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祈りと怒り

 ノース王国を早々に発ってから、数時間後。


 四人を乗せた荷馬車は、だだっ広い野原を北へ北へと進んでいた。


 整備された道ではないので、なかなか揺れが激しい。



 ところがアストラは、口笛なんか吹いて上機嫌である。何しろ念願の竜の鎧が、驚きの安さで手に入ったのだ。そうなるのも無理はない。


 鎧は赤のチュニックの上からすでに装備され、いつでも戦闘に赴ける状態となっている。きらきらと黒緑を反射させながら、剣で魔物を相手取る姿は、さぞかし様になるだろう。



「はぁああああああ。こんなど素人に弱味を握られるなんて。この行商人ヘルメ、一生の不覚……」


「ん? おっさん何か言ったか?」


「いいえ、何も! 一言も申しておりませんよっ!!」



 満足げな顔のアストラの横で、ヘルメはぶつぶつ言いながら重いため息をつき、順調に幸せを逃がしている。背後に暗い影をしょっているのは、値引きが相当堪えているからだ。


 毎度、馬車の中で行われていた揉め事がなくなり、安堵していたエレナだったが、だんだんヘルメが可哀想になってきた。彼女的にはアストラの機嫌が直って万々歳だったのだが、彼には未曾有の災難だったようだ。



「あの、ヘルメさん! 元気出してください! アストラはこう見えて、言ったことはちゃんと守ります! ポロン先生を必ず説得してくれますよ! そうすればたくさんのお客さんが、ヘルメさんのところにやって来てくれますから!」



 エレナは落ち込むヘルメを一生懸命、慰める。すると彼は細い目をうるうるさせ、そうですよねとつぶやいた。



「大損した分、これからがっつり取り戻せばいいんですよね! おいら、全力で頑張ります!! 絶対、もらった情報を生かして、大金持ちになってみせます! お嬢さん、励ましありがとう!!」



 ヘルメは合掌して勢いよく頭を下げた。何だか偉い人にでもなったみたいで恥ずかしい。アストラとユーティスはやれやれといった表情でヘルメを眺めていた。



 それから皆は和やかに会話を楽しんだ。ヘルメはすっかり立ち直り、魔鉱石を使った新しい商品展開について、熱く語っていた。



「売り文句は『誰でも魔法が使えちゃう! 暮らしに役立つ魔法道具!』。どうです? 人気出そうでしょう?」


「わー! いいですね! 思わず買っちゃいそうです!」


「ヘルメさん。まだポロン先生のご了承を得ていないのに、気が早いですよ?」


「ま、交渉はおれにどんと任せとけ! 必ずポロン先生に、うんと言わせてやるからよ!」




 そんなこんなで二時間が経過した時、馬車がゆっくりと動きを止めた。ヘルメは運転手に声をかける。



「おい、どうしたんだ?」


「いや。道が悪いんで馬が疲れてきたみたいなんですよ。ちょっとここいらで一旦、休憩をとりましょう」



 運転手の言葉で、皆は馬車を降りた。気温は低く、冷たい風が頬に当たる。


 足元には緑の草原が広がっており、その遠く向こうに、いくつも佇んでいる石が確認出来た。



 エレナは興味が湧き、側に立つ商人に聞いた。


「ヘルメさん。あそこに置いてあるものは何ですか?」


「あれは、村人たちのお墓ですね」


「お墓、ですか」


「ええ。この辺りに魔王に滅ぼされた村がありましてね。奴が倒されてから、ノース王国のダミア様が、鎮魂のために建てられたんだそうです」


「あんなに、たくさん……」



 エレナは吸い寄せられるように、そこへ近づいていく。



 草むらの中に、角の取れた四角い石が、五十はある。そのどれもが仲良く寄り添うようにして立っていた。周りには可愛らしい花があちこちに咲いている。


 どれも名前の刻まれていない墓石ばかりだ。


 生存者がおらず、亡くなっているのが誰なのか分からなかったのか。もしくは個人を判別出来ないくらい悲惨な状態だったのか。実際、魔王に村を襲われていたエレナは、そのどちらかだと確信していた。



 どうか、どうか。みんなの魂が、天国で救われますように。



 エレナは無意識に悲しみの涙を落としていた。ひざまずき、祈らずにはいられなかった。


 ユーティスとアストラは、エレナの背中を辛そうに見つめている。




 どれだけの人が、あの魔王に命を奪われたのだろう。


 幸せな居場所を、穏やかな日常を、前触れなく壊されたのだろう。



 エレナは、強者にただ踏み潰されるしかなかった人々の無念を思った。



 あの魔王さえ居なければ、みんな死なずに済んだのに。


 この人たちも、他の人たちも、お父さんもお母さんも、みんな元気にしていたはずなのに。



 私は許さない。


 この先、何年、時が経っても。



 私はあいつを絶対に許さない。



 忘れかけていた苛烈な怒りと憎しみが、腹の底から込み上げてくる。



 エレナは自分の心に巣食う真っ黒な感情が、恐ろしく感じられた。


 どうしようもなく暴れるそれを、ただひたすら外に出すまいと押し留める。



 もしも魔王がまた現れたら、私は平気でいられるのかな? 



『闇は誰にでも存在する。もちろん貴方の中にもね』


『どうあがこうが、それには逆らえない』



 ふと、以前ティシフォネに言われた言葉が脳裏をよぎり、ぞっとする。


 エレナは強い不安感に苛まれながら、きつく目を閉じた。 



 灰色の雲はどんどんこちらに流れてくる。草の上を走る突風が、彼女の赤い髪を酷く乱れさせていた。

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