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蝕まれる命

 その後、ユーティスは魔法使いたちによって、城内二階にある私室まで、こっそり運ばれた。


 大賢者である彼が倒れたと知られたら、民衆に不安を与え、大変な騒動になりかねないと懸念されたからだ。



 ユーティスの私室は綺麗に整頓されており、部屋の左側には大きな本棚、右側にはベッドが置かれている。彼はそこへ丁重に寝かされた。



 ルカーヌは彼の首筋のあざや、他にも異常がないかを入念に調べた。診察を終えたところで、骨ばった右手をユーティスにかざし、呪文を詠唱する。



妖精の祈り(ニンフェルドプレアー)!」



 彼の手のひらから青く輝く蝶が何匹も生まれ、光の粉を落としながら、ユーティスの身体の上を舞った。淡く優しい光が彼を包んでいく。


 エレナとアストラ、それにヘルメは、入口から固唾を飲んで、その様子を見守っていた。



 三十分後、蝶が消え、光が止んだ。ルカーヌは更にユーティスの容態を確認する。彼は眉間に深いしわを寄せ、三人にゆっくりと向き直ってから、重い口を開いた。



「金縛りと身体を衰弱させる闇魔法は、解除した。だが事態は良からぬ方向へと進んでいる」



「どういうことだ?」



 アストラは真剣に問いかける。ルカーヌは厳しい口調で答えた。



「大賢者殿は、どうやら『呪い』をかけられておるようだ」


「呪い、ですか?」


 エレナは真っ青な顔で聞く。



「うむ。あの黒蛇の模様は『惨死のあざ』と呼ばれる呪いの印である。恐らくは上級の魔法使いによってつけられたのであろう」


「じゃあユーティスさんは、どうなってしまうんですか?」


「症状の経過までは、それがしにも分からぬ。詳しいことは魔法をかけた本人にしか知り得ぬのだ。しかしこのまま放っておけば、あざが全身に広がり、やがて死が訪れるであろう」


「そんな。呪いを解く方法はないんですか!?」


「呪いで亡くなった者の事例は、いくつか把握している。複数の苦痛を味わった後に力尽きる者。突然発狂し自ら命を断つ者。悪魔となり、力を暴走させて死ぬ者。その症例は様々だが、呪いを解く方法はいまだ分かってはおらぬ。強烈な闇の力に対抗する魔法がない以上、それがしには打つ手がない」


「そんなこと言うなよ!! ユーティスはあんたの弟子なんだろ!? 何とかしてくれよ!!」


「賢者様しか、頼れる人は居ないんです! どうかあの人を救ってください!! お願いします!!」


「出来ぬものは、出来ぬのだ!!」



 ルカーヌは声を荒げ、ぎゅっとまぶたを閉じた。部屋の空気が瞬時に凍りつく。しばらく経ってから、助けられず申し訳ない、と、か細い声が聞こえてきた。恐らくルカーヌもユーティスを救いたい気持ちは同じなのだろう。しかし経験豊富な彼にさえ、力及ばぬこともある。魔法は決して万能ではないのだ。



 ユーティスさんを、助けられない……?



 ルカーヌの後方に、苦しむ彼の表情が見えている。エレナの顔から血の気が引き、指先がみるみる冷たくなっていった。



「おい、エレナ! どこ行くんだ!!」



 急に身を翻すエレナと、大声で呼び止めるアストラ。絶望感に苛まれた彼女は、発作的に部屋を飛び出していた。



 嫌だ! ユーティスさんが、死ぬなんて! そんなの、耐えられない!



 彼女は白いマフラーをはためかせ、真っ直ぐな廊下をひたすらに走った。ユーティスの苦しむ姿を見たくなくて、現実を受け入れたくなくて、あの場所から逃げ出したのだ。



 はぁはぁと、息が漏れる。エレナは階段近くまで来て、やっと足を止めた。窓の外は薄暗く、外は雨が降り出している。窓ガラスを叩く風の音が、怖いくらいに辺りへ響いていた。



 昼過ぎだというのに、こんなに寒いのは何故だろう。赤く腫れ上がった手でマフラーを握り締め、エレナは涙をぽたぽたと落とした。



 優しいユーティスさん。私に魔法を教えてくれた。夢に進む勇気をくれた。笑顔で励ましてくれた。恋する気持ちを教えてくれた。いつだって守ってくれた。


 なのに、私は? ユーティスさんに何もしてあげられないの? このまま何もせずに諦めるの?



 エレナはユーティスの深緑の瞳と、その温かい眼差しを思い出す。



 何よりも大切で、誰よりも幸せになって欲しい人。


 その人が今、苦しんでる。闇に命を奪われようとしてる。──大好きな両親のように。




 エレナの頭に四年前の故郷の景色が浮かんだ。幸せな日々がずっと続くと疑わず、戦う術を持たなかった自分。村が魔王たちに襲われたあの日、何も出来ぬまま逃げ惑い、両親が殺されるのをただ見ているしかなかった。大切な人を突然失った彼女は、絶えず自分を責めていた。


『私にもっと力があったなら、二人を救えたのに』、と。



 だめだよ、私。これじゃあ昔と変わらない。



 弱いからって、また逃げるの? 無くしてから、また後悔するの?


 辛いことから目を逸らしたって何も変えられない。


 私の手で守らなきゃ、誰がユーティスさんを守るの?



 動けぬまま数十分の時が流れる。エレナはバチンッと、頬をきつく両手で叩いた。悲しみで崩れ落ちそうになる自分を、負けるもんかと立て直す。



 絶望に勝る強い意志が、心の奥から突き上げてきた。



 分からないなら、探せばいい。方法がないなら、作ればいい。それを実現させれば、ユーティスさんを救える。



 しゃらりと親指に耳飾りが触れた。恩師からもらった、魔法の道具。



 脳裏に『諦めるんじゃないよ!』と鋭い怒声が飛んだ気がした。



 そうだ……ポロン先生! 



 彼女は思い当たって、長い階段を駆け降りた。城を出て、雨の降る中、向かったのはヘルメの荷馬車だった。



「エレナお嬢さん。どうされましたか?」



 運転手の男が不思議そうに尋ねてくる。



「荷物を取りに来ました! ちょっとお邪魔します!」



 エレナは馬車へ乗り込み、座席に置いてある自分の袋を掴んで引き寄せた。


 そしてがさごそと中に手を突っ込み、目的の物を取り出す。



「あった! これだ!」



 エレナが手にしていたのは、ポロンの発明品、『風魔法入り』通信器だった。

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