第二の実力者
落ち着きを取り戻してから、エレナは荷馬車のところへ帰ってきた。怪我をした運転手の回復を待って、再び出発する。旅の途中、三人は魔法や剣の訓練をやったり、魔物を倒したりして、着実に経験を積み上げていった。
──そうして一週間の時が経った。
時刻は昼過ぎ。
エレナたちを乗せた荷馬車は、ごつごつした岩山に差しかかる。こちらも道がなだらかに舗装されているようで、激しく揺れないのがありがたい。天気は晴れているのだが、気温はだいぶ低く感じた。
「皆さん! ここを越えたら、ノース王国ですよ!」
ヘルメは嬉しそうに、目元を緩ませた。無事に目的地へたどり着けそうで、ほっとしているのだろう。エレナも自然と笑顔がこぼれた。これでしばらくは、男たちの(くだらない)喧嘩の仲裁に入らなくて済みそうだ。
馬の走る音が小気味よく聞こえ、和やかな雰囲気が皆を包んでいる。と、その時。
「すみません! 止まってください!」
誰かが近付いてきて、荷馬車は停止した。
「ここから先は危険ですので、お通し出来ません!」
切羽詰まった男の声が響き、エレナは緊張する。ユーティス、アストラ、エレナは、何事かと荷馬車を降りた。そこにはたくさんの兵士がおり、道を塞いでいた。彼らの銀の胸当てには、ノース王国の象徴である羊の紋章が刻まれている。
ユーティスは手前に居た若い兵士に問いかけた。
「どうして通行止めなのですか?」
「すみません! 現在こちらでは、魔物討伐作戦が行われております! 終わるまで誰も通すなと命令されておりますので、しばしお待ち──」
言い終わるまでに、兵士のはるか後方で、爆発が起こる。
轟音と共に、爆風がそこに居る者たち全員を襲った。
人々は反射的に目をつぶり、倒れないよう身構えた。ぱらぱらと粉塵が舞っている。
「この力は、まさか」
風が収まってから、ユーティスは爆発のあった方を見据えた。もうもうと上がる煙の向こうに人影が見える。荷馬車に向かって歩いて来ているようだ。
そこにはオリーブ色の外套を纏った、背の高い男が居た。歳は六十くらいで細身。うなじまである灰色の髪を、きちっと一つに束ねている。雄々しく上がった太眉と紫のつり目、整えられた口髭が、男を貫禄のある人間に見せていた。
「ルカーヌ様! お久しぶりでございます!」
ユーティスは明るく声をかけ、にこやかに礼をした。ルカーヌと呼ばれた男は、渋い表情で彼を一瞥し、突き放すような低い声で返した。
「『様』はよせ。今はそなたの方が、位は上だ」
「ああ。そうでした。昔の癖で、つい」
「大賢者殿よ。軽はずみな言動は控えた方がいい。我々は身分という序列の中にある。それを乱せば、陛下のご意向に背くことになろう。自らの立場をわきまえ、振る舞いには十分に気を付けよ」
ルカーヌは厳しい口調で忠告している。どうやら彼は、非常に規律を重んじる性格のようだ。ユーティスはさっと頬を引き締め謝った。
「申し訳ありません。私としたことが、配慮に欠けておりました。以後気を付けます。では、ルカーヌ殿。改めまして、ご紹介をさせてください」
ユーティスは二人を手のひらで差した。
「こちらはエレナさんとアストラさん。私の旅に同行してくださっている仲間です。そして、こちらは『破壊の魔法使い』こと、ルカーヌ殿。我が王国で、賢者及び宰相の地位に就いておられます」
「宰相? つまり、王様の次に偉い奴ってことか?」
アストラが腕組みをして尋ねる。ユーティスはご名答とばかりに深くうなずいた。
「その通りです。ルカーヌ殿はノース王国きっての実力者と言っても過言ではありません。このお方は常に陛下の右腕として尽力し、国内の様々な業務を取り仕切っておられるのです」
「ひぇえ! そんなにすごい人が、何でこんなところに!?」
エレナは驚き腰が引けている。ノース王国内ならともかく、こんな岩山で偉い人に会うなど、想定していなかったからだ。ルカーヌは冷静な瞳をエレナに向けた。
「ご令嬢。驚くことはない。魔法使いであるそれがしの本分は、国の防衛。近隣に現れた魔物を狩るのは、ごく当たり前の日常なのだ」
「ルカーヌ殿は、あらゆる攻撃魔法を極めておられるのですよ。私も以前、教えていただきました」
「今やそなたの技術に追い越されてしまったがな。さあ、お喋りはここまでだ。魔物を片付けたこと、陛下にご報告せねば」
外套を翻し、ルカーヌはさっさと歩き出した。
寡黙だからか、ユーティスへの対応がとても素っ気なく思える。魔法を教えてもらったと言っていたが、元師匠なのだろうか?
それにしても、どうしてあんなにぴりぴりしてるのかな?
エレナはルカーヌの態度に小さな疑問を覚えながら、荷馬車に戻った。
心優しき王の住まう国は、もう目の前だ。