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秘密

 それからエレナとアストラは、王の提案により、城の客室に泊まることとなった。ユーティスは用事があると、先に私室へ戻って行った。



 二人は従者に大聖堂、図書館をたっぷり案内してもらった後、城内二階にある客室までやってきた。長い廊下に木製のドアがいくつも並んでいる。



「アストラ! ちょっと、ちょっと!」



 指定された自分の部屋に行こうとするアストラを、エレナが小声で引き留めた。



「ん? 何だ?」


「ユーティスさんの好きな食べ物って、何か知ってる?」


「知るかよ、そんなの」


「じゃあさ、悪いけどユーティスさんのところに行って、ちょっと聞いてきてくれないかな?」


「何でおれが? 自分で聞きに行きゃいいだろ?」


「だって、内緒でごちそう作ってびっくりさせたいんだもん。それに、いつもお世話になってるユーティスさんに、喜んで欲しいし。ね? この通り! お願い!」



 エレナは目をつぶり、手を合わせ懇願する。アストラは眉を寄せ頭を掻いた。



「仕方ねぇなぁ! 後で何かうまいもんおごれよ!」


「うん、分かった! ありがとう!」



 エレナは花のような笑顔で言った。アストラは照れたのを悟られないように、そそくさと彼女の元を離れる。




「あーあ。何でおれがそんな面倒くせぇことしなきゃならねぇんだ」


 彼は廊下を歩きつつ、ため息混じりにぼやいた。


 しかしあんなに一生懸命頼まれては、無下に断れない。



 ほんと世話の焼ける奴だぜ。



 そう考えながらも、彼女の嬉しそうな顔を思い浮かべると、口角が上がった。昔からエレナは、どんなことにも全力で取り組もうとする。時にそれが危険な事態を引き起こしたりもするが、そういうひたむきな性格を、アストラはひそかに認めていた。



 ユーティスを喜ばせたい、か。



 自分も毎日訓練の相手をしてもらってるのだから、少しぐらい協力してやってもいい。だが、これ以上二人が仲良くなるのは、どうにも胸くそ悪い感じがした。



 あーまただ。むかむかする。何だってんだ、これは!



 アストラは意味不明な自分の心に苛立った。村を出てからというもの、彼は時々もやもやした嫌な感情に襲われていた。この気持ちの正体が何なのか。彼にはまだ把握しきれてはいない。



 むしゃくしゃした時は、剣を振り回すか、やけ食いに限る。エレナの頼みごとが終わったら、絶対どちらかをやってやると決めて、ユーティスの私室の前まで来た。


 彼の部屋は、本日アストラが泊まる部屋の二つ隣だ。



 なぜかドアが半分開いている。



 アストラはドアノブに手をかけたが、ぴたりと動きを止めた。


 中でユーティスが、物凄い速さで本を読みあさっていたからだ。恐らく図書館で借りてきたのだろう。大量の古書が横長の机に置かれている。しかも、何やら必死にメモを取っているようだ。



 額を押さえ、追い詰められているような表情。アストラは不安になった。様子がおかしい。



「おい、ユーティス。ちょっといいか?」


「っ! アストラさん。何かご用ですか?」



 ユーティスは素早くメモを本に挟んでから、にこりと笑った。アストラはその態度に違和感を覚える。



「いや、別にたいした用じゃねぇんだけど。お前、今、何やってたんだ?」


「ちょっと古書を調べてました。私の居ない間に発見された物があったようなので」


「ふーん。で、何か分かったのかよ?」


「それは……お答えできません」


「あ? 何だよそれ」



 むっとして目を吊り上げる。ユーティスは申し訳なさそうにまつげを伏せた。



「これは私の個人的な調べ物ですので。アストラさんには何ら関係ありませんから」


「あのさ、前々から思ってたけど、お前すぐ隠し事するよな。そういうの、おれ嫌いだわ」



 むかついて、意図せずきつい言葉が出てしまった。ユーティスが悲しい目になったので、アストラは内心まずいことをしたと舌打ちする。



 こいつは何でもそのまんま受け取るからな。



 アストラは少し言い過ぎたと反省し、弁解した。



「その。何でも話せって言ってんだ。仲間なんだからよ」


「……はい。お気遣いいただき、ありがとうございます」



 ユーティスは薄く笑う。その両目に潜む陰りを読み取り、アストラは余計心配になった。しかしあえて追及はしない。言いたくないことを無理矢理問いただせば、よりいっそう彼を苦しめるかもと思ったからだ。



「ところで、お前の好きな食べ物って何だ?」


「え? どうしてそんなことを?」



 案の定ユーティスに聞き返されて、アストラは心の中で毒づく。



 くそ。エレナのバカがびっくりさせたいとか言いやがるから。おれは秘密にしたり、誤魔化したりすんのが、苦手なんだよ。



「良いから! 早く教えろよ!」


 やけっぱちになってもう一度聞く。ユーティスはしばらく考えてから答えた。



「りんご、ですかね」


「あっそ。分かった。じゃあな」


「え? あの、ご用はそれだけですか?」


「そうだよ! 邪魔して悪かったな!」



 アストラは混乱している様子のユーティスを放置し、ずんずんと歩いて行った。



 どうして自分が怒っているのか、分からない。秘密を作られたからか? 水臭いと思ったからか? 信頼されてないと感じたからか? 



 かっかしている頭の隅に、ユーティスの暗い眼差しが、痛いくらいに引っ掛かっていた。



 あいつ、おれたちに何を隠してやがるんだ? 



 思えばここ一週間ほど、ユーティスの態度が気になっていた。取り繕ってはいるが、笑顔もぎこちない。きっとそれには理由があるはずだ。



 ちくしょう。言えよ、バカ野郎が。言わなきゃ分かんねぇよ。



 見つかるはずもない答えを探せば、ことさら苛々が増した。アストラは荷物を部屋に放り込んでから、エレナの部屋に行き、


「あいつ、りんごが好きだってよ!」


とだけ告げて、走り去った。それから彼は剣の訓練所へ行き、暗くなるまで戻らなかった。

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