本音と情報
エレナは目の色を変え、ヘルメに詰め寄った。
「え? え? ヘルメさんって、あの!? 『大賢者伝記』を書いてる人ですか!?」
「う! 何ですか、このお嬢さんは?」
「エレナさん! 落ち着いてください!」
ユーティスが慌てて二人の間に割って入る。彼女は興奮して、ヘルメに掴みかからんばかりの勢いだった。
「ごめんなさい! 嬉しくて、つい! あの私、大賢者伝記を持ってます! 大好きでいつも読んでます!」
エレナは背中の荷物から、嬉しそうに本を出して見せた。
「ああ! おいらの本の読者様でしたか! いやーさすが素敵なお嬢さんだ! それをご購入くださるとはお目が高い!」
ヘルメは目尻を下げ、ごく自然に誉め言葉を並べる。普段から様々な人間を相手に商売をしているのだろう。口がかなり達者だ。
「ありがとうございます! 出来たら絵本とかも作ってください! 孤児院の子供たちでも読めるように!」
「おお! それはいいですね! 検討してみます!」
エレナとヘルメは楽しそうに盛り上がっている。それをユーティスが真顔で止めた。
「エレナさん。その本を少々お借りしてもよろしいですか?」
彼はエレナに一言断って、伝記を受け取ると、ヘルメにあるページを開いて見せた。
「ヘルメさん。これはどういうことです?」
人差し指で示しているのは、ユーティスの身の上について記述されている部分だ。
「ああ、それですか! 大賢者様のことを詳しく書いたら皆喜ぶと思い、調べて載せたんです! まずかったですか?」
「正直、エレナさんの本でなければ、魔法で燃やしていました。むしろあなたが今持っている在庫を、全て灰にしてもよろしいですか?」
ユーティスは朗らかな笑顔で、さらりと怖いことを言う。ヘルメは真っ青になって懇願した。
「わー! それは勘弁してください! 手持ちの分は全部修正しておきますんでっ!」
ヘルメは手をこすり合わせ涙目になっている。アストラは、おっさん、いい気味だなと意地悪な笑みを浮かべた。
それにしてもユーティスの奴、意外と黒いこと言うんだな。
アストラはちょっとだけユーティスに親近感を覚える。善良な彼の本音を、わずかに垣間見た気がした。
頭を下げ平謝りするヘルメに、怒る気が失せたのか、ユーティスは仕方ないですね、と了承した。するとヘルメは涙をすぐに引っ込め、ありがとうございます! と満面の笑みを作った。さっきのは嘘泣きだったのだろうか。変幻自在である。
「そういえば、大賢者様! あなたにとっておきの情報があるんですよ! 聞きたくありませんか?」
「何でしょうか?」
「情報料いただけるんでしたら、お話します!」
両目が金貨になっている。薄々感じてはいたが、この男、相当がめつい。
ユーティスはエレナに本を返してから、いたって冷静に答えた。
「有力な情報か分からない以上、お支払いは出来ませんね」
「うーん。だったら後払いでも構いませんよ! 世界を救った大賢者様が、しがない商人のおいらから、料金を踏み倒すとは思えないんで!」
さりげなく持ち上げて支払いを促すあたり、やり手である。ユーティスはしばらく考えてから、うなずいた。
「分かりました。とにかく話してください」
「毎度ありがとうございます! 実はですね、ずいぶん前にこの周辺の森で火事があったそうなんですよ」
「火事ですか?」
「はい。焼けたのはたぶん魔法使いの屋敷だったと思われます。それ関連の本がたくさん置かれていたようですので」
「屋内は無事だったのですか?」
「ええ。おいらの仲間の行商人が、たまたま近くで野営をしていて、連れの魔法使いと一緒に火を消したそうです。それで中に掘り出し物が眠ってないか探したらしいんですが、あったんですよ! 大賢者様の求める大量の古書が!」
「古書ですか」
「はい! おいらたちには理解不能ですが、大賢者様なら解読出来ますよね?」
「それは今、どこにあるのですか?」
ユーティスが前のめりになった。整った顔に興味と期待の色が浮かんでいる。
「大通り一番奥の、仲間の店にあります。これから見に行きますか?」
「ええ。ぜひ」
「ついでに全部買い取ってもらえると嬉しいんですがね!」
彼はへらへら笑って揉み手をしている。古書を売りつける気満々である。
「それは無断で持って来たものでしょう? 王国の図書館に寄付されてください」
ぴしゃりと言われ、ヘルメは寄付なんて一銅貨にもならないですよ! と、不服そうに眉を寄せた。ユーティスはそれを無視して、二人を見る。
「さて。エレナさん、アストラさん。申し訳ありませんが、私はこれから、ヘルメさんのお仲間の店へ行ってまいります。古書を調べ終わるのに時間がかかりそうですので、お二人で買い物を済ませておいてください」
「分かりました!」
エレナは明るくうなずく。ユーティスは柔らかい視線を彼女に送った。
「夜には宿に戻ります。では、よろしくお願いいたします」
話を聞きながら、ヘルメは慣れた様子で店じまいをし、ユーティスと共に仲間の店へ歩いていった。
彼らが居なくなってから、アストラはふとあることに気付く。
「しまった! 結局おっさんから鎧買えなかった! くっそー! 逃げられたぜ!」
「あはは! そんなに欲しかったの?」
「おう。だってめちゃくちゃ格好良かったんだぜ? 珍しい竜の鱗とか使ってるらしいんだ!」
「へえ! 何だか強そうだね! まあ、ヘルメさんの居場所は分かってるし、また交渉しに行ったらいいんじゃない?」
「そうだな。あの頑固おやじ、今度こそコテンパンにやっつけてやる!」
「ちょっと! 間違ってもぼこぼこにしちゃ、だめだからね!?」
アストラはすかさず注意してくるエレナを見つめた。二日前の夜より、すっかり元気になったらしい、顔。
四年前のことを引きずってんのは、もしかしたらおれの方かもしれねぇな。
彼は内心ほっとして、にかっと笑った。
「おし! 買い物しまくるぞ!!」




