いにしえの歴史
──「あれから色んなことが分かりました」
買い物が終わり、静かな夜が訪れた。
エレナ、アストラ、ユーティスの三人は、宿屋の休憩所に集まっていた。オレンジ色のランプの明かりが、落ち着く雰囲気を作り出している。
小さな四角い机を囲み、コップに果実水を注いだ後、ユーティスは神妙な面持ちで告げた。
「いにしえの時代、まだ竜と精霊と人間が共に暮らしていた頃。種族間で激しい争いがあったようなのです」
「争いですか?」
「ええ。邪悪な竜と精霊が手を組み、人間を滅ぼそうとした。しかし人間には『レアリア・ド・マキア』という特別な力を持つ者──勇者と魔法使いがおり、その勢力を退けた、と古書には記されておりました」
エレナは表情を固くした。自分と同じ『レアリア・ド・マキア』と呼ばれる者が、歴史に深い痕跡を残している。その事実が、自らの力に対する不安と恐怖を煽った。
ユーティスは淡々と古書の内容を説明していく。
「邪悪な竜と精霊は消え去り、平和が訪れた。そして、後にその勇者と魔法使いは広大な一つの国を作った」
「その話だと、精霊はみんな消えてしまったってことになりますよね? でも小人族や妖精族は今でも存在してる。どうしてなんでしょうか?」
「そこまでは、まだ分かりません。もしかすると精霊の中には、人間たちに味方した者も居たのかもしれませんね。それらが私やミョルニさんたちの先祖であった可能性が高い」
「なるほど。納得です」
エレナとアストラはうなずく。ユーティスはより真剣な顔をして、話を続ける。
「そして、ここからが重要なのですが。古書に精霊の詳しい生態などが書かれておりまして、彼らは自らの住む土地に感謝し、必ずといっていいほど恵みを施していたそうです。ですので彼らが居る場所には、常に巨大で豊かな森が存在していた」
「だとしたら、昔、大きな森があった場所を探せば、ユーティスさんの住んでた森にたどり着けるってことですね?」
「ご明察です。そしてこれを見てください」
ユーティスは持っていた紙を、二人に見えるよう、机へ広げた。
「地図ですか?」
「これは古代の世界地図です。ここに記されてあるのは、人間の国『トーヴェノイタス』。そして、それを囲うように森が点在しています。先ほどの話を考慮すれば、妖精の森はどこに存在する可能性が高いですか?」
アストラが張り切って、指を差した。
「ここだろ! 一番でかい森!」
「そうです。現代の地図で言うところの、ノース王国北部に当たる場所です。ヘルメさんの情報によると、ここは今、森の姿ではなくなっているそうなので、恐らく間違いないかと」
「やった! じゃあここに、ユーティスさんの生まれ故郷があるんですね!」
「ええ。やっとたどり着けます」
ユーティスは嬉しそうに顔をほころばせた。ずっと旅をし、探し求めていたのだ。その喜びは想像よりはるかに大きいだろう。
「良かったですね、ユーティスさん!」
「ええ。すでに滅んではいるのでしょうが、故郷に帰れるのは素直に嬉しいです。あそこには思い出がたくさんありますから」
ユーティスは強い瞳をして、話した。
「それに知識の宝庫である妖精の森には、私の追い求めている答えがあるかもしれない。それをどうにか見つけたいのです」
「魔物の謎ですか?」
「それもあります。ですがその他にも、色々と調べなければいけないことがあるのです」
「へえ! ユーティスさんはとっても勉強熱心ですね! すごいです! 大賢者として、たくさん知識を蓄えて、今後に生かすんですね?」
エレナはユーティスを興奮気味に誉めた。様々な世界の謎が、これから明らかになるかもしれない。考えただけで、胸がどきどきしてきた。
ところが、ユーティスは、なぜか眉を下げて声の調子を落とした。
「そうですね。出来れば今まで通り、世界平和のために、貢献したいです」
彼の表情に、エレナは少し違和感を覚えた。いつもより元気がないように思えたのだ。
たくさん古書を調べたから、疲れたのかな?
エレナはユーティスの顔を見上げたが、それ以上何も感じ取れなかった。彼女は気にかかったものの、とりあえず様子を見ることにした。
アストラは、弱々しく笑みを浮かべるユーティスを、片眉を上げて眺めている。
三人は今後の予定などを打ち合わせ、会合はお開きとなった。