聡明なる王
ヘルメの力説を一通り聞いてから、アストラは、
「やっぱこのおっさん暑苦しいな」
と、つぶやいた。
「もう! アストラ! いい加減にして! これ以上酷いこと言ったら、私、本気で怒るからね!」
あまりの言いぐさに、とうとうエレナは眉を吊り上げ低い声を出した。アストラは舌打ちを一つして、ふて腐れる。エレナは商人に頭を深く下げた。
「ヘルメさん、ごめんなさい! この人、本当に昔から口が悪くて!」
「ええ、ええ! いいんですよ! 世の中には色んな方がいらっしゃいますからね! 気にしてやるもんですか!」
ヘルメは完全に怒っている。両者はとても険悪な状態だ。エレナはどうしたものかと頭を悩ませた。ノース王国まで、まだまだ先は長い。この空気のまま同じ馬車の中、何日も過ごすのは、精神衛生上よろしくない。
エレナはどうにか二人をなだめようと、違う話題を振った。
「そういえば、ヘルメさんは色んな場所を旅されてるんですよね?」
「ええ。まあ」
「すごいですよね。私、村から全然出たことがなかったので、知らないことも多くて。良ければ色々、お話聞かせてください!」
「ああ。いいですよ」
ヘルメは表情を緩めた。少し気が紛れたようである。エレナは安堵して話を続けた。
「じゃあ今まで旅をしていて、一番良かったと思う場所はどこですか?」
「そうですねぇ。やはりノース王国ですかね。あそこは治安もいいし、何より王様が最高です」
「王様が?」
「ええ。おいらは時々王室とも取り引きさせてもらったりするんですがね。ノース王国のダミア様は、他の二国の王様と違って、偉ぶらないし、長旅の苦労を思ってくださる。とても親切な方なんですよ」
「そうなんですか」
エレナはダミアに会うのが楽しみになった。今度の王様は、臆せずに話せそうだ。
黙って会話を聞いていたユーティスは、横から同意した。
「ダミア様は平和と民を愛する聡明なお方です。私は彼に命と心を救われました。故郷を失くし、行くあてのなかった私を、魔法使い見習いとして温かく迎え入れてくださったのです」
ユーティスは微笑み、首飾りに触れた。
「あの方が望む世界は素晴らしいです。強い者も弱い者も、手を取り支え合う。誰もが幸せに笑っていられる場所を作りたいと、常々おっしゃられていました。私は優しいあの方の力になりたい。だからこそ、ノース王国に身を置き、あの方の下で働いているのです」
「へえ! ユーティスの国の王様は、いい奴なんだな!」
アストラはにこりと笑った。三人の話を聞いていて、ようやく機嫌が直ったらしい。
「ダミア様の周りには自然と人が集まります。彼の人柄がそうさせるのでしょう。まるで我が国の言い伝えにある王のようです」
「それはどんな言い伝えなんですか?」
エレナはわくわくして尋ねる。
「それは──」
ユーティスが言いかけた時。
急に馬がいななき、荷馬車が止まった。
「おい、どうした!? 何があった!?」
厳しい顔のヘルメが、早口で運転手に聞く。
「魔物です! しかも大量の! うわぁああああ!」
運転手が黒い影に襲撃され、座席から転げ落ちるのが見えた。皆の表情に緊張が走る。
「行きましょう!」
「おう!」
荷物を置き、武器を手にしたユーティスとアストラは、ひらりと馬車から飛び降りた。
ヘルメは恐怖におののいて動けない。ただ、商品を守るように後方でじっとしていた。
「ヘルメさんは、ここに居てください!」
叫んでから、エレナは荷馬車に結界の魔法を放った。
これでしばらく魔物は近付けないはずだ。
彼女も袋を下ろし、杖を握って馬車からぴょんと降り立った。
そこは背の高い木々の並ぶ、川沿いの道だった。辺りを見回すと、そこには無数の蜂の魔物が居た。体長は三十センチほどで、腹部は黄色と黒の縞模様をしている。長い触覚と赤い目。大きな二枚の羽と、尻に尖った黒い針を持っている。ブーンという鋭い羽音が後ろから近付いてきて、エレナはびくっと肩を縮めた。
「気を付けろ! そいつ、毒を持ってやがるぞ!」
剣を抜いたアストラが、大声を張り上げた。
「きゃあっ!」
間一髪。エレナはしゃがみ込んで魔物の攻撃を避けた。勢い余った魔物は地面に針を突き立てる。草に穴が空き、黒い液体がぽたりと垂れた。
エレナは振り向きざまに水魔法で蜂を凍らせ、杖で思い切り叩く。
ばらばらに砕け散り、黒い霧となる魔物。
その近くでアストラは飛び回る蜂を相手にしている。蜂たちは彼の届かぬ高さから、やかましい羽音を立てつつ降下してくる。尻で体当たりをし、毒針を彼に刺そうとしているのだ。
「くそっ! ちょこまか飛び回りやがって! 鬱陶しいんだよ!」
彼は突進してくる蜂に、次々と刃を浴びせた。ポロンが魔鉱石をコーティングした剣は、切れ味抜群だ。魔物の固い肢体を、何の苦もなく真っ二つにしていく。アストラは蜂の動きを視覚と聴覚で正確に捉えているようで、近くに来た者から順に反応していく。
魔物は煙となって消え、少しずつ数を減らしていった。




