不確かな想い
その夜。
へろへろの状態でどうにか食事と水浴びをしたエレナは、着替えを済ませ天幕の中でぐっすり眠っていた。
彼女の様子を確認してから、アストラは外で見張りをしているユーティスのところへ行った。
「あいつ、大丈夫そうだぞ。気持ち良さそうに寝てやがる」
「そうですか。良かったです」
オレンジ色の焚き火が、彼の優しい横顔を照らしている。アストラは隣にしゃがみ、枯れ木を火にくべながら、文句を垂れた。
「全くよぉ。ぶっ倒れるまで訓練するバカがどこに居るんだ。あいつ、ほんっと見境ねぇわ」
「エレナさん、ちょっと心配ですね。いつも一生懸命なのですが、最近、より自分を追い込んでおられるような感じがして。彼女がどうしてそんなにも強くなりたいのか。アストラさん、何か心当たりはありませんか?」
「は? 何でそんなこと、おれに聞くんだ? 気になるなら、あいつに直接聞けよ」
「ですが以前、不用意な質問をしてしまい、悲しませてしまったので。アストラさんはエレナさんのこと、よくご存じでしょうし、知っていることがあるなら、教えて欲しいのです」
頭を深く下げ、頼み込むユーティス。ほとほと回りくどい奴だと、アストラは呆れた。しかしエレナを大切にしたいという気持ちは、伝わってきた。
こいつら、似た者同士か。困ったもんだぜ。
内心ため息をついた彼は、二人を『面倒臭い奴ら』と認定した。そして焚き火を見つめながら、分かったと了解し、静かに語り始める。ユーティスは黙って耳を傾けた。
「あいつの両親の話、聞いたか?」
「はい。魔王に殺されたと聞きました」
「そうだ。エレナの親父さんとお袋さんは、村のみんなを守るために犠牲になった。二人が魔王の足止めをしてくれてる間に、おれたちは逃げたんだ。敵う相手じゃなかった。そうするより他なかったんだ」
当時の記憶が甦り、心がずきずきと痛みを訴える。それを拳を握って堪え、話を続けた。
「でもエレナは二人を守れなかったこと、後悔してる。いまだに自分を許せねぇでいる。だからあいつはどんな時も逃げねぇんだ。誰よりも強くなろうと必死なんだ」
四年前。二人を亡くしてから、エレナは毎日泣いてた。悲しくて悔しくてぼろぼろに傷付いてた。おれはあいつのあんな姿、もう見たくねぇ。あいつにはいつだって、笑ってて欲しいんだ。
アストラは視線をユーティスに向ける。そして重々しい口振りで告げた。
「一つ言っとくけど、お前この先、間違っても死ぬんじゃねぇぞ」
「え?」
「お前がどんなことを背負ってんのか、おれは知らねぇ。でもお前が死んだら、エレナはまた自分を責める。あいつを悲しませることだけは、絶対するな」
ユーティスはまぶたをぱちくりさせた後、微笑み、切なげに言った。
「アストラさんは、本当にエレナさんが大切なのですね」
「はぁ!? そ、そんなんじゃねぇし! ただ、あいつの泣き顔を見たくねぇだけだ!!」
「お二人はもしかして、恋仲なのですか?」
「おまっ! やめろ! おれたちはただの幼なじみだ!! 勘違いするんじゃねぇっ!!」
真っ赤になって否定し、ぷいと顔を背ける。言ってから、何故かちくりと胸に痛みが走った。
ユーティスはそうなのですか? と首をかしげている。
大切かと聞かれれば、確かにそうかもしれない。でもそれは仲間なのだから、当たり前だ。他に特別な感情などあるはずがない。
アストラはふとエレナの元気な笑顔を思い浮かべる。
あいつが笑うと嬉しい。胸の辺りが、やけに温かくなる。
でも、時々同じところがざわつきやがる。あいつが突っ走って、どこか遠くに行っちまいそうだから。おれの前から消えちまいそうだから。
いつも危なっかしいあいつが心配で、守ってやりたくて。ただそれだけの理由で、ここまで来た。
それは、普通のことじゃねぇのか?
アストラはユーティスの横顔を覗き込む。
「お前はさ、エレナのこと、どう思ってんだよ?」
直球な質問を受けたユーティスは、面食らった表情をして頬を赤らめ、だけど真っ直ぐに答えた。
「好きです。一人の女性として」
やっぱり。
薄々そうではないかと思っていた。彼のエレナに向ける眼差しが、他の者を見る時と違っていたから。アストラはまた胸によどんだものが渦巻くのを感じた。
何でこんなに動揺するんだ? この気持ちは一体、何だっていうんだよ?
アストラは騒ぐ心を押さえつけ、ユーティスをじっと睨んだ。
「だったらなおさら隠し事すんな。このまま何も言わずにいたら、エレナは絶対心配する。万が一、あいつを傷付けるような真似をしやがったら──おれはお前を全力でぶん殴ってやる」
本気の言葉をぶつけると、ユーティスは苦い表情で黙り込んだ。酷く迷っている。そんな瞳をして、パチパチと燃える炎を見つめていた。
アストラは自分がどうしたいのか、分からなくなる。二人が近づくのは気に入らない。だがエレナが辛い想いをするのは、もっと嫌なのだ。
おれにとって、あいつは、何だ?
仲間? 親友? 家族? それとも──?
アストラはもう少しで、自分の気持ちの正体を掴めそうだった。だが喉の奥まで出かかっているその答えを、彼は認めようとしない。それが痛みを伴うものだと、どこかで感じていたからだ。
男たちの迷いは交錯し、深い夜の闇へと飲み込まれる。
彼らの気持ちなど知るよしもないエレナは、皆で仲良く食事をする、楽しい夢を見ていたのであった。




