってくる時に使います!」
話がまとまり、エレナとアストラは馬車へ荷物と武器を取りに行った。その後、アストラは出発のための準備をしに行き、エレナはルカーヌと、城に隣接する魔法訓練場へ移動した。
魔法訓練場は灰色の石畳が広がっており、的がいくつも天井からぶら下がっていた。そこに居る緑の外套を着た魔法使いたちは、小さな魔法書と杖を手に、呪文の練習をしている。
ルカーヌは壁に立てかけられている長い木の杖を手にした。絡まり合う枝の先に、赤い宝玉がくるまれており、鈍く光を反射している。彼は真剣な声を部屋に響かせた。
「この魔法陣を成功させるには、移動したい場所を思い浮かべながら、地面にしかと図形を写さねばならぬ。土になら簡単に描けるが、それ以外の場合、杖の先端に魔力を集め、刻みこむようにして描く必要がある」
ルカーヌはメモを見ながら、魔法陣の描き方を丁寧にエレナに教えた。
「分かりました! やってみます!」
エレナが集中して魔法陣を書く練習をしていると、横で見守る彼が、ふと粗末な杖に目をやった。
「ご令嬢。そなた珍しい品を持っているな。どこでその杖を手に入れた?」
「これは魔法使いだった父の形見なんです。だから、どこでと言われても分かりません」
「それはこの辺りにしか生息せぬ、宿魂樹で作られた物。使い手の心に応じ、強度を増す不思議な材木なのだが。まさか、そなたの父の名は、ニーケというのではないか?」
「私の父を知ってるんですか!?」
エレナはびっくりして大声で問いかける。周りからじろじろ見られ、彼女は気まずくて身をすくめた。
ルカーヌは遠い目をして深くうなずいた。
「うむ。二十年ほど前。そなたの父ニーケは、それがしの元で修業しておった。まさかその娘とこうして出会えるとは。世間とは意外に狭いものであるな」
「父から見習い時代の話は聞いてました。お師匠様は尊敬すべき魔法使いであったと。常に自分を磨き、どんな時も正義を貫くお方だったと」
「えらく高く評価されておったのだな。もっと悪い印象を持たれていると思っていたが」
「あ。毎日、怒鳴られてたとも言ってましたよ。いつか追い抜いて、仕返ししてやろうと企んでたって」
「ふっ。あやつらしいな」
いつも難しい顔のルカーヌが、初めて目元を緩めた。エレナは嬉しくなり、笑って言った。
「また、帰ってきたら、ゆっくりお話聞かせてください。あとユーティスさんとの昔話も」
「……忙しくなければな」
作者、元気になりました!気長にお待ちくださった皆さん、本当にありがとうございます!(*´ω`*)これからも【いしまほ】をよろしくお願いします!(о´∀`о)




