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荷馬車での口論

 二日後の朝。



 イスト王国の面々と別れを告げた三人は、武器を手に袋を背負って、荷馬車の中に居た。


 設置された椅子に、エレナとユーティス。その向かいにアストラとヘルメが座っている。


 アストラはギルドで購入した、こげ茶の革の鎧と黒いズボンを身に付けている。(あの素晴らしい竜鱗の鎧は、まだ買えていないらしい)ヘルメは彼の隣にでんと腰かけ、フルーツのパイを食べていた。さっき朝食を済ませたはずなのに、もう小腹がすいたようだ。



「おい、おっさん! 狭いんだから、もうちょっと奥に詰めろよ!」



 アストラがきつい口調で促すと、ヘルメはパイを全部食べきってから、素っ気なく言った。



「お言葉ですけど、これ以上は無理ですよ。大事な商品を踏んづけてしまいますから。嫌ならここから降りてください」


「何だと? おっさんが降りりゃいいだろ? 走ったらいい運動になるぜ?」


「どうしておいらが降りなきゃならないんですか! これはおいらの馬車ですよ!?」



 さっきから目の前の男二人が喧嘩している。馬車の中は音がこもるため、だいぶやかましい。


 しかし下手に口出しすると、巻き込まれそうだ。エレナは心を無にして、事態が収拾するのを待った。



 三人はヘルメ所有の荷馬車で、森の小道を移動している。ノース王国を経由し、妖精の森だったと思われる場所に案内してもらうためだ。


 ヘルメの荷馬車は揺れが少なく乗り心地がいい。衝撃を吸収するために椅子が柔らかい素材で出来ている。その上、雨風がしのげるよう、荷台をぐるりと屋根が覆っていた。窓はないので、流れ行く景色を見られないのだけが残念だったが、長旅をするには申し分ない。馬車後方には、ノース王国で売りさばく予定であろう商品が、所狭しと押し込められていた。荷を引く馬二頭は、重くて大変だろうなと、エレナは気の毒になった。



「全く! 困ったお兄さんですね! 大賢者様の連れじゃなかったら、乗り合わせなど、絶対ごめんですよ!」


「それはこっちのセリフだっての! 何が楽しくて暑苦しいおっさんと、仲良く座らなきゃならねぇんだ!」


「暑苦しいとは失礼な! おいら、仲間内では()()()だと評判なんですよ!?」


「どこがだよ! ()()()()()の間違いだろ! 甘いパイばっか食いやがって! もうちょっとそのたるんだ身体引き締めて、出直してこいよ!」


「こ、この~、言わせておけば~! あなたみたいな失礼な人には、金輪際、石ころ一つ売ってやらないですからね!」


「こっちだって、おっさんの売るものなんか、絶対買ってやんねぇからな!」



 まだやり合っている。いい加減、静かにしてほしいなと思った矢先、隣に座るユーティスが、右肩にもたれかかってきた。



 びっくりして見ると、彼は腕組みをし、居眠りをしている。



 こんなにうるさいのに、よく眠れるなぁ。



 ちょっぴり感心しつつ、無防備な寝顔にきゅんとなってしまった。



 彼の胸元には、蒼い石の首飾りがかけられている。故郷の母に会えることを願って、身に付けたのだろうか。


 栗色の柔らかい髪が、頬に当たってくすぐったい。彼からはせっけんのいい香りがした。静かな寝息に、エレナの速まる心音が重なっていく。



 気が付くと、前の男たちから視線がびんびん来ていた。ヘルメは冷やかすような顔をし、アストラはなぜか殺気だった形相でこちらを睨んでいる。



 エレナはすぐさま赤くなり、慌てて彼に声をかけた。


「ユーティスさん! 起きてください!」


「……! すみません! 寝てしまってました! その、重かったですか?」


 ユーティスは頬を桃色にし、急いで身体を離した。


「大丈夫です! 気にしないでください!」



 エレナは動揺を隠そうと、笑顔で言った。その後すぐ心配になる。彼がとても疲れている様子だったからだ。


 恥ずかしかったけど、あのまま寝かせてあげたら良かったなと、エレナは心の奥で思った。



 するとユーティスは、彼女を優しく見つめてから、口角を上げて正面を向いた。



「それにしても、ヘルメさん。案内に対するお支払いは、本当にしなくてよろしかったのですか? しかも、あなたの馬車に乗せてもらっているのに」


「ええ! 構いませんよ! 本当なら旅に護衛を何名か雇うのですが、大賢者様が一緒ならその必要もないですしね!」


 ヘルメは目尻を最大限まで下げ、はきはきと答えた。先ほどまでアストラと揉めていたのが嘘のようだ。



「その代わり、何か有用な情報があれば、おいらにこっそり教えてください!」


「情報? 何でそんなものが欲しいんだよ?」



 アストラは不機嫌な表情でヘルメに尋ねる。彼はわざとらしく深いため息をついて首を横に振った。


「はぁー、分かってないですねぇ! これだから素人は困るんですよ!」


「……あ?」


 アストラのこめかみに、青筋が浮かぶ。ユーティスは毅然とした態度で、商人に声をかけた。



「ヘルメさん、その言い方は良くないですよ」


「おっと! そうですよね! すみません! あのですね、お兄さん。商人にとって情報というのは『カネのタネ』なんですよ」



 ヘルメは真顔で熱く語り始めた。



「『どこでどんな鉱物が採れる』とか『どんな品に人気がある』とか、そういったことを知るのは非常に重要なんです。いち早く需要を把握し、それを提供した者が、たくさんの利益を得られる。この前なんて、おいらの仲間が魔鉱石を大量に発見し、売りまくって大金持ちになったんです。小さなきっかけが、人生をひっくり返すかもしれない。様々な情報を集め、いかに売れる可能性のある物を見極められるか。それこそが世界を股にかける行商人にとって、最も大事なことなんですよ!」

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